#41

 とうとう今日は約束の日。

 蛍吾が米を持ってアトリエに泊まりに来る。

 いつもより少しだけ特別な日となった今日は、蛍吾だけでなくはやても泊まりに来るとの事で、今朝から黒斗が別館にある空き部屋の掃除をしている。

 とはいえ黒斗は定期的に二階全体を掃除をしているので、現状する事と言えば換気をしながら布団と枕を干す程度だ。

 初めて二階に友達を上げるのかと考えるだけで彼の心は浮ついていた。

 黒斗は一通り掃除を終わらせると、階段を降りて外に出た。



「あっ、黒斗おはよう!」


「おはよう」



 黒斗が外に出るとあおが畑の方を向いて立っていた。

 どうやら先程ルナが蛍吾を迎えに行ったばかりのようで見送っていたらしい。



「瑠璃は日課の当番だから畑に居て、藍凛あいりちゃんは向こうの倉庫で何か作ってるよ」


「そっか」


「ルナも帰って来るのはお昼過ぎになるって言ってて、それまではいつも通りに過ごしてくれていいって言ってた」



 あおはモジモジしながら上目遣いで黒斗を見ている。

 先日皆で管理人の家に行った時もそれなりの移動時間があった。

 荷物を運んで来る事を考えると昼過ぎに到着するのは妥当だろう。



あおはこれから予定あんの?」


「ないよ」


「そっか。時間までどうしよっかな……」


「修行は?」


「出来ない時の為に毎朝ちょっとだけやってるから、今日はそれで終わりにしようかなって」



 昼過ぎまでまだ時間はあるが、今日は遠出しない方がいいだろうと黒斗は考えていた。

 はやては午前中に用事を済ませてから来るので、到着はルナ達と似た時間になるだろうと聞いている。

 時間までは近場で修行を行ってもいいのだが、今はそういう気分ではない。



「なぁ、あおさえよければゲームしねぇ? 俺、あんまり触ってないからさ」



 今にも本館へ入って行きそうなほど遊びたくて堪らなくなっている。

 日中から独占するのは気が引ける。

 そしてゲームをする時間は大体夕食後。

 日々皆で取り合っている為、毎度遠慮のかたまりとなっていたのだ。

 アクションゲームの続きがやりたい。

 その気持ちが今、黒斗の中で勝っている。



「うん! やりたい!」



 あおは嬉しそうに笑顔を向けてきたので、黒斗もつられて微笑んだ。

 そうして二人は軽い足取りで本館へ入るとゲーム機の設置を行うのであった。



 時間が幾つか経過し、ルナは翔平の家へ到着すると、荷車に荷物を運んでいる蛍吾と合流する。

 交易に使われる荷車は手動の物。

 持ち手が先頭にあり、それを押して移動させるタイプの物だ。

 翔平曰く、管理者としてのルールの一つに《第三者に追跡されない行動をとる事》というものがあるそうで、つまりは足跡や轍等の移動の痕跡を残さずに移動しなければならない。

 電動車はエンジン音が響くので禁止、地面がぬかるんでいる日の移動も禁止。

 途中地面が抜かるんだ場合は数日間会社の中で待機しなければならない等、事細かなルールが施されている。

 ――なんか面倒な決まり事だなぁ。

 ルナの脳裏を一瞬過ぎったが、その面倒な決まり事のおかげで今日も平穏な日々を過ごせている。



「実はね、今回はお米だけじゃなくて、乳製品もいくつか買って来たんだ。翔平さんがお近付きの印にって」



 蛍吾は手に持っている保冷バッグをルナに見せると、チーズやバター、ヨーグルトに牛乳など、複数の乳製品がぎっしりと詰まっている。

 消費期限の関係上牛乳等は少ないが、それでも魔石達にとっては有難い事だ。



「わぁ! おじいちゃん、ありがとう。でも本当にいいの?」


「構わんよ。ルナちゃんがワタシを頼ってくれた事が嬉しいからね。遠慮せず受け取っておくれ」



 翔平は微笑んでいた。

 そうして今度は一枚の大きな封筒を手渡される。

 厚さ五ミリ程の少しばかり重みのある封筒だ。



「これは毎度ソレイユに頼まれている、代々の管理人が街から持って来ている物だ。欲しいものがあればいつでも言っておいで」



 ルナは好奇心から封筒を開けると一冊のカタログが入っていた。

 数十ページもあるそのカタログは全ての頁がカラー印刷されている。



「あぁっ! これ、最新ハードのゲームソフトの情報が書いてるやつだ!」



 ルナは目を輝かせ、食い入るように頁を開いた。

 このカタログは過去に何度か拝見している。

 ソレイユと共にゲームを選んでいたのを思い出しながらパラパラと眺めていた。

 ――そういえば何処にも見当たらなかったんだよなぁ。もしかしたらババアの部屋に置いてあるのかも。

 これは持って帰れば皆が食いつく事間違いないと、ニヤニヤしながら想像する。

 そうしている間に蛍吾が荷物を積み終わったと声をかけてきたので、二人は出発する事にした。



「これ、蛍吾専用に作った魔導コンパスだよ。この家とアトリエの位置を記憶させているし、方位磁針も付いているから敷地外での移動も楽になると思う。必ず首に付けたままでいてね」



 無属性クリスタルと融合した黄金の魔導コンパスは、虹色の磁針と合わさって、それはネックレスのようなオシャレなアイテムとして馴染んでいる。

 蛍吾はそれを首に下げると、鮮やかな輝きにまじまじと見惚れていた。



「ボクとあおと瑠璃の三人の魔法を付与エンチャントして作った物だから、無くしてもすぐに見つけられると思うんだけど、そこら辺は試してみないとわからないんだよねぇ。それじゃあ行こうか!」



 二人は翔平に別れを告げるとアトリエに向かって出発した。

 蛍吾には魔導コンパスを頼りに前を進んでもらい、ルナは後ろから荷車を押して様子を伺いながら移動をする事となる。



「……あれ? この荷車、やけに軽くない? 魔法が付与エンチャントされている」


「あぁ、ソレイユさんの魔法がかけられているって聞いたよ。軽くなる事で移動も楽になるし、轍が残りにくくなるんだってー」



 どこか抜けたような声で蛍吾が教えてくれた。

 後ろから押し歩く感覚からも、確かに数十キログラムの米と乳製品が乗せられている荷車にしては軽いように思えた。

 念の為にとスピーダーをポシェットに忍ばせてはいたが、スピーダーの速さと荷車の軽さを合算しても、荷物が振り落とされるだけで割に合わないだろう。

 ソレイユがかけたという魔法はどういうものかと一人脳内議論を交わしながら、相当な時間を歩き続けた。



「あっ! そろそろ拓けた場所に出るよ!」



 ルナは荷車から離れて蛍吾を先導すると、森を抜けた先でアトリエを指した。

 森の中を歩き続けたのもあり、遠くに見える本館と三色の屋根が特徴的な倉庫、近くにある小川がほんのり輝いて見える。

 そうして数十分ほどの時間をかけて到着すると、本館の玄関前で宝石達が出迎えていた。

 持ってきてくれた食材達を分担して移動させる事になる。

 瑠璃とあおが保冷バッグをキッチンまで運んでいる最中、蛍吾は藍凛あいりから台車に乗せて欲しいと頼まれたので、一つずつ米俵を乗せていく。

 全てを乗せ終わると、藍凛あいりが『後は任せろ』と親指を上げ、台車の持ち手側に乗ったかと思えばそのまま移動していった。



「あれ、どうやって動かしてんだ……?」



 黒斗が思わず呟いた。

 畑横の道は小川に向かって緩やかな下り坂となっているが、今立っているこの場所から分岐点までの道は上り坂である。

 藍凛あいりは重たい荷物を乗せた一般的な台車の上に乗っているだけなのだ。

 そもそも倉庫に着いたとして彼女はどうやって荷物を下ろすのだろうか。



「待って! オレも手伝う!」



 はやては『心配になってきたから行ってくる』と言い残すと、慌てた様子で追いかけていった。

 置いてけぼりにされてしまった二人は思わず顔を見合わせる。

 藍凛あいりに関しては頭が良く、考えがあっての行動だと解っている。

 はやてもいるので問題ないだろうと黒斗は考えていた。

 ルナはいつの間にか避雷蓄電塔へ行ってしまったようだ。

 いつもの日課である設備の点検に向かったのだろう。



「えっと、じゃあ色々案内するよ」



 黒斗はアトリエを案内する事にした。

 他愛のない会話を挟みながら近辺を軽く案内する。

 それが終わって本館へ入ると、既に皆がリビングに集合していた。

 瑠璃が食事について尋ねると、あおと一緒に夕食の準備に取り掛かる。

 リビングでのんびりと過ごした後に夕食を共にし、はやてと蛍吾は風呂を済ませてから、黒斗に連れられ別館の二階にある応接室へと案内された。

 黒斗がお茶を置いてひと息つくと、男だけの会話が始まる。



「ここに誰か入れるの初めてなんだよな」


「え、ルナちゃん達は来たことねぇの?」


「この家何もねぇから呼ぶ理由がない」



 用事があっても本館で全てが解決してしまうので、黒斗にとっては趣味を嗜む事以外は風呂と睡眠を取る為だけの場と化している。



「……にしても、黒斗が向こうの大浴場を使った事がないだなんて驚いたよー」



 蛍吾はずっと前から友達だったかのような言い草で話す。

 食事の後、ルナに大浴場の話をされて三人で見に行ったのだが、その時に黒斗はいつも別館の風呂を使っている事を知る。

 大浴場は女性用・男性用と隣接している。

 入ってすぐに更衣室、扉を開けた奥に風呂がある、人の住む街にある銭湯と同じ造りをしている。

 十人ほどが同時に利用出来るくらいには広かった。

 隣接している女性用の浴場の間を隔てている壁は換気の為に上部だけが空いている仕様だ。

 つまりは双方の会話や音が丸聞こえなのだ。

 ルナに案内された後、はやてと蛍吾は大浴場を使用する事を決めたのだが、風呂から出た時のはやての体毛を乾かすか否かで議論が少しばかり行われる。



『そんなん、ちょっと外を走ればすぐ乾くって!』


『廊下に水跡を残されるのは困るかなぁ』



 瑠璃に拒否され、必然的に更衣室のドライヤーで乾かす事になったのだが、つまりは蛍吾一人で補助する事になる。

 一人で全身を乾かすには効率が宜しくない。



あおちゃんに乾かすの手伝ってもらおっかなー』



 挑発するようないやらしい目付きで黒斗に声が向いた。

 近くに居るルナと瑠璃は引いている。



『ダメ。お前下心見えすぎなんだよ。仕方がねぇから俺もやる』


『お、じゃあ一緒に入るんだな!?』


『それはやだ。向こうで入ってから来るわ』


『なんでだよ! どう考えても二度手間だろ!?』



 結局は黒斗がいつも通り別館でお風呂を済ませてから更衣室へ向かい、そこではやてが二人に乾かされて今に至る。



「即答だったって事は、やっぱりあおちゃんの事好きなんだろ!?」


「はぁ!? 好きとか、そんな……」


「どう見ても友達と接している間柄には見えねぇんだよなぁ。蛍吾もそう思うだろ?」


「そうだねー。お付き合いしているもんだと思ってたよ」



 意気投合した二人に詰め寄られ、黒斗はたじろいだ。

 のぼせてしまったかのように顔がだんだんと熱くなっていくのが解る。



「そ、そういやぁお前ら、部屋どうすんの? 二つあるから選べよ」


「あっ、じゃあ僕は奥の部屋を使わせてもらっていいかなー?」


「いいよ。じゃあはやては残った部屋な」



 そう言って黒斗は無理やり解散させると、そそくさと自室へと戻った。

 いつもの就寝時間より少し早いが、一直線に床に就く事にする。

 二人がからかってきたせいで心の中の何かが揺れ動いている。

 振り払うかのように布団を被るが、頭の中にある思い出が鳴り止まない。

 ――そういえば、からかってくるのはアイツらだけじゃなかった……。

 はやてのように露骨なものではなくとも、少なからずに類いの話題を触れられている。

 一度意識し始めるとますます脳内が騒がしくなった。



「……ちょっとだけ修行……。や、瞑想してから寝よう」



 起き上がって楽な姿勢で瞑想を始めるが、動揺した心がすぐに落ち着く事もなく、いつもより遅い就寝となってしまったのだった。

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