#40
二人が帰路について十分程が経過した頃、先程まで長石を採取していた小川が目先に見えた。
どうやら景観的に採取していた場所よりも更に南側へ行っていたらしい。
あれから二人は会話もせずにひたすら歩き続けていた。
あんな事があった後だ。
それなりの疲労感と罪悪感を背負い込んでいた。
「おっ、見つけたー!」
背後から――正確には二人が歩いてきた方角より更に南東寄りの森の奥から一匹の犬が走ってきた。
数メートル先で変身を解いたルナが少々大袈裟な動きで呼吸を整えている。
「帰りが遅いもんだから、何かあったんじゃないかって探しに来たんだよ。無事で良かったぁ」
ルナはニカッと笑うが、二人の表情は暗いままだ。
せせらぎと風の音が奏でるこの空間の中で、瑠璃が先程の出来事を話そうとしていたが、瑠璃よりも先にルナの声が二人の耳へと届いた。
「あのね、キミ達を探しに来た時、キミ達以外の魔力も見つけたから、ボクは先にその主に会いに行ったんだ。そこで一羽の烏を襲った飛行型の魔獣に遭遇してさぁ、二人が辿り着く前に遠くにおびき寄せて蹴り飛ばしてやったの!」
「飛行型の魔獣……?」
「うん、こーんなにおっきいの!」
ルナは身体全体で魔獣の大きさを表現する。
それはくまくまと
魔導コンパスが落ちているのは確認していたが、二人の為に敢えて残しておいたらしい。
烏を襲った原因は太陽の光が反射していた魔導コンパスのせいだろう。
烏と同じ事をしようとしていただなんて、鳥類は似た思考をしているのだろうかと、ルナは笑っていた。
「あの烏は無事だよ。微かにだけど動いているのは確認したから。あと、烏が襲われたのは瑠璃のせいじゃないから大丈夫!」
ルナは目尻を下げて二人を交互に見つめている。
二人が魔法を使って助けた事は魔力感知能力で見抜いているようだ。
「蛍吾。ボクが今から言おうとする事はわかる?」
「……うん」
目尻を下げたまま蛍吾を見つめるルナの瞳からは力強さと真剣さが伝わってくる。
蛍吾はルナとは対照的に落ち込んでいる様子だった。
「今回はボクが居たから良かったけど、特に敷地外で魔法を独断で使うのは禁止ね。キミはおじいちゃんと街へ行く身なんだから、他の種族と接触する事の重みを理解して欲しい」
「でも、怪我をしている子が目の前にいたら放っておく事は出来ないよ」
ルナは全然解ってないと言わんばかりに大きなため息を吐いた。
「気持ちはわからなくもないよ。助ける事自体は悪い事じゃないから。でもね、キミの
ルナは語る。
現在彼女は代表者として敷地内にいる宝石達の命を預かっている身だ。
一人の善意が皆を絶望へと陥れる事だって十分にある。
魔石族の存在を知る者はほんのひとつまみしかいないとソレイユから教わっていた。
人間、生物、魔族のセカイにだって裏切り者は存在するのだ。
治癒魔法は便利ではあるが、それを利用する者が現れる事を踏まえると、下手に発動させると蛍吾が危険な目に遭ってしまう場合がある。
「ま、現時点でキミが敷地外に出る時はおじいちゃんもいるから任せられるけど、今後の事は考えなきゃいけないなぁ」
「ご、ごめんなさい……」
「それじゃあ今後治癒魔法を使いたい時は、ボクかおばあちゃんか黒斗に必ず相談する事! わかった?」
ルナは蛍吾にグイグイと攻め寄りながら厳しく言うと、更に落ち込んだ様子でしぶしぶ了承している姿があった。
彼女自身も厳しくしたくてしている訳では無い。
ソレイユが居ない今、ルナがこのアトリエを護らなければならないのだ。
「……ねぇルナ。相談相手に黒斗くんがいるのはどうしてなの?」
瑠璃が首を傾げてルナを見つめている。
確かに黒斗はルナの元で修行を行っているが、それは魔力操作を習得する事を目標にしている。
同性同士だと相談しやすいという面はあるかもしれないが、それ以外の理由を見つけられないと言った表情をしていた。
「あー、それは後々敷地の管理を任せるつもりでいるからだよ。管理者は一人である必要はないしね」
「そうなの!? ……でも黒斗くんって優しいから、蛍吾さんの魔法の件も快く承諾するんじゃないかな……?」
「それは大丈夫だよ。黒斗はそういう判断が出来る奴だって信じてるから!」
ルナがこの話は本人には伝えるなと念を押すと、そこで会話が途絶えてしまった。
管理人の家に戻る頃には十六時を過ぎるだろう。
暗くなる前に瑠璃とアトリエに帰らなければならない事を蛍吾に伝えると、三人は早々と帰路につく事にした。
お説教後の移動だ。
誰に言葉を投げかける事もなく三人は歩き続ける。
一瞬だけ強い風が背中を押した。
夕焼けが生まれようとするこの空が、気まずい空気を和ませてくれるかのように照らしてくれている。
道中、ルナはクリスタから聞かされた話を思い返していた。
『治癒魔法? それって怪我を治す魔法って事?』
クリスタから告げられた蛍吾の魔法。
覚醒したのは帰宅中の翔平が転倒し、軽傷を負って帰ってきた時だった。
洗濯物を取り込む為に外に出ていた蛍吾が、慌てて駆け寄って魔法をかけていたという。
その後は家事を手伝う際に指を切ってしまった時は自身に魔法をかけていたり、クリスタの
つまり蛍吾の治癒魔法は《人間等の生物》《肉体を持った魔族》にしか効果がない。
魔石はあくまで石に魔力を宿したもの。
擬態した身体はともかく、無機物である
――おばあちゃんの言う通り、蛍吾の魔法が人や他の種族に知れ渡ったら、いつ狙われてもおかしくないとボクは思う。
彼は困っている人を放っておく事が出来ない性格の為、気にかけてやってほしいと頼まれたのだ。
――それにしてもなぁ、蛍吾が物をよく失くす方向音痴だって聞かされた時は慌てたよぉ……。一気に疲れが出てきた……。
『えぇ!? じゃあどうしておつかいなんて頼んだの!?』
『引き継ぐのであればこれくらいは出来るようになってもらわないといけないからね。心を鬼にして頼んだんだよ。このコンパスは予備もあるし、誰かと行動を共にすれば改善出来る事もあるかもしれないだろう?』
『うーん、確かにそうかもしれないけどさぁ、あの魔導コンパスは無くしたらヤバいじゃん! ボク、探しに行ってくる!』
これは蛍吾専用の魔導コンパスを作らなければならない。
ルナは心の中で頭を抱えながら今後の事を考えていた。
その後、何事もなく辿り着き、何事もなくアトリエに帰る。
元々今日は夕食は無しと決めていたので、各々が自分の時間をゆっくりと過ごしていた。
◆
数日後、ルナは
「えーっと、確かコンパスのページは……あ、あった!」
ルナはピンク色のノートを捲り、魔導コンパスの創り方が書いてあるページを探した。
そこに描かれているのは
「蛍吾は方向音痴みたいだから、見た目は方位磁石の形にしたいんだよね。示す場所はこのアトリエとおじいちゃんの家だから……」
ブツブツ言いながらガラスペンで地図に印を付けている。
この地図は黒斗が所持しているものと同じもの。
地図も印も、この特殊なガラスペンとインクが使われている。
全て錬金術で創られた魔導具だ。
「よし。まずはこの地図と方位磁石を合成しよう。今回はボクも手伝うね」
そう言って白湯を水差しに入れると、二人でそれを持って錬金釜へ注いだ。
二人の魔力が合わさった合成液となり、
「あれ? さっきと色が違うね」
「魔晶石を一つ入れたからかなぁ? おじいちゃんが持っているコンパスとも違うよねぇ」
「案外二人の魔法の影響かもしれないよ?」
三人の笑い声が部屋中を賑わせた。
穏やかな日差しが作業台を優しく照らしている。
朝を迎えたばかりのアトリエ周辺からは小鳥の鳴き声が遠くから聞こえていた。
「それじゃあ次はぁ……」
ルナは布が敷かれた籠の中から無属性クリスタルと魔晶石を取り出してコンパスの横に並べた。
今度は瑠璃の幸運魔法を掛け合わせると言い、薬缶に入った白湯を先程の水差しに入れた。
瑠璃が水差しを持つと淡い光が水差し全体を包み込む。
それは白湯を合成液に変えて錬金釜へと注がれていった。
「本当は
そう話すルナはとても楽しそうだ。
埋め込まれたかのように入っている黄金のコンパスの針が、先程一緒に投入したひし形の魔晶石に変化している。
「コンパスの外側に幸運魔法を付与すれば、落としても見つけられるかもって思って試してみたんだけど、後は試して貰ってから調整だねぇ」
三人で完成した魔導コンパスをまじまじと見つめていると、玄関扉が開いて
「頼まれてた物、作ってきた」
ルナが作ってほしいと前日に頼んでいたのだ。
蓋を開けると複数本の麻紐が入っている。
「何本か作ってみたから好きなのを使って。ついでにこの籠も作ってみた」
「それ、どう考えても籠を作るついでに麻紐を作ったんだよねぇ?」
「……バレた?」
ルナが指摘すると笑い声が部屋中に響いた。
全ての麻紐を取り出し、一本ずつ片端をあわせて並べていく。
首にぶら下げられ、且つコンパスが使いやすい位置になる長さの物を大まかに横に置くと、一つずつ魔導コンパスに合わせていった。
そうして選んだ麻紐を組み合わせ、魔導コンパスは完成する。
少し休憩したら試行してみようとルナは提案した。
合成に使用したコンパスはアトリエの倉庫にあった物で、市販の物なのか、錬金術で創られた物なのかは定かでは無いとルナは言う。
材料さえ揃えば私も作れるかもしれないと
「おはよう。
完成を喜ぶ最中、知らぬ間に黒斗が来ていたようで、中に入る様子もなく玄関から
いつものお出かけの時間だ。
「行くー! ちょっと待っててー!」
いつもの持ち物は入れっぱなしにしているのだろう。
一分も経たぬ間に降りてくると、道具は後で使うからそのままでいいとルナ達に告げると、黒斗の元へ一直線に走っていく。
行ってきますと声をかけて彼女が出かけて行く後姿は、心做しか嬉しそうに見えたのだった。
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