#39
瑠璃と蛍吾が管理人の家を出てから十数分、目的地である小川へと到着する。
ここはアトリエ付近の小川よりも狭く、岩場に挟まれて南へ向かって流れている。
岩よりも石の方が多いように見受けられる場所だ。
「えっとね、確か……あ、あった!」
蛍吾がしゃがみ込み石を取り上げると、瑠璃の元へそれを見せに来る。
「これが長石だよ。焼き上げる時に塗る釉薬にする事が多い物なんだけど、無理のない範囲で集めてくれるかい?」
「わかりました」
瑠璃は蛍吾に笑顔を向けると、紙エプロンと手袋を身に着けて採取を開始する。
わからない物は都度蛍吾に確認しながら、夢中で集め続けた。
「わぁ……! 綺麗……」
長石採取の途中、瑠璃は石の間に埋もれている半透明で深い緑色の鉱物を見つけた。
角の少し尖ったそれは直径二センチ程の多角形の石だ。
「あっ、それ。確か翡翠って言うんだ。クリスタさんに教えてもらったんだけど、僕達と同じ天然石なんだって」
瑠璃がそれに見惚れていると、背後から蛍吾が説明してくれる。
彼は同じ目線になるようにしゃがみ込むと、瑠璃に優しく微笑みかけていた。
「これが天然石……。それじゃあこれに魔力を注いだら、わたし達みたいな魔石族が現れるって事なのかな?」
「恐らくね。でも、特別な理由がない限り魔力は注がないってクリスタさんが話してたよ。何故だかわからないけどね」
瑠璃はじっくりと翡翠を観察する。
彼女自身、魔石族である事にあまり実感を持ってないが、手のひらに乗せた天然石は実際の質量以上の重みを感じ取っていた。
見つけた時は持ち帰ろうかと考えたが、易々と所有する物ではないような気がしたというのもあり、元の位置に戻す事を選んだ。
それから数十分。二人が家を出てから一時間が経とうとしていた。
他愛のない会話を交わしながらの採取は、飽きが来ず楽しい時間と化している。
木箱いっぱいとまではいかないが、それなりの量が収集出来た。
「そろそろ戻ろうか」
蛍吾はジーンズのポケットに入れていた魔導コンパスを探している。
「……あれ!?」
慌てた様子で全てのポケットに手を入れて探っている。
瑠璃は様子がおかしい事に気付いて声をかけると、『また無くしてしまった』とガックリと肩を落としている姿があった。
――また……?
嫌な予感がしつつも首を傾げて話を聞く事にする。
「……よく物を無くしてしまう癖があって、翔平さんに何度も注意されているんだ。いつもは工具や日用品ばかりだったけど、流石に今回は不味いかも……」
あの魔導コンパスは
それは人の住む街へ行った際、魔導具である事を悟られないようにと管理人の為に創られたものだからだ。
行きしなは言われた通り、魔導コンパスを確認しながら南東方面へ向かえたものの、変わり映えのない森の中でそれ無しで帰るのは、よほど土地勘がある人でない限りは厳しいだろう。
「……実はね、僕、翔平さんとクリスタさんから
「えええぇ!? そ、それ、大変じゃないですか! ひとまず探さなくちゃ……!」
瑠璃は慌てて周囲を見渡して魔導コンパスを探す。
――ここに来るまでは持っていたのを見ていたから、落としたとすればこの辺りだと思うんだけど……。
蛍吾には岩場を探してもらい、瑠璃は木箱の中を確認する事にした。
この箱の中に落とした可能性も考えられるからと数分かけて探してはみたものの、長石以外の物が見つかる事はなかった。
――魔法、使うしかないよね。
瑠璃は両手を組んで蛍吾と自身に魔法をかけた。
身体から淡い光が現れ、その光の一つは蛍吾に向かって飛んでいく。
「これは……?」
全身が輝き出した事に驚愕した蛍吾は思わず瑠璃に視線を向けた。
『すぐ見つかると思う』と言って優しく微笑み、岩の隙間を一つ一つ確認し探す作業に戻る彼女をまじまじと見つめる。
――これが瑠璃ちゃんの魔法……。
自信に満ち溢れた頼りがいのある姿に思わず目を奪われていた。
「あっ!」
蛍吾も魔導コンパス探しを再開して二分程、向かいの岩場にキラリと光る物を見つけた。
角度を変えて確認すると、それは紛れもなく探している物だ。
「見つかって良かった! 取りに行くから待ってて」
蛍吾は小川から飛び出している岩を踏み台にして向かいの岩場へ向かう。
周辺の岩はどれも平たく座りやすいので、岩の上で滑らなければ川の横断も可能だ。
オドオドした動きで小川を渡り切り、瑠璃に指示されながらこへ辿り着くと、目当ての物が日光を反射しながら佇んでいた。
魔導コンパスを拾い上げようと、蛍吾はゆっくりとしゃがみ込む。
「「!?」」
瑠璃の背後から一羽の烏がこちらへ向かってくる様子が見えた。
頭部にぶつかりそうな程の至近距離を飛行し、魔導コンパスを目掛けて突っ込んでくる。
二人が倒れた姿を横目にカァカァと鳴きながら着地すると、あっという間にそれを咥えて飛び立ってしまった。
「「………………」」
二人の胸がバクバクと音を立てている。
幸いお尻を強打したものの怪我はない。
徐々に落ち着きを取り戻すと、同時に頭が冴えだんだんと表情が青ざめていった。
「えっと、これって」
「不味い、ですよね」
二人は立ち上がって烏が飛んで行った方向をみた。
方角的は南東方面だが、コンパスが無い今はそれすらも把握出来ない。
瑠璃は先程蛍吾が渡った岩に手をつきながら恐る恐る移動する。
今日はウォーキングシューズにしておいて良かったと心底思っていた。
「追いかける前にもう一度魔法をかけますね」
瑠璃がもう一度両手を組んで祈ると、先程と同じ淡い光が二人を柔らかく包み込む。
「ねぇ瑠璃ちゃん。君の魔法ってどんなものなの?」
「そういえば言ってませんでしたね。
「そうなんだね。目で見て解るものだけが魔法じゃないって事かー。何かを思い描いて魔法をかけたのかい?」
「そうですね。さっきは《魔導コンパスを見つけられますように》、今は《魔導コンパスを取り戻せますように》って願いながら魔法をかけたので、次こそは取り戻せるんじゃないかなぁと」
瑠璃は笑顔で言い切ってみせた。
根拠があるわけではないが、
――向こうに飛んで行ったよね……。急がないと……。
立ち尽くしている蛍吾に一声かけると、瑠璃は先陣を切って烏が飛んで行った方向へ走り出した。
そうして走り続けて十分程、代わり映えのない森から少し拓けた場所まで出ると前方に黒い影が見えた。
大木の前にあるそれは近付くにつれ見覚えのある生物である事がわかる。
「「えっ!?」」
目の前にある黒影はコンパスを持ち去った烏で、それは出血した状態で倒れている。
奥にある大木にも血液が付着している事から大木に衝突してしまった可能性がある。
烏のクチバシから数十センチ程離れた所に魔導コンパスが落ちていた。
「そ、そんな……」
瑠璃は足元から崩れ落ち、怯えた顔で烏を見つめる。
「取り戻せますようにって祈ったけど、こんなの……こんなの望んでない……!」
両手で顔を覆うと涙が溢れて止まらなくなった。
ぐにゃっと頭が回ったような感覚が瑠璃を襲う。
――あの時と同じ感覚だ。
目覚めたばかりの頃、頻繁に襲ってきた目眩と同じこの症状。
――わたしが魔法をかけたせいでこの烏の命が……。
「瑠璃ちゃん、大丈夫。この子、まだ息があるよ」
蛍吾は知らぬ間に烏の前にしゃがみ込み、現状を確認している。
近くに落ちている魔導コンパスを拾い上げると、瑠璃にここまで来るように促した。
だが瑠璃は身体が強ばって立ち上がる事が出来ない。
蛍吾はゆっくり立ち上がると、座り込んだままの瑠璃の元へと歩み寄り、彼女の肩に手を置いた。
「大丈夫だよ。あの子は僕が助けるから。何回か深呼吸しようか……」
何度も深く息を吸う。
新鮮な空気が、魔力が身体中を巡り、不思議と心が落ち着いてくる。
蛍吾が背中をポンポンと優しく叩いてくれている。
「ありがとう、ございます……。だいぶ落ち着きました。……ところで
「僕の魔法だよ」
「蛍吾さんの、魔法……?」
ここで見てて、と言うと蛍吾はもう一度烏の元へと向かい、先程と同じようにしゃがみ込んだ。
右手を烏の真上に翳すと、その手のひらから烏に向かって淡い光が降り注ぐ。
烏の周囲を微量の風が優しく靡いていた。
時間にして体感三十秒程。
光は収まった後で再度確認すると瑠璃に優しく微笑んでみせた。
「傷口は塞いだから、後はこの子の生命力次第だね。後頭部と左翼に深い傷と打撃痕があったんだ」
そう言って蛍吾は再度瑠璃を呼んだ。
先程何度か深呼吸を繰り返したおかげで、瑠璃は落ち着いて状況を把握することが出来るまでに回復していた。
ゆっくりと立ち上がって恐る恐る烏の元へと歩み寄る。
彼の言う通り、よく見ると後頭部と左翼から出血の痕が見えている。
「あれ……? つまり、怪我の理由は
「そうなんだよ。この傷は誰かに攻撃された可能性が高いかも……」
そのまま衝突したのであればこんな傷を負うのは不自然だ。
仮に誰かに攻撃されたとしたなら、その犯人は野生生物か魔獣の可能性がある。
二人はルナや
「ひとまずコンパスは回収したし急いで帰ろう。この子は草むらの近くで休ませてあげようか」
蛍吾は烏の身体を優しく抱き上げると、大木付近にある草むらに寝かせて瑠璃の元へ戻った。
瑠璃に魔導コンパスを手渡すと地面に置いた木箱を持ち上げる。
「無くしてしまうと怖いから、僕の代わりに方角を確認してもらっていいかな? 帰りはコンパスの中の磁針が光が示してくれるから、それを頼りにすれば帰れるよ」
瑠璃は手の中にある魔導コンパスを観察する。
光は北北西の位置に向いた磁針の先から点滅している。
――確かにこれがあれば、行きしなは目的地の方角へ向かって行けばいいし、帰りは光の示すままに進めばいい。
先日黒斗に見せてもらった地図もそうだが、なんて便利なアイテムなんだろうと瑠璃は思った。
そうして二人は魔導コンパスの示す先へ向かって歩き出したのだった。
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