#38

 あれから少しの時間が経過し、クリスタとの話が終わった藍凛あいりが作業部屋に入ると、翔平の作業を見学しながら和気あいあいとしているルナ達の姿があった。

 それはアトリエで生活している時の空気そのものだ。

 先程まで真剣な話をしていたからこそ、いつもの雰囲気が藍凛あいりの頬を緩ませる。

 ――正直、すぐには受け入れ難い話だったけど、私の魔法が《その話は真実だ》と示してくれたから間違いではないんでしょうね……。

 ルナにはまだ知らされていない過去。

 事情は知らないが彼女に関連する事なのかもしれないと、藍凛あいりはそこで考えるのをやめた。

 それを知るのはきっと今じゃない。

 今はただ目の前にあるこの空間の中に入る事が重要なのだ。



「あ、藍凛あいりちゃんおかえり。お話はどうだったの?」


「うん。知りたかった事は聞けた」



 会話の内容を追求せずに居てくれる事は藍凛あいりにとって有難い事だ。

 頭を撫でられ心地良さにうっとりしていると、瑠璃の隣りに座っていた蛍吾が席を譲り、翔平の隣りへ移動する。

 姉妹みたいで微笑ましいと蛍吾に言われ、藍凛あいりはちょっぴり恥ずかしくなった。



 更に時間が経ち、時計の針はもうすぐ十五時を刺そうとしている。

 はやてはこの後用事があるからそろそろ帰ると言い、ルナに玄関を開けてもらって外に出る。



「今日は帰るって言ってあるし、シアンが心配するからさ。蛍吾、また会おうぜ!」


「うん。またねー」



 はやてが背を向け集落へと帰ろうとした時、家の中から急いだ様子で藍凛あいりが飛び出してくる。

 私をアトリエまで送って欲しいと頼んで承諾を得ると、そのまま彼の背中に跨った。



藍凛あいりちゃん、体調悪いの? わたし達も付き添うよ? ねぇ、ルナ?」


「あ、大丈夫。色々作りたくなっただけだから」



 居てもたってもいられないと言わんばかりに気持ちが高揚している様子が伺える。

 瑠璃が迷う隙さえも与えず先に帰ると告げると、はやてと共にこの場を後にした。



藍凛あいりちゃん、先に帰って良かったのか?」


「大丈夫。それを言ったら黒斗とあおだって先に出て行ったわよ」


「……えっと、そうだけど、そうじゃなくてさ。今帰っても皆が戻ってくるまでは一人じゃん?」



 はやては目的地へ向かって真っ直ぐ走り続ける。

 例えアトリエの敷地内とはいえ、女の子を一人で居させる事に抵抗があった。

 黒斗でさえ魔物に遭遇して逃げ回っているくらいだ。

 ここを出てしまえば、もしもの事があってもはやては駆けつけることが出来ない。



「大丈夫。私、こう見えて強いのよ? 魔法で攻撃は出来ないけど、私が作った武器さえあれば確実に命中する」


「それって、藍凛あいりちゃんが使える魔法のおかげでって事だよな? ……その、気になってたんだけどさ、そんな頻繁に魔法を発動させて疲れねぇの?」



 藍凛あいりは首を傾げながら考えた。

 はやては速度を緩めることなく走り続けている。

 藍凛あいりを乗せて長距離を走っていながらも、息切れする事なく普段通りに会話をするはやてこそ疲れないのかと問いたいほどだ。



「疲れると思った事は一度もないわね。もしかすると宝石コアが加工されたものだからってのもあるのかもしれない。実際毎日発動しているけど何ともないもの」



 藍凛あいりはそう答えるとはやての頭を優しく撫でた。


 そうして幾度か言葉を交わしながら走り続けてアトリエへと到着した二人は、軽く挨拶をして別れた。

 道中、藍凛あいりは今までの事を一人振り返っていた。

 ――数週間一緒に過ごして解ったけど、やっぱり私はみたいね。

 自分には出来る事が、ルナを覗いた宝石達には出来ない。

 彼女はそういう場面に何度も出くわしている。

 きっとそのサポートが出来るのは藍凛あいりしかいない。

 ――それにを聞いてしまったからには、まずは対処法を考えないと。

 ルナには出来ない事を自分がやる、そう決意し、藍凛あいりは別館の作業部屋へ入ったのだった。



 藍凛あいりがアトリエに到着した頃、ルナ達はリビングに戻り、クリスタと共にのんびりとした時間を過ごしていた。

 蛍吾が住み込むようになってからは様子が気になり、頻繁にこの家を訪れるようになったとクリスタは話す。

 彼の魔力はクリスタの影響を受けていたおかげで、魔力感知能力では見つけられなかったのだろう。



「こればかりは仕方がのうて。じゃが、ワシはクリスタルの洞窟で目覚めた者じゃ。ワシにしか使えない特殊な魔法もあるし生活には支障ない」



 クリスタはルナの頭を撫でながら苦笑していた。

 ルナがアトリエに来る前、クラックしてしまったクリスタを見つける事が困難になったと、ソレイユが愚痴を零して居たのを思い出し、まるで隠れんぼでもしているかのようじゃ、そう独り言を零している。

 哀愁漂うその姿にこの場にいる全員が言葉を失っていた。



「蛍吾、ちょいとばかし手伝ってくれるかい?」



 奥の作業部屋から翔平に呼ばれ、蛍吾はゆっくりと彼の元へ向かった。

 部屋の入口から見て右奥の棚にある木箱を両手で持ち上げ、作業机の上に乗せようとしている姿が見えた。

 もしかしてと声を出すと、翔平はその通りと言わんばかりに微笑んでいる。



「そろそろ無くなりそうだからまた頼めるかね?」


「はい」



 蛍吾は木箱を抱えて作業部屋を出ると、ルナ達がそれを興味津々に覗こうとしている。



「今から蛍吾に長石の採取に行ってもらうんだ。誰か手伝ってやってくれんかい?」



 蛍吾に続いて部屋から出てきた翔平が言うには、陶芸用の土と釉薬を作る為に必要だという。

 街で専用の土を購入する事も勿論あるが、自分の手で作りたいという彼の向上心や、薪にする原木や生活必需品の購入費用に当てる為の節約も兼ねて定期的に自作も行っているそうだ。

 今回は長石だが、その時々によって粘土を採取する日もある。



「わたし、お手伝いします!」



 瑠璃が志願し、立ち上がって翔平と蛍吾の元まで向かうと、丈夫そうな手袋と先程まで借りていたエプロンを手渡された。



「ここから南東へ少し歩いた先に小川があるから、その辺りで探してくれるかい?」


「南東……?」



 ルナは念の為に魔力感知能力を発動させて場所を視る。

 ここから南東へ向かうということはへ出るという事。

 人間である翔平にとっては何の変哲もない場所でも、魔石族側からすれば違う事もある。

 ――うーん、現時点では問題なさそう。

 指定された場所は近辺にあるので、もしもの場合は自分が赴けばいいと判断し、二人をここで見送る事にした。



「そうそう、コレを」



 翔平が蛍吾に渡したは紛れもない魔導コンパスだ。

 しかしその魔導コンパスははやてが持つ物とは形が違い、こちらの方がよりコンパスに近い形をしている。



「これはこの家の場所を示してくれるコンパスだ。絶対に無くしてはいけないよ」



 蛍吾と瑠璃は軽く会釈するとこの家を出て行った。

 三人だけとなったこの家の中で翔平はひと息つくと、そそくさと作業部屋へと戻っていく。

 それは二人を気遣っての事であると気付いているのはクリスタだけだった。



「ねぇおばあちゃん、ババ……し、師匠の事なんだけど……」



 ルナは今抱えている問題をクリスタに相談する。

 師匠であるソレイユの魔石コアが行方知れずである事だ。

 このまま全ての魔力を見つけたとしても、彼女の魔石コアがなければ合格なんて拝めない。

 浄化した宝石達を今後はどうするべきか、相談する相手も居ない。

 一人で抱えるには少々荷が重いのだ。



「……おそらくあのバカ狐は、そうなる事を想定して試練を与えたのだと思うぞ」


「どういう事?」


「お主が混乱し立ち去ってしまう事を想定しての計画だと考えれば納得出来ると思わんか? 仮に奴の魔石コアを拾い新たな魔力を注いだとしても試練に支障はないし、拾えなかったとしてもを見つけるのが試練となるいう事じゃ」


「……でもって言われても、別れた場所から無くなった魔石コアを闇雲に探し回ったって、時間ばかりが過ぎていくだけなんだよね。確実に見つけられる方法なんて思い浮かばないよ」



 ルナは視線を逸らし大きなため息を吐いた。

 魔導書と思わしき本をひたすら読み漁り、一人スピーダーを所持し探し回っていても尚見つけられないのだ。

 見落としている箇所はあるかもしれない。

 それでも一人だと限界がある。

 幸運魔法を扱える瑠璃が居たおかげかもしれないが、行き詰まっていた時にクリスタと再会出来たのは運が良かったと思う程だ。

 それほどクリスタに会いに行く事は難しい。



「そうじゃの……。先ずはソレイユの魔力を全て浄化し、この敷地に集めてみよ。そうすれば自ずと糸口を見つけられるハズじゃ」



 クリスタはそう助言すると、ルナを抱きしめ頭を撫で続けた。

 ――ボクが落ち込んでいる時、いつもおばあちゃんはこうして撫でてくれる。

 ルナにとって、母のように包み込んでくれるクリスタの存在は大きい。

 まるで心が洗われたかのように落ち着けるのだ。

 ルナがお礼を言うとクリスタは微笑み返してくれる。

 きっと機械の身体でなければ涙が零れていただろう。



「そういえば、半人前のお主の弟子……黒斗と言ったか。奴は何処まで進んでおる?」


「もぉ……、半人前は余計だよぉ……。順調、と言うより早い方だと思うよ。この前魔力感知能力を習得したところだから、魔力操作を極めるのも時間の問題だよ。ボクより先に一人前になりそうでちょっぴり悔しいかも……」


「そりゃあお主は大雑把じゃし、何より修行は一つではないじゃろう。時間がかかって当たり前じゃ」



 どうやら《大雑把》という言葉も刺さってしまったらしい。

 ルナは頬を膨らましていじけてしまった。

 時計の音と作業部屋からの音が微かに聞こえるこの空間で、クリスタはルナの頭を撫でながら励ますと天井を仰いだ。

 このおおよそ三ヶ月の間でルナは著しく成長している。

 ――ソレイユの言う通り、この子には実践させるのが効果的なようじゃの。

 瞬く間に大人びた姿に変わった少女の頭を撫で続け、感慨深く見つめていた。


 そうして今度は宝石達の魔法の話へ移る。

 クリスタにはかつて同じ宝石の仲間達がいた。

 彼女以外の仲間は黒斗達と同じく一種類の魔法しか扱えず、全員が魔力操作を習得している状態だったらしい。

 私利私欲に溺れ身を滅ぼした者もいれば、魔石族である事を人間に利用され宝石コアが壊れてしまった者もいた。

 ――ババアの言ってた通り、私利私欲に溺れる奴はいるのか……。でも、って……?



「そうじゃ、ルナ。お主に話しておかねばならんことがある。蛍吾の魔法の事じゃが……」

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