第5話 物語の終わり

 翌朝のこと。

 姿の見えない二人を探して地下礼拝堂クリプトに下りた者たちは、棺の中に横たわる二人を発見した。『どうか開けないで』という手紙と共に。


 マリアも、リベリオも、息絶えていた。

 互いに手を取り合い、直前まで口付けを交わしていたかのように、頬を寄せたまま。


 二人の遺体を調べようとした科学者たちは、封印された蓋の隙間から未知の病原体を発見した。それがどこからもたらされたものかはわからないが、間違いなく、人体に侵入すれば死を招くとのことだった。


 マッダレーナ・マッジョーレ教会の者たちは慟哭した。

 奇しくも、彼らは前の晩、乙女のものと思しき歌声を聴いていたのだ。

 あれはきっとマリアによる第三の奇跡が行われた瞬間であった。乙女はその聖なる歌声と、聖なる肉体でもって、恐るべき病原体から人類を守ったのであろう。


 いや、マリアだけではなかったか。

 マリアと、リベリオと。禁じられるべき二人の愛が、人々の命を救ってくれた。


***


 鳥も、動物も死に絶えた。辛うじていくらかの昆虫が残るのみである。海は常に夜の色をして、人々は木というものを本の中でしか知らない。川も大地も汚染されており、少しずつ、ほんの少しずつ、残された人類を蝕んでいる。

 彼らは、ただ死に向かっているのだ。

 そのことに気が付いて絶望したその日こそ、人類滅亡の時である。


 けれど、その日は再び遠退いた。


 棺の中で眠る二人の遺体は、やはり朽ちることがなかったという。寄り添い合う恋人たちの死顔は、巡礼者たちに新たなふたつの感情を与えた。


 希望と慕情。

 褪せぬ恋人たちが育んだ希望と。

 故郷に残してきた愛しき者たちへの慕情。


 巡礼者たちはもはや断崖への道など振り返らない。

 ここまで歩んできたはてしない旅路を引き返すだろう。


 まだ諦める時ではない。

 誰かを大切に想う気持ちが、きっとまた奇跡を起こすに違いないから。


 彼らは未来への希望だけを抱いて、故郷への道を歩む。



fin.


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褪せぬ乙女は硝子の棺に 祇光瞭咲 @zzzzZz

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