第11話 進展する関係

 朝食後、俺達は風呂敷に包んだ勉強用具を持って寺子屋に向けて歩いていた。流石にボールペンなどはないため、筆記用具は筆になるかと思っていたが、どうやら鉛筆や消しゴムを製造する技術は他所から伝わっているみたいで、それを見た瞬間に俺は少し安心していた。


 ただ、まだノートまではないのでノート代わりとして手習草紙を使う事になっているが、使う事になっている手習草紙の見た目は逆側から開くだけのノートみたいだったのでそんなに不便さは感じなかった。



「今日から転入生として寺子屋通いか……そういえば、木香温泉のとこの娘さんが通ってるのは聞いたけど、他にはどんな奴がいるんだ?」

「他か? 他は薬種問屋の奴とか岡っ引きの子供、後は定食屋のせがれや菓子司の娘がいるぞ」

「ちょっと男の子が多いので私は他の女の子とよく一緒にいます……」

「俺も男連中と話してる事が多いな。ハルはどうだった?」

「俺か……俺も男子と話す事は多かったけど、女子とも話さないわけじゃなかったな。けど、同性で固まる事はたしかにあるあるだし、歳のせいか男女で仲良く話してて夫婦だとかラブラブだとか囃されてる奴はたまに見かけたな」



 俺のように女子人気があまりなかったりイケメンな上に人当たりの良かったりする奴はそういう事を言われなかったが、言われてる奴らは迷惑そうにしていたから少し可哀想だと感じたのを覚えている。



「へえ、そっちでは結構からかわれる感じなんだな、異性と仲が良いと」

「まあそうだな。本当に付き合ってればそういう囃し立てもテレるだけで済むだろうけど、そうじゃない奴らからしたらたまったもんじゃないしな」

「た、たしかに……私もいざ同じ立場になったらちょっと困る……かもしれないです」

「けど、それだけ仲が良いわけだし、もう堂々としてたら良いんじゃないか? そうすれば、からかう方もからかいがいがないと思って止めるだろうしな」

「そう出来る奴もいるだろうけど、中々出来ない奴が多いのもまた事実なんだよ。俺だって同じ立場になったら困るし」

「因みに、噂される相手がウチの妹だったらどうだ?」



 それを聞いて紅珠が弾かれたように真樹を見る中、俺は寺子屋や町中で俺と紅珠の仲が噂される程の物になっている状態を想像した。


 今は兄である真樹が一緒だが、二人きりで恋人繋ぎで紅珠と手を繋ぎ、色々な物を見に行ったり時にはキスをしたりするそんな仲になった自分達を思い浮かべている内に自然と口元が緩んでいった。


 ただ、それを見て真樹がニヤッとし、紅珠が恥ずかしそうに顔を赤くしている事に気づいて俺は慌てて咳払いをした。



「……まあ正直に言えば紅珠みたいに可愛い子と噂されるのは嬉しいけど、やっぱりまだ俺にはそういうのは早いと思う」

「可愛いのは否定しないんだな。まあ自慢の妹だからな、それは当然だな!」

「お前だって結構兄バカじゃないか。成長して鬱陶しがられたり反抗されたりする事は考えないのか?」

「その時はその時だろ。引っ込み思案で俺からの誘いはいつも断れなくて俺の後をついて回る事が多い紅珠が俺の事を鬱陶しがったり反抗してきたりしたらそれは成長の証として俺は認める。むしろ喜ばしいからな」

「真樹……」

「お兄ちゃん……」



 俺と紅珠の二人から見つめられた真樹は変わらぬ笑みで俺達の肩にポンと手を置いた。



「まあそういう事だ。恋仲になった時は真っ先に俺に言えよ? お前達の兄貴としてしっかり祝福するからさ」

「……何度も言うけど、俺はお前の弟じゃない」

「いずれなるかもしれないんだからそんなの誤差だろ?」

「そんな適当な……」

「適当じゃなくて確定した事実だ。ほら、さっさと行こうぜ」



 真樹が鼻唄を歌いながら歩いていき、その姿を見ながらため息をついていたその時、俺の手が何かに掴まれた。それに驚きながらそちらに視線を向けると、掴んでいたのは紅珠であり、いつの間にか俺の手と紅珠の手は想像していたような恋人繋ぎになっていた。



「……え?」

「は、ハル君がそうしながら嬉しそうにしてるのが“視えた”から」

「視えたっていうのは?」

「友達の中にさとりの子がいて、その子から近くにいる人の考えてる事が視えるようになる術を教わってるんです。それで使ってみたらそうだったので……」

「そ、そうだったのか……」



 緊張からかじんわりと汗が滲む紅珠の手は少しひんやりとしていて、けれどしっかりと指が組まれた部分は温かくて柔らかく、その不思議な感覚は俺の思考を紅珠への愛おしさに染めるには十分すぎる程だった。



「紅珠……」

「嬉しい……ですか?」

「嬉しいは嬉しいけど……この繋ぎ方は恋人繋ぎっていう恋人同士が繋ぐやり方で……」



 それを聞いて紅珠は一瞬きょとんとしたが、次第にその顔は赤くなっていった。



「そ、そうだったんですね……」

「う、うん……」



 照れて顔を赤くする紅珠を見ながら俺も恥ずかしさから顔が熱くなっていった。恋人繋ぎという名前を知らなかったとはいえ、俺が嬉しそうにしているからという理由でしてくれたのは驚いたけれど本当に嬉しく、少なくともそこまではしてくれる程に心を開いてくれているのだと知って幸せな気持ちではあった。



「と、とりあえず行こうか……」

「は、はい……」



 紅珠が答えた後、俺達は木香の住人達の微笑ましそうな視線を受けながら真樹の後に続いて寺子屋へ向けて歩いていった。

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家出先は異世界だった(仮) 九戸政景 @2012712

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