第10話 安らぎの朝
翌朝、俺達は居間で食卓を囲んでいた。昨日までは俺は向こうの世界での服を着ていたけれど、今日からは用意された子供用の着物を着ており、朝起きてそれを着ていった時に珠樹さん達からはとても良く似合っていると言われ、少し嬉しさを感じていた。
「さて、今日からハル君も寺子屋に行くわけだけど……緊張はしてないかな?」
「してないわけではないですけど、それ以上にワクワクしてます。どんな妖に会えるのかなとか」
「そうか。寺子屋に通っている子達も天風先生も悪い人達ではないから楽しんで行っておいで。午前中だけだから、午後からは自由時間にして良いしね」
「あれ、午前だけなんですか?」
「そっちは違うのか?」
「ああ。午前だけの時もあるけど、こっちの学校は基本的に午後まであって、昼は給食や家から持ってきた弁当を食べて、午後も勉強してから帰るんだ」
それを聞いた真樹は目を輝かせた。
「給食ってなんだ!? それ、どれだけ美味いんだ!?」
「味はそのメニューによるかな。でも、クラスメートと余り物の争奪戦になる物もあるし、基本的に独特な味の物は出てこないから給食が一番楽しみって言う奴もいたよ」
「そうなのか……! 良いなぁ、こっちでもその給食っていうのが出来ないかなぁ」
「それは難しいんじゃないか? 給食だってそれを作ってくれる人達がいて初めて成り立ってるから、給食を導入するなら寺子屋と契約してくれる人を見つけないといけないし、ちゃんとそれ代も定期的に払わないといけないしさ」
「あー、たしかにそうか……」
「正直、俺も給食は楽しみだったよ。家で飯食べててもあまり美味しく感じなかったし」
出されるだけまだ良かったが、家にいたところで妹ばかりが褒められるのを聞きながら食べないといけなかったので俺は早々に食べ終えてそのまま自分の部屋に籠っていた。だからか、家での食事には良い印象はなく、この一家と食べる食事の味が俺にとっての家庭の味になりそうだった。
「だから、今こうして色々話しながら食べられる時間がとっても楽しいし嬉しいんだ。美味しい物も食べられてるしな」
「ハル……へへっ、けどこれからはそれが毎日になるんだ。ウチのお袋の料理食べすぎてブクブク太るなよ?」
「その場合は幸せ太りになるから悪い気はしないけどな」
「幸せ太り? そんな言葉もあるのか?」
「ああ。幸せな環境にいる事で食事量が増えて太る事だよ。一般的には恋人が出来たり結婚出来たりした時に起きる物なんだってさ」
「へー、流石はハル先生」
「まあでも、俺は太るよりもちゃんと男らしい体型になりたいから日々の筋トレや運動は欠かさないつもりだ。これまではあまりやれてこなかったけど、午後が空くなら珠樹さん達の手伝いをしながら色々やってみたいしな」
一応、前々から筋トレの方法については調べていたし、ここで手に入るかわからないものの、筋肉をつけるのに最適な食べ物などについても調べてはいた。だから、それを活かして俺はいわゆる細マッチョという物を目指そうと思っていた。
そういう体格に憧れがあるというわけじゃないが、ただ体格が良くなるよりはシュッとして見えた方が個人的には良いと考えていたし、しっかりと筋肉をつける事で力仕事を任せられても足手まといにはならないだろうと考えていたのだ。もっとも、そうなるまでここにいられるかはわからないけれど。
「……そうか、よく考えたら一先ずいつまでいるかを考えてなかったな」
家出は突発的な物だったし、帰るなんて事も考えてなかった。だけど、いつまでも珠樹さん達の世話になるというのもなんだか違う。だから、一区切りになるタイミングを考えておかないといけないのだ。
「あの、珠樹さん」
「何かな?」
「前提として俺はもうあの家に帰るつもりはありません。けれど、いつまでも珠樹さん達のお世話になるというのもやっぱり迷惑かなと思うんです」
「そんな事ないと思うけどな。な、親父」
「そうだな。けれど、ハル君としてはどこかで一区切りをつけたいという事なんだね?」
「はい。そこでこのままお世話になり続けるかどうか決めようかなと思ってます。それがけじめだと思いますから」
そう、それが俺なりのけじめだ。このままズルズルと居続けるだけじゃなく、しっかりと期間を決めて今後の道について決める。そうじゃないといけないんだ。
「なので、まずは一年いてみて、その後にシンとも相談しながらどうするか決めます。個人的にはこのままお世話になりたいですけどね」
「私達もそれを望んでいるよ。けれど、ハル君自身が別の道を進むならそれでも応援する。それが一時的な保護者である私の務めだからね」
「ありがとうございます」
珠樹さんにお礼を言ってから俺はまた朝食を食べ始める。まだ出会ってから一日しか経っていない俺に対してもここまでの事を言ってくれる珠樹さんの優しさに胸がいっぱいにはなっていたけど、せっかく美味しく食べる事が出来る食事があるのだからしっかりと食べないといけない。それが礼儀であり俺からの感謝でもあるからだ。
そう考えながら俺は珠樹さん達と談笑しながら朝食を食べ、寺子屋に行くまで楽しい時間を過ごした。
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