第9話 初めての夜

「力、か……」



夜、風呂上がりに居間で俺が自分の手のひらを見ながら呟いていると、それを見た真樹が話しかけてきた。



「昼頃の話が気になってるのか?」

「まあな。これまで縁がないと思っていた力が実は俺の中にあったと聞いたら、流石に気になるだろ?」

「まあたしかにな。でも、本当にすごいよな。俺達が使えるような妖力以外にも使えるわけだし、それを完全に使えるようになったらジョウみたいになれるんじゃないか?」

「ジョウみたいにって……色々な世界を旅する旅人って事か?」

「そうだよ。それで、色々な世界を旅して得た知識を寺子屋で先生として教えていく。どうだ? 結構楽しそうだろ?」

「それは……まあ……」



その姿を想像して正直憧れないわけではない。ここ以外の世界という事は、確実にファンタジー小説のような世界もあるわけで、そんな世界の住人達との出会いを果たして仲間や友達にするというのにワクワクしている自分がいるのは事実だ。


これまでそういうファンタジー小説について楽しそうに話してる奴らの気持ちはわからなかったけれど、いざ自分がそういう世界に行けるかもしれないと考えたらワクワクする辺りは本当は俺にもそういうのを楽しめるだけの素質みたいなのがあったのかもしれない。



「でも、そんなに長くは行ってこられないし、かなり強行軍にはなりそうだな」

「強行軍?」

「簡単に言えば、普通よりも厳しい計画で事を進める事だよ。寺子屋で先生をするならそんなに日にちを開けられないし、その日の内に行って帰ってをしないといけないだろ?」

「あー、なるほどな。でも、その時には寺子屋にも先生が増えてて、ハルが少し抜けただけならまだ大丈夫になる事もあり得るんじゃないか?」

「天風先生にその気があればな。あの寺子屋で一番偉いのは天風先生なわけだし、一番の決定権は天風先生にあるだろ」

「それはな。でも、面白そうだよな……ハルが成長してあの寺子屋で天風先生と一緒に子供達に色々な事を教える姿は」



そう言う真樹の表情は本当に面白がっている物であり、それを見て俺は溜め息をついた。


今の俺はあくまでも家出中で、場合によってはいつまでもこの世界にいるわけでもない。けれど、まだ一日目なのにも関わらず俺はずっとこの世界にいたいと思っていた。


これは珠樹さん達の優しさもあるのだろうが、ジョウとの出会いのような降って沸いたような出会いがこれからもあるのかもしれないという期待もあるのだろう。


そんな事を考えていると、居間の戸が開き、珠樹さんが中へ入ってきた。



「あ、親父」

「真樹、ハル君。二人で何か話していたのかな?」

「俺の中にあるという様々な力を扱う才能の事などについて話していました」

「ああ、天風先生が見つけたという物だね。それを聞いて驚きはしたけれど、それと同時にすごいと思ったよ。聞いた時にハル君ならジョウのようになれるだろうと感じたからね」



それを聞いた瞬間、俺は思わずクスリと笑ってしまった。



「おや、どうかしたかな?」

「親父が俺と同じ事を言ってたからだよ」

「ああ、なるほど。まあハル君が望むならジョウのような旅人を目指すのは良いと思うよ。旅というのは色々な物を学ぶ良い機会になるからね」

「珠樹さんも昔は旅をしていたんですか?」



珠樹さんは懐かしそうな様子で頷いた。



「ジョウに付き合わされてね。さて、二人もそろそろ寝た方が良い。二人とも明日は寺子屋があるんだから、寝不足で行くと勉強に集中出来ないからね」

「わかりました。おやすみなさい、珠樹さん」

「親父、おやすみー」

「ああ、おやすみ」



珠樹さんが居間から出ていった後、俺達も居間の明かりを消してそのまま部屋へと向かった。町の様子は江戸時代でも現代的な家の作りにはなっているからどうやら電気は使われているらしく、それを知った瞬間に少しだけホッとした。


そして部屋に着いて布団を敷いた後、俺達は同じ布団の中に入り向かい合う形で横になった。



「よし、そろそろ寝るか」

「だな。それにしても、誰かと一緒に寝るなんて久しぶりだ。もっとガキだった頃は親父達と一緒に寝たし、紅珠が手のひらに乗るくらいの時は寝かしつけたりしてたけどな」

「そんな小さい時はないだろ。でも、良いな……俺はそんな経験がないから羨ましいよ」

「ハル……」

「なんて、いきなり言っても困るよな。すまん」

「それなら今から俺をお兄様と呼んで抱きついても良いぞ?」



真剣な顔で言う真樹に一瞬イラッとし、俺はそのでこを指で小突いた。



「いてっ!」

「くだらない事言ってないで寝るぞ! まったく……」

「ははっ、すまんすまん」

「……でも、ありがとな」

「……どういたしまして。それじゃあおやすみー」

「おやすみ」



そう言ってから俺は目を閉じた。どうやら真樹は寝付きが良いらしくすぐにスースーと寝息を立て始め、その寝付きの良さに俺は羨ましさを感じると同時に溜め息をついた。



「……ふざけたところが多いくせにそういうとこは兄貴っぽいんだよな。でもまあ、俺は意地でも兄貴なんて呼んでやらないけどな」

「むにゃむにゃ……」

「改めてありがとな、真樹。そしてこれからよろしく」



そう言ってから俺も眠りにつき、真妖界での初めての夜は静かに更けていった。

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