第8話 才能と覚悟

 寺子屋に着いた後、俺達は教室へと向かった。教室は少し広めな畳張りの部屋となっていて、木製の机が三つほど均等に並べられている他は簡素な棚があるくらいで、実にシンプルな内装になっていた。



「ここでいつも真樹達は勉強してるんだな」

「そういう事だな。それで天風先生、ハルの事だけどさ」

「ああ、通いたいという件だね。もちろん構わないけれど、見たところ彼は普通の人間のようだね。もしかして、またあの旅人さんが連れてきたのかな?」

「はい。実は……」



 俺は自己紹介を交えながら天風先生に事の経緯を話した。



「……と、いう事なんです」

「家庭内の不和か。それはたしかに辛かったろうね。私には想像する事しか出来ないのが申し訳ないけれど、珠樹さんのところなら問題ないと私も思うよ」

「はい、俺もそう思います。だけど、珠樹さん達の優しさに甘えすぎないようにはするつもりです」

「うん、中々良い面構えだ。さて、それでは私の自己紹介をしようかな」



 そう言うと、天風先生は微笑んでから頭を静かに下げた。



「私は天風、話には聞いているかもしれないが、以前は都で寺子屋の先生をしていて、今はこの木香で寺子屋をしている。ハル君、これからよろしく頼むよ」

「こちらこそ。あと、真樹の考えだと俺も先生になって寺子屋に来る子供達に勉強を教える形みたいなんですが、それは大丈夫ですか?」

「もちろん大丈夫だよ。そしてその時には、しっかりと給金を払う事にするよ」

「え、良いんですか?」



 俺が驚きながら聞くと、天風先生はニコニコ笑いながら頷いた。



「もちろんだとも。労働の対価を払うのは当然の事だからね。因みに、教えられる物の種類が増えたらそれに応じて更に金額は上げるから無理しない程度に頑張ってくれ」

「わかりました。因みに、この寺子屋では普段は何を教えてるんですか?」

「算術や言葉の読み書き、他にも異国の言語など色々だよ。ハル君も何となくわかってきたかもしれないが、この神妖界はあらゆる世界の妖達が集まってくるから、そこの文化なども流れ込んでくるんだよ」

「そういえば、町の風景はこっちの世界の江戸時代っていう時代っぽさがあったのに真樹達の家の内装は現代の日本家屋っぽさがあったような……」



 これまで見た物を思い出しながら言っていると、天風先生は頷いてから口を開いた。



「そういう事だ。因みに、魔術などについてはどうかな?」

「魔術……それはまだ使えません。そもそも使えるかどうかすらわからないですし……」

「そうか。一応、使えるかどうかなら私でも判定出来るから調べてみるかい?」

「はい、お願いします」

「わかった。それじゃあ手を出してくれ」

「はい」



 俺は利き手の右手を差し出した。天風先生は服の袖で隠れていた手首を剥き出しにすると、そこに人差し指と中指を置き、静かに目を閉じた。


 すると、天風先生の体は青白い光を放ち出し、俺がそれに驚いていると、真樹はクスクス笑い始めた。



「やっぱり最初は驚くよな、これ」

「それはな……でも、これで魔術が使えるかわかるんだな」

「ああ。天風先生が言うには、今はお前の中にあるかもしれない魔力や妖力に呼び掛けてる段階らしくて、手首に触れてるのはそういう力が流れてる箇所の一つが手首だからなんだってさ」

「じゃあそこじゃなくても良いのか」

「そ、そういう事みたい……」



 真樹達の説明を聞きながら納得していると、天風先生の体は光を放つのを止め、天風先生もゆっくりと目を開けた。



「……そうか、なるほどね」

「何かわかったんですか?」

「ああ。ハル君、君には様々な力を扱うだけの才能がある事がわかったよ」

「様々な力……?」

「そう。私達のように妖力が主であるような形ではなく、妖力や魔力、他にも霊力といった様々な力を発現させ、それを扱うだけの才能があるようだ。何か心当たりはないかな?」



 そう聞かれて俺は少し考えてから首を横に振る。



「特には何も。これまでそういう物とは無縁の生活しかしてないですし……」

「まあそうだろうね。けど、それだけの才能があるのならハル君は色々覚悟をしないといけないだろうね」

「覚悟……」

「そう。君にとってはいきなりの事だけど、力を持つという事はそういう事だ。ただ持っているだけで良いというわけではなく、持っているからこその試練を乗り越えないといけないんだ」

「試練、か……」



 それを聞いて俺の手が軽く震える中、天風先生はその手を優しく握ってくれた。



「何か気づいた事や気になる事があったら遠慮なく話してくれ。微力ながら力を貸させてもらうからね」

「……ありがとうございます、天風先生。改めてこれからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく、春樹君」



 そう言いながら天風先生は優しく微笑み、俺も安心感を覚えながら笑った。その後、俺が通い始める日にちや教師としてどのように振る舞うかを話し、およそ一時間の後に俺達は寺子屋を後にした。

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