第7話 木香

食後、少し休んでから俺達は天風先生がいるという寺子屋に向けて出発した。その道中、町の様子や町人達の様子を見ていたが、町はとても活気に溢れていて町人達も幸せそうに見えていた。



「良い町なんだな、ここ」

「へへ、そうだろ? この町、木香このかは近くに森が多いから名前の通り木の香りがよくする町で、他のとこから来た妖達もここに来たらすごく落ち着くって言うみたいだ。まあ温泉があるのも理由だろうけどさ」

「温泉?」

「そう。木香温泉っていう温泉旅館があって、そこの温泉が本当に気持ちいいんだ。木香温泉の一人娘も寺子屋に通ってて俺達の友達だから寺子屋に通い始めた時には真っ先に紹介するからな」

「わかった。それにしても、温泉があるって事は湯治とうじに来る人も多そうだな」



それを聞いた真樹は首を傾げる。



「湯治? なんだそれ?」

「湯治っていうのは……まあ簡単に言えば治療のために温泉地にしばらく泊まる事でその効能のために遠くから来る人も向こうの世界ではいたみたいだ」

「へー、そうなのか。やっぱりハルって物知りなんだな」

「家族と話すよりも本を読んで知識を増やす時間の方が多かったからな」

「あー、そうか……でも、今日からは本よりも俺達との話が多くなるからな。覚悟しとけよ~?」



真樹はニシシと笑う。性格的にその言葉通りに今日からは真樹と話す機会は確実に多くなるだろう。でも、それが楽しみじゃないと言ったら嘘にはなる。


学校では友達はいたけど家庭の事情があったから中々家には呼べなかったし、誰かの家にも行きづらかった。それは申し訳なかったし、悔しくて腹立たしかった。


でも、今日からは違う。真樹がいてまだ距離は縮まってないけど紅珠だっている。それなら時間潰しに辞書や他の本を読んでいる暇はもうない。そもそもこの神妖界の事や木香の事も含めて覚えなきゃない事が多いのだから、むしろ時間が足りないくらいだ。



「そう考えたら楽しみだな」

「だろ? 後、部屋だけど俺と同じ部屋だろうから後で布団はどうにかするか。もちろん、紅珠と一緒が良いなら……」

「それは紅珠が緊張するからダメだ。俺だって緊張しないわけじゃないし」

「まあそれはそうか。でも、嫌ではないんだな」

「……それは、まあ……」



ニヤつく真樹が見てくる中、俺は照れ臭さを感じながら頬をかき、紅珠に視線を向けた。紅珠は軽く俯きながら頬を赤く染めており、その姿が可愛らしく見えて俺は少しだけドキリとした。



「俺だって健全な男子だからな……というか、同室とか恋人前提の関係まで許してるみたいだけど、流石に混浴までは許す気はないよな?」

「いや、別に良いんじゃね?」

「え?」

「もちろん、紅珠が嫌がるならそれはどんな事であろうとも全力で許さないけど、嫌がらないなら俺は別に良いと思う。紅珠、お前はどうだ?」

「え? わ、私は……恥ずかしいけど、お兄ちゃんと一緒に入る機会はあったし、それに寺子屋の男の子達とは無理でもハル君なら大丈夫そうな気がする……かも……」

「う……」



それを聞いて紅珠と混浴する自分が頭に浮かんだ瞬間、湯の熱で肌を火照らせる一糸纏わぬ姿の紅珠まで浮かび、照れと申し訳なさから紅珠の姿を直視出来なくなってしまった。



「おやぁ? ハル、風呂入ってる時の紅珠でも想像したのか?」

「う、うるさいなぁ!」

「はっはっは! そう照れるなよ、ハル。まあ紅珠はお袋に似て美人になるって町の連中からは言われてるし、唾をつけておくなら今の内だぜ?」

「お前……兄貴として本当にどうなんだよ」

「だって、俺も紅珠が誰かの物になって、その誰かが義兄弟になるならハルが良いなって思うからな。寺子屋で一緒の連中も仲は良いけど、ハルの方が落ち着いてて大人っぽいし、そういう奴になら紅珠は任せられると俺は思うんだ」

「真樹……」



真樹の顔はさっきまでのおちゃらけた物とは違って極めて真剣であり、妹を持つ兄として真面目に考えた結果、俺が良いと判断したのだという事がはっきりとわかった。


正直、俺にはまだ恋愛という物はわからない。でも、少なくとも紅珠からは嫌われてなくて兄貴である真樹からも恋人前提の関係になる事を望まれているのなら俺はしっかりそれと向き合いたい。向き合わずになあなあで紅珠とそういう関係になるのはあまりにも無責任だから。



「そしてそれが大人になるって事だしな」



拳を軽く握りながら独り言ちていたその時だった。



「……おっ、天風先生じゃん!」

「あ、本当だ……」



そんな二人の声が聞こえ、俺は顔を上げた。すると、前方からは長い黒髪を結った上等そうな着流し姿の人物が歩いて来ており、その人物は俺達の目の前で足を止めると、色白の顔で優しく微笑んだ。



「こんにちは、真樹君、紅珠さん」

「よっす、天風先生!」

「こ、こんにちは……!」

「今日も二人は元気そうだね。そういえば、そちらは?」

「今日からウチで暮らして、今度から寺子屋にも通わせる予定のハルだよ、先生!」

「ほう、そうだったんだね。では、その話を聞くために一度寺子屋に戻ろうか。みんなも元々来る予定だったようだしね」



天風先生の言葉に頷いた後、俺達は天風先生の後に続いて歩き始めた。

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