中編
「……一体どこだよ、ここ……」
目が覚めた場所は、見渡す限り、辺り一面草原だった。
先程までいたはずの自分の部屋から、すっかり変わり果てた景色にハジメは戸惑いながらも、ゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡してみる。
ここは丘の上の見晴らしがよい場所のようで、下の方に町があるのが遠めに見えたが――――それはどうも現実世界とは違う感じの、むしろ『ブレイブクエスト』の世界の町に近いような――現実では見慣れないような風景だった。
そしていつの間にやら自分の服装は元着ていたものではなくなっており、勇者の服を着て背中にはマント、額には金色に輝く額当てを付けていて――そして先程手にしたはずの剣は、
(どうも現実世界とは違って……ブレイブクエストの世界に近いような感じがする。服装も勇者の服に変わってるし。……もしかして……)
ハジメはある予感を感じながらも、ふと足元を見ると、例の「勇者スターターキット」がすぐ近くに転がっていた。
ハジメはその箱を再び開けてみる。すると、先程自分の部屋で開けた時にはなかったはずのバッグがそこから出てきて――――その中には、見慣れない草の束、小瓶に入った紫色の液体、くるくると丸められている地図、そしてつい先程トキオ叔父さんが読んでいたものと同じものだと思われる――『勇者のしおり』と書かれた冊子が入っていた。
(……仮にここがブレイブクエストの世界だとすると、これはこの世界のアイテムで、薬草とか傷薬みたいなものかな。でもこの地図を開いて見てみると、ブレイブクエストで遊んだ時とはまた違う、全く知らない世界みたいだ。もしかして、新作の世界に紛れ込んだとか……? いやでもそんなことあるわけ……)
ハジメは混乱させられながらも、とりあえず『勇者のしおり』を手に取り、開いてみる。
(とりあえず、まずはこれを読まないと……。これだけしか、この場所に来ることになった謎についての手掛かりがないんだから)
ハジメは
(なになに、魔王城にいる魔王を倒すのが勇者の最終目的で、そのためには……鍛錬したり、モンスターを倒して強い敵を倒せるように実力をつける。町では人から情報収集したり、人助けをしてお金を手に入れて、装備や道具をそろえる。準備ができたら魔王城を目指す旅に出て、旅先でも仲間を増やしたりと……)
ハジメは書かれている内容を読み、ガックリと膝をつく。
(なんだよこれ、RPGの世界では当たり前のことしか書いてないじゃないか! これじゃあ、これから行く場所とかやることとか順番に書いてくれてるゲームの攻略本の方が役に立つよ……)
ハジメはすっかり落胆しつつも、腰につけた勇者の剣にちらと目をやり、のろのろと立ち上がる。
(でも、とにかく手掛かりがこれしかないんだし、この知らない世界では勇者になるしか道はないってことなのかな……。ま、まあとりあえず、町に行ってみよう。ぐずぐずしてたら日が暮れてしまうし、こんなところで一夜を過ごすわけにはいかないしな……)
ハジメは地図を頼りに、丘から見えていた町に辿り着く。地図によるとここは「トータスの町」という名前の町のようだ。
ハジメが町を歩いていると、その服装が目立つのだろうか、早速町の人たちが集まってきて、あっという間に取り囲まれてしまった。
「お前さん、見ない顔だな」
「ちょっと待って、そのマントと、腰についている剣は……」
「もしや、勇者様では⁉」
「え、えと……」
ハジメはすっかり戸惑いながらも、ここで何と言えばいいのか考えを巡らせる。とはいえ自分がこの世界で何者だと説明すればよいのかもわからず、そもそも頼りにできるのはこの「勇者スターターキット」だけだった。
そのためとりあえず、見た目のまま、勇者だと名乗ることにする。
「は、はい、一応……」
「おおっ! では、貴方様が……!」
「お願いです、一刻も早く魔王を倒して下さい!」
「でないと安心して眠れやしねぇ!」
「何か勇者様のお手伝いできることがあれば、私たち、何でもしますから!」
「え、えっと……」
他人から突然そんなこと言われても……と戸惑うハジメだったが、その時ハジメのお腹がぐぐーと大音量で鳴る。
その音でハジメは我に返り、自分にはすぐさま助けが必要であることにようやく気が付く。
「じゃ、じゃあとりあえず……」
そんなこんなでハジメは早速町の人々のご厚意に甘えることにし、しばらくの間の日々の食事と、身を寄せられる宿屋の一室を手に入れた。
その日の夜、用意してもらったふかふかのベッドに潜りながら、ハジメはひとり考える。
(とりあえず……日々の暮らしは何とかなりそうでよかった。でも、色々とお世話になってしまった以上、町の人たちの期待を裏切るわけにはいかない。成り行きで勇者なんてものになってしまったけど……大丈夫かな。僕なんかに勇者なんて大それたもの、務まるのかな……)
ハジメはこれから起こる様々なことを考えると、不安なことしか頭に浮かばず、なかなか眠ることができなかった。
しかしベッドの脇に置いてある、ピカピカと輝いていて想像していたよりも数倍格好いい実物の『勇者の剣』を見ると、思わず頬を紅潮させてそれを見つめてしまう自分もいた。
(……まあいっか。この世界では、他にやるべきことも何にもないし。ブレイブクエストの新作をリアルな感じで楽しめると思えば、結構ワクワクする状況だったりするかもな)
ハジメは前向きに考えることに決める。すると、不安な気持ちがなくなったからだろうか、先程まで眠れなかったのが嘘のように、ハジメはあっという間に眠りに落ちていった。
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