勇者スターターキット

ほのなえ

前編

「ハジメ。お前って、将来何になりたいとかあるのか?」


 大学生のハジメは、大学が冬休みの間、実家に帰省していた。そして今は、大みそかに毎年実家にて行われる、親戚の集まりに参加している。

 そんな中で、昔よく一緒にゲームをしたりして遊んでもらったりと、ハジメを可愛がってくれていたトキオ叔父さんが声をかけてきたのだった。


「え……と、別に、何も」

 ハジメはその言葉に思わずドキリとし、言葉を濁す。


 実は「なりたいもの」はハジメの心の奥底には密かにあった。

 しかし周りに流されてなんとなく大学に入ったハジメは、そのまま適当な会社に就職して普通の人生を送るのだろうとごく自然に思っていて、その「なりたいもの」を周りに打ち明けることもなく――――そして、それを叶えることを真剣に考えたこともなく、これまで生きてきたのだった。


「そうなのか? お前、昔はよく『勇者になりたい』って言ってたぞ」

 ハジメは突拍子もないことを言われて目をぱちくりとさせた後、思わず赤面する。

「は? 勇者? 何言って……てかそれ、いつの話だよ!」

「ほら、お前『ブレイブクエスト』好きだったろ。昔俺とよく一緒に遊んだの、忘れたのか?」


 それはもちろん覚えていた。そして『ブレイブクエスト』は、勇者が仲間と共にラスボスの魔王を倒す旅に出るRPGのゲームで、今でも密かに新作を心待ちにしているくらい好きなシリーズだった。

 とはいえしばらくの間新作が出ていないゲームなので、『ブレイブクエスト』も長い間遊んではいないが――――たまにふと、久々に遊びたいなと思うことは今でもあるくらいだった。


「覚えてるけど……ずいぶん昔の話だよ。勇者になりたいって言ったのも子どもの頃のことだろ?」 

 ハジメを可愛がってくれているトキオ叔父さんが相手とはいえ、二十歳を越えて大人になってもゲームが好きだと他の大人に言うのは、恥ずかしいものだった。

 実際ハジメの両親は、ハジメがゲームのことを二人の前で話題にしないのもあり、中学生くらいですっかりゲームを卒業したと思っている(実は今でもゲームが好きで、日常的に遊んでいるのだが)。

 そのためトキオ叔父さんに対しても、どこかゲームは卒業している風に、そう答えることにした。


 トキオ叔父さんは、なぜだか不敵な笑みを見せる。

「そうなのか? でもを見たら昔のこと思い出して懐かしくて、興奮すること間違いなしだぞ?」

「あれって何だよ、トキオ叔父さん」

「ふっふっふっ。後でハジメの部屋に持っていくから、メシが終わったら見せてやるよ」

 トキオ叔父さんはそう言うと、にやりと笑ってお猪口ちょこに残った日本酒をぐいとあおった。



「な、なんだよ、これ……」


 食事の後トキオ叔父さんと共に自分の部屋へ行き、その例の物を見せてもらったハジメは唖然とする。


 そこには『ブレイブクエスト』のロゴと同じ特徴的な字体で「勇者スターターキット」と書かれた赤いパッケージの箱が置かれていた。

 そしてさらに驚きのその箱の中身は――――『ブレイブクエスト』でおなじみの勇者の身につけている衣服とマントと額当て、そして銀色に輝く剣が入っていた。


「なんだよ、これ……コスプレセットかよ」

「違うぞ。説明書にはちゃんと、勇者になる方法も書いてあるんだ。えーとなになに……なんじ、剣を利き手で持ち、つかについている真紅の石に触れよ、だと。ほらハジメ、やってみろよ」

「えーやだよ、勇者のコスプレなんて……」

「ただのコスプレじゃないぞ。ほらよく見ろ。剣だって本物だし、これを持てば本当に勇者になれるんだぞ?」

「な、何をそんな、真剣に言ってんだよ、トキオ叔父さん……」

 呆れてそう言うハジメだったが、トキオ叔父さんのやけに本気の目を見て、思わず口をつぐむ。


 そして『ブレイブクエスト』に出てくる「勇者の剣」にそっくりな銀色に光り輝く剣をじっと見つめる。

 それはおもちゃのような見た目ではなく、トキオ叔父さんの言う通り本物のように見えて――ハジメは思わず剣を手に取り(本物のようにずっしりとしていて、金属の重たい感じがした)、右手で柄の部分を握りしめ、柄についている、つるつるとしたあかい石に触れてみる。


「……うわっ‼」

 その時、剣が突然強烈な白い光を発し――――ハジメはあまりの眩しさに、思わず目をぎゅっとつぶる。


 そしてハジメはそれ以上言葉を発する間もなく、「勇者スターターキット」とともに、その場から忽然こつぜんと姿を消したのだった。


「ハジメ……グッドラック」


 トキオ叔父さんは笑みを浮かべながら、先程までハジメがいた場所に向けて、親指を立ててみせた。


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