第25話 悪役騎士団長、平和だなあって思う





 ハンデルの街に戻ってから数日。


 もふもふ亭に住む幽霊系店員のレイ曰く、シエルが留守にしていた間も問題無く経営できていたらしい。


 シエルが予めポーションの材料となる魔力水を用意していたからだろう。


 俺は俺で今回の魔物退治の依頼主であるティアナから報酬の金貨を受け取り、羽振りの良い日々を送っていた。


 しかし、平穏とは程遠い毎日だった。



「おお、我が神よ!! 本日分のお布施を献上しに参りました!!」



 勇者アレン。


 アズル王国の王子である彼は今、シエルに金貨の詰まった袋をニッコニコの笑顔で渡していた。


 どうしてこうなったのか。



「……あの、アレンさん? こういうのは迷惑なのでやめてくださいと何度言ったら分かるんですか?」


「これこそは我が神に対する感謝なれば!!」



 何というか、話が通じない。目が正気じゃないのだ。


 怪しい新興宗教にハマって奇抜なデザインの壺を買わせようとしてきた前世の叔母にそっくりな目をしている。


 怖い。



「クロック。何とかしろ」


「自分に言われましてもー」



 アレンと一緒にもふもふ亭に入ってきたクロックに苦言を呈するが、肩を竦めるのみ。



「おふっ!!」


「おお!! 神獣様、本日もお美しい純白の毛並みですな!! 今日は肉屋で買った最高級霜降り肉をご用意しましたぞ!!」


「あ、ちょっと!! もふ丸に勝手にご飯あげないでください!! もふ丸も知らない人から貰ったものを食べちゃダメでしょ!!」


「わふっ、おっふ!!」



 もふ丸がアレンの持ってきた美味しそうな肉をガツガツと食べ始める。


 最初こそアレンを警戒していたもふ丸だが、今ではアレンに「神獣様!!」と崇められてお肉を献上される日々が気に入ったらしい。


 と、そこで店の奥からおっぱいレイスこと、エルダーレイスのレイが顔を覗かせる。



「あら? アレンさん、今日もいらしてたんですね。この前は薬草を届けてくださり、ありがとうございましたっ」


「おお、これは聖霊様!! 今日もまた一段と麗しいですな!!」


「もう、聖霊だなんて。私はただの幽霊ですよ」


「そうだぞ。なんならガチの怨霊だぞ」



 もふ丸が神獣なら、レイは聖霊である。


 今のアレンにはこの店の中が神聖な場所に見えているに違いない。

 彼にとってこの店の者は、総じて神聖な存在なのだろう。


 そして、もふもふ亭の用心棒たる俺も例外ではなかった。


 アレンが俺の視線に気付いて近づいてくる。



「おはようございます、守り人様!! 今日も見事な鎧ですな!!」


「あ、ああ、うむ」



 どうやら俺は守り人らしい。


 女神のシエル、聖霊のレイ、神獣のもふ丸が住む家を守る人。


 あながち間違いではないが、こう、なんか気持ち悪い。


 いや、アレンから悪意のようなものは感じないのだ。

 純粋な信仰心というか、盲目的な何かを感じて薄気味悪い。



「でもまあ、悪いことばかりじゃないですよー」



 アレンにドン引きしている俺に対し、クロックが言う。


 悪いことばかりじゃない? これが?



「シエルの嬢ちゃんの言葉が響いたんでしょうねー。『僕は僕のやりたいことをやる』と言って、困ってる人を見かける度に助けるようになったんですよー」


「そうなのか?」


「はいー。道に迷ってるご老人を背負って運んだりー、木から降りられなくなった猫を助けたりー。一昨日は違法薬物を売りさばいていた闇組織を壊滅させてましたー」


「それは……まあ、感心するが……」


「あとシエルの嬢ちゃんに貢ぐ金を稼ぐために死の山脈の魔物を狩りまくって日に日に強くなってますし」



 それは俺も感じていた。


 今のアレンからは強者の雰囲気というか、とんでもない強さを感じる。


 ともすれば、オークエンペラー以上だ。



「信仰心とは斯くも恐ろしきものなのか……」


「あれは盲信でしょうねー。付き合わされるこっちがしんどいわ」



 クロックは思わず本性を見せるほど疲れているらしい。



「まあ、面白いから良いんですけどねー。今の勇者様は見ていて飽きないですからー」


「そうか」


「ちなみに昨日は街で布教してましたよー。女神のポーションは凄い!! 皆買おう!! みたいな感じでー」


「もふもふ亭の宣伝までしてるのか」



 道理でここ数日、新規のお客さんが増えてきたわけである。


 俺が納得していると、目をキラキラさせたアレンに苛立ったシエルが近づいてくる。



「ラースさん、この人なんとかしてください!!」


「ああ、分かった。アレン、他ならぬシエルの頼みだ。そろそろ店を出て行ってくれ。じゃないと力ずくで追い出すぞ」


「守り人様のお手を煩わせるつもりはありません!! 自分から出て行きます!!」



 元気良く店を出て行こうとするアレン。



「はっ!! では本日はこれにて!! 我が神よ、明日は本日のお布施の二倍は稼いで参りますぞ!!」


「あ、そうだ。ちょっと待ってください、アレンさん」


「なんでしょうか、我が神よ!!」



 シエルが何故かアレンを呼び止める。


 すると、シエルはアレンに向かってあるお願いをした。



「死の山脈の奥地に珍しい薬草があるそうなんです。採ってきてくれませんか?」



 どうやらシエルは、よほどアレンに来て欲しくないらしい。


 どこかのかぐや姫の如く、死の山脈の奥地にある薬草を採って来いと笑顔で命じた。


 死の山脈の奥地なら数日はもふもふ亭に来なくなるだろうし、あるいはそのまま二度と帰らないということもあるだろうが……。


 アレンは目に涙を浮かべて感動した。



「っ、おお、おお!! 我が神のご命令とあらば!! その神意、必ずや遂行して見せましょうぞ!! 行くぞ、クロック!!」


「え、ちょ、死の山脈の奥地? 本気で言ってのか?」


「クロック、これは神のお望みだ。神が望まれているのだ!! 僕たちには神に従う義務がある!!」


「ちょちょ!! あそこはヤバイのいるかも知れないから駄目って言ったじゃないですかー!!」


「何を言う!! 神の加護は僕にあり!! この命に代えても薬草をお持ちします!!」



 勢い良くもふもふ亭を飛び出すアレンと、渋々その後ろに付いていくクロック。


 ……原作とは大分違う流れだが……。


 なんだろう、原作者としてはそう嫌な気分ではなかった。


 すると、アレンたちとほぼ入れ替わりでまた厄介なのが店に入ってくる。



「私の天使ぃ!! 遊びに来たわよぉ!!」


「邪魔するぞ、シエル嬢」



 もふもふ亭の出資者であるティアナと、その護衛として付いてきたであろうサクナだった。


 今日は来客が多い。


 少し騒がしい気もするけど、平穏な毎日だとも思う俺がいた。


 平和だなあ。






――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントその後のアレン

その日のうちに死の山脈の異変の原因となっていた古竜を単独で討伐、翌日に薬草を持ち帰る。シエルの目論見は外れた。なお、シエルは貢がれた金を全てハンデルの街の孤児院に寄付しており、本人の知らぬところで信仰心を集めている。


打ち切りです。


「勇者が壊れちゃった」「おっぱいレイスは酷いと思うの」「厄介客多くて草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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終盤で裏切る悪役騎士団長に転生したので真の勇者である追放少女と一緒に偽勇者パーティーを辞めようと思いますっ!〜主人公を近くで見守ってたら、いつの間にかシナリオをぶっ壊してた〜 ナガワ ヒイロ @igana0510

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