第24話 悪役騎士団長、信仰の目覚めを目の当たりにする




「という事があった次第ですー」


「精神崩壊してるではないか」



 俺はベッドに横たわりながら、勇者アレンの身に何があったのかを聞いた。


 やばい。


 どうして俺が勇者パーティーを辞めただけでこうも各々のキャラの行動が変わってしまうのか。



「取り敢えず、アレンさんにはポーションを飲ませました。あとは安静にしてたら大丈夫だと思います」



 シエルがアレンの口に小瓶を捩じ込み、無理矢理ポーションを飲ませて言う。


 いや、気持ちは分かるけども。


 扱いが雑というか、シエルも大分良い性格になってきたなあ。



「助かりますー」


「ちゃんとお金は払ってもらいますから」


「はいー。今は手持ちが無いので街に戻ったら必ず銀貨五枚、お支払いしますー」


「出張販売なので割増です。銀貨六枚です」


「このクソガキ……。コホン、良い性格してやがりますねー」



 一瞬クロックの化けの皮が剥がれそうになったものの、すぐに取り繕う。


 クソガキとはなんだ。商魂逞しいじゃないか。



「ああ、それともう一つご報告をー」


「別に報告は要らないのだが……」


「賢者様と聖女様……ドロテアとマリアが数日前に失踪しましたー」


「詳しく」



 連中がいなくなったとか、本格的に勇者パーティーがどうなるか分からない。


 それは駄目だ。

 あまりにも原作の話の流れと乖離しては、今後のシエルの活動に支障が出かねない。


 俺はクロックから詳しい話を聞こうとしたが、彼は首を横に振った。



「さあ? 書き置きも無しでしたからー」


「……そうか」



 実質、勇者パーティーはもう駄目か。


 あーもう。

 頼むからやめてよ、原作と話の流れを違うものにするのは。


 原因は誰だよ。多分、勇者パーティーを抜けた俺だよ。ちくしょうめ。



「それにしても、そうか。ギガンテスを単独で討伐したのか」



 そこは素直に驚いた。


 アレンはラースの防御力に頼り切っており、ラースが敵の攻撃を防いでいる間に必殺技を打ち込むのが勇者パーティーの必勝法だった。


 しかし、ラースがいなくなったら、その必勝法は成り立たない。


 アレンは自分を追い込むように強くなり、今では必殺技を使わずとも強敵を倒せる程になったらしい。


 ああ、でももしかしたら、シエルの作ったポーションの影響かもな。


 アレには微弱な強化魔法がかかってるし。


 戦闘に積極的に参加して怪我をしまくった結果、シエルのポーションを飲む回数が増えたからかも知れない。


 まあ、それを差し引いても凄いとは思うがな。



「って、うお!?」



 俺は思わず変な声が出た。


 意識が無かったはずのアレンがアンデッドの如く起き上がったから。



「……戦わなきゃ……もっと強くならなくちゃ……僕は勇者だから……剣……僕の剣は……」



 アレンが枕元に立ててあった剣を手に取り、そのまま治療所を出て行こうとする。


 それを止めたのは、シエルだった。



「待ってください、アレンさん」


「……君は……ああ……シエルか……そこを退いてくれ……僕は勇者にならなきゃ……」


「休んでください。身体がボロボロです。このままだと死んじゃいます」


「……死ぬ……ああ、うん……そうだね……いや、その方が良い……」



 虚ろな目でシエルの言葉に頷くアレン。



「……僕は勇者にならなきゃいけない……でも……僕は勇者になれない……力無き弱い者を……命乞いするオークたちを殺した……僕は……勇者じゃない……退いてくれ……僕は勇者にならなくちゃならない……」


「アレンさん……」



 もう完全に壊れてんじゃねーか!! 怖いわ!!


 シエルを押し退けて、部屋を出て行こうとするアレン。


 今にも死にそうなアレンに対し、シエルが取った行動は――



「えいっ!!」



 可愛い掛け声と共に、アレンの背後から股間を蹴り上げた。


 俺は股間がヒュッてなった。クロックも同様だ。



「はぐあ!? ――ッ!!!!」



 壊れていたアレンも流石にその痛みに耐えかねたのか、その場で蹲って悶絶する。


 分かる、分かるよ。同じ男だから。痛いよな。



「な、にを……」


「いえ、こっちが親切で言ってあげてるのにちっとも聞かないので。それと森に置いて行かれたこと、まだ根に持ってますから」


「……そ、それ、は……」



 どうやらシエルの突飛な行動は、彼女なりの意趣返しだったらしい。



「アレンさんに何があったのか知りませんけど、その『ならなくちゃいけない』っていうの、やめてくれませんか? 心の底から鬱陶しいので」


「……」



 シエルは怒っていた。


 どこにでもいる普通の女の子だったシエルの人生は、勇者パーティーとの出会いで激変した。

 勇者の仲間として、足手まといではいけないと頑張っていたから。


 役に立たなければいけないと、思っていたから。


 今のシエルはポーション作りという、自分の好きなことでお金を稼いでいる。


 その彼女にとって『勇者にならなくちゃいけない』という今のアレンの姿勢は、心底うんざりするものだったのだろう。



「アレンさん、なんで貴方が勇者にならなくちゃいけないんですか?」


「それ、は……預言者が……」


「預言者? そんなの、ただ適当なこと言ってるだけの詐欺師ですよ。私が勇者パーティーの一員だったことがその証拠です」



 いや、それは当たってるよ。だってシエルが真の勇者だし。



「自分がしたくもないことを私の目の前でしようとしないでください。そんなに苦しいなら、勇者なんか辞めたらどうですか? ふん」


「……勇者を……辞める……」



 シエルは自分の言いたいことを言っただけだ。


 ただ一つ、シエルの意図していなかったことがあるとするならば。


 人は追い詰められると、何かに縋る生き物と言うことだ。


 暗闇の中で道が分からず彷徨う者にとって、天上で輝く星は唯一の道標になるということを、まだ幼いシエルは知らなかった。


 ましてや精神が崩壊しかけていたアレンにとって、シエルの股間キックは心身共に大きな衝撃を与えた。


 シエルの言葉は激痛に悶えるアレンの壊れかけた心に染み込み、彼にとっての星となる。


 アレンの瞳に光が戻った。


 しかし、その光は酷く濁っており、新興宗教にハマって俺に馬鹿みたいに高い壺を買わせようとしてきた前世の叔母にそっくりだった。


 即ち――信仰である。



「……女、神……」


「「「は?」」」



 俺とシエルとクロックの時間が止まった。


 一瞬、アレンが何を言っているのか誰も理解できなかったのだ。


 アレンはその場で膝を着いて、両手を組み、頭を垂れる。



「……我が、神よ……」


「「「……は?」」」



 やっぱり誰もアレンの言葉を理解することができなかった。


 それはある青年の、信仰心の目覚めの瞬間だった。


 そして、いずれ大陸全土に浸透する一大宗教の誕生した瞬間だった。






――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントマジギレシエル

目が据わってて怖い。でも特殊な癖の人にとってはご褒美となる。


「クロック良いキャラしてる」「股間がキュッてなった」「この展開は予想してなかった」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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