偽の勇者side 偽の勇者、悪鬼羅刹と為る






「はあ……はあ……勝った……」


「お疲れ様ですー」



 死の山脈の麓付近。


 そこは山のように積み重なったゴブリンの死体によって悪臭が漂っていた。


 そして、死体が更にもう一つ増える。

 それは山のように巨大な身体を持つ一つ目の巨人、ギガンテスだった。


 ギガンテスの亡骸の上に腰を下ろすのは、アズル王国の王子、勇者アレンである。



「……まだだ……もっと……もっと強くならなくちゃ……僕は勇者だから……」


「……はあ」



 まるで死人のような目で呟くアレンを傍らで見守る青年が一人。


 暗殺者クロックである。


 クロックはギガンテスを倒してみせたアレンに見えないよう、小さく溜め息を零した。



(ふーむ。正気に戻りつつあるが、随分と不安定な状態になってしまった)



 アレンはただ、黙々と機械のように魔物を殺しまくっていた。


 怯える魔物も躊躇無く。


 ひたすら剣を無我夢中に振るい、全身に返り血を浴びながら力を求め、逃げる敵すらも容赦無く皆殺しにする。


 その姿は勇者とは程遠かった。



(まさに悪鬼羅刹……。まさか数日でギガンテスの単独撃破をするとは思いもしなかった)



 クロックも戦ってはいた。


 しかし、ギガンテスの取り巻きのゴブリンの首を刎ねるので忙しく、アレンの援護に回ることが出来なかった。


 アレンとギガンテスの強さは隔絶したものがあり、クロックは敗北を予感する。


 クロックは撤退を視野に入れて、その準備を始めたが、意外なことにアレンはボロボロになりながらもギガンテスを撃破。


 クロックはアレンに対する評価を改めた。


 この調子でアレンの戦闘能力が上がるなら、死の山脈越えも現実味を帯びるだろう、と。


 でも……。



(問題はやっぱり、精神状態だな)



 今のアレンは壊れかけている。


 クロックが何もしていなくとも、勝手に壊れそうになっていた。



(マリアの洗脳魔法(仮称)の影響を長いこと受けていたからか、自我が安定していない。このままだと魔物を殺すだけの機械になりそうだな……。それはそれで面白そうだけど)



 クロックは現実主義者でありながら、享楽主義者でもあった。

 自分が楽しめるものか否かが、彼の仕事に対するモチベーションに繋がる。


 その彼に言わせれば、今のアレンは見ていて飽きないものだった。



(この鬼神の如き強さを持ったまま、精神面で成長を促せば本当に魔王を倒せそうではある。問題はその方法だな。何か良いスパイスはないだろうか)



 そう思っていた矢先の出来事。


 死の山脈の麓付近にある森を通ってハンデルの街に帰還しようとした時。


 オークの集団とばったり遭遇してしまった。


 鬱蒼とした森の木々のせいで互いに接近していたことに気付かなかったらしい。



「……オーク……魔物……殺さなくちゃ……」



 ふらふらとオークたちの前に立つアレン。


 その瞳に光は無く、ただ目の前のオークたちを殺すべきものとして捉えていた。


 そんなアレン向かって、一体のオークが叫ぶ。



「待テ!! 我らに戦う意志はナイ!!」



 通常のオークよりも一回り大きい。


 おそらくはオークの上位種、オークジェネラルだろうとアレンの傍らに立つクロックは予測した。



「我の後ろにいるオークたちは、戦う力を持たナイ!! 見逃して欲しイ!!」



 それは、命乞いだった。


 クロックの見立てではオークジェネラルが嘘を言っているようには見えなかった。


 アレンは何も言わず、淀んだ瞳でオークジェネラルを見ている。



「我々は群れから離レ、死の山脈で暮らすためにここまで来タ!! もう人は襲わナイ!! だから見逃して欲しイ!! 信用できないナラ、我が命を差し出ス!!」



 その場に座り、額を地面に擦りつけるオークジェネラル。


 クロックは内心で安堵した。


 今、クロックたちは治癒のポーションが底を尽いているせいで継戦能力の低下が著しい。

 ここは下手に戦わずに撤退したいというのが本音だったからだ。



「勇者様。ここは――」



 撤退しましょう、と言おうとしてクロックは絶句した。


 勇者アレンの目が殺意で満ちていたのだ。



「……でも……魔物じゃないか……魔物は……殺さなくちゃ……僕は勇者で……いや、違う。勇者は、弱い者を守るべきで……相手が魔物でも……いや、相手が魔物であっても……殺さなくちゃ……違う……守らなくちゃ……魔物は、殺さなくちゃ!!」



 土下座して動かないオークジェネラルの首を、アレンが一太刀で落とす。


 しかし、アレンはそこで止まらなかった。


 その場に居合わせた無抵抗のオークたちも一方的に殺し始めたのだ。



「あ、あぁ、殺さなくちゃ、殺さなくちゃ。僕は勇者にならなくちゃ、母上に捨てられる、殺される。ごめん、ごめんなさい、兄さん、兄さんの代わりに勇者になるから、ああああああああッ!!!!」


「た、助け――」



 助けを求めるオークを、何故と問いかけるオークを、まだ子供と思わしきオークも……。


 ただ殺す。


 森の緑が血で赤く染まるまで、アレンによるオークの虐殺は終わらなかった。



(うわー、本格的にやばいな)



 クロックはアレンから距離を取って、少し離れたところからその光景を眺めている。


 オークたちの命乞いはアレンに届いていない――こともない。



(ありゃりゃ、オークを殺す度に顔が歪みに歪みまくってらぁ)



 他人事のような感想を抱くクロックだったが、その実は少し可哀想に思っていた。


 勇者だから強くなくちゃいけない、勇者だから魔物を殺さなくちゃいけない。


 どれだけ目の前のオークたちを一方的に虐殺するのが悪いことだと思っていても、その手を止めることははい。


 そんなアレンを、哀れに思ったのだ。



(でもまあ、言葉を話す相手を殺すこと以上に精神的ストレスは無い。勇者様の精神的な成長を促す切っ掛けになったら良いが……さて、どうなるか)



 なんて考えてるうちに、アレンは全てのオークを殺し終わった。


 濃厚な血の匂いが辺りに漂い、死体が地面を転がっている。



「……殺さなくちゃ……魔物を……もっと……」



 気力が尽きたのか、その場で倒れるアレン。


 ハンデルの街を治める大商会の商会長が有する私兵団の斥候部隊がやって来たのは、それから数分後のことだった。






――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント作者の一言


作者「アレンお前、人の心とか無いんか?」


クロック「あんた次第なんですよねー」



「追い詰められてて草」「クロック他人事で草」「オークたちが可哀想」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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