第23話 悪役騎士団長、全力で抵抗する





 オーク軍団を掃討した。


 俺の読み通り、統率個体であったエンペラーを倒したことでオークたちは完全に烏合の衆となり、私兵団の反撃で全滅。


 現在は私兵団がオークの死体を一箇所に集めて燃やしている。


 死体を放っておくとアンデッドになるからな。


 スケルトンやグールになってコットルク村を襲うようになったら、今回の遠征をした意味が無くなってしまう。


 火葬というよりは、そのための処置だ。


 連中は肉体があることで、レイスやゴーストのような幽霊系アンデッドとはまた違う脅威になるしな。


 そして、レイス化やゴースト化を防ぐために私兵団で聖魔法の心得がある者が魂を天に還す。


 アンデッド化を防ぐ処置は以上だ。



「で、シエル。さっきの光について教えて欲しい」



 俺はコットルク村の空き家を治療所として借りて、シエルに事情を聞いていた。


 しかし、シエルは責められていると思ったのか、もごもごと口ごもっている。



「あの、えっと、その、えへへ」


「……すまない。別に責めているわけではない。ただ、今の力について何か知っているのかと思ってな」


「そ、そのぉ、なんか出ました……」


「なんか出たのか」


「出ました……」


「そうか」



 なら仕方ない。


 俺の槍からもビームが出たし、そういうこともあるのかも知れないからな。


 すると、シエルがおずおずと訊ねてくる。



「……さっきの力については、他言しない方が良いですよね……?」


「……そうだな。シエルの力を欲しがる者は多いだろう。これからも自由でいたいなら、その力は秘匿するべきだ」



 実際、シエルは自分の強化魔法を知っても、しばらくは秘匿していた。


 それは他者に利用されないため。


 追放されて心が荒んでしまったシエルも今のシエルも、『もう誰かに使われるのは嫌』という点は共通している。


 ならばその意思を尊重して然るべきだろう。


 まあ、それはそれとして、俺は例の『あのキャラ』についてシエルに問うた。



「シエル。あの光を放つ直前、誰か一緒にいなかったか?」


「っ、そ、そうなんです!! えっと、なんか、幻かなって思ったんですけど、知らない人がいたんです!!」


「そ、そうか。……それは、どんな奴だった?」



 俺の問いに対し、シエルは言葉を詰まらせる。



「あ、あれ? えっと、どんな人だったっけ? その、凄く綺麗な人だなーって思ったのは覚えてるんですけど……」


「……特徴を思い出せないか? 髪や瞳の色も?」


「は、はい。えーと、たしか珍しい色だとは思ったんですけど。す、すみません」



 いや、大丈夫だ。


 お陰であのキャラが誰なのか、改めて特定することができた。


 しかし、問題が無いわけではない。


 どうしてあのキャラがここにいたのか、その理由が分からないのが個人的には怖い。 



「ラースさん? あの、大丈夫ですか? どこか怪我でも?」


「ん? ああ、いや。何でもない。それより、さっきの光は自由に出せるのか?」


「うーん」



 シエルが両手を組み、その場で膝を着いて何かを念じ始める。


 しかし、何も起こらなかった。



「だ、駄目みたいです……」


「……そうか。いや、その方が良い。どういう力か分からない以上、無闇に使うべきではないからな」


「そう、ですか?」


「そうだ」



 シエルは光の正体が強化魔法だとは知らない。


 彼女がその正体を知り、使いこなせるようになるのはもっと先だ。


 いやまあ、ここで強化魔法を発動させること自体が原作とは違っているし、もっと早く扱えるようになるかも知れないが。


 それでも今は扱い切れていないのだ。


 何より、やらかしちゃうのを未然に防ぐことができる可能性がある。


 シエルは強化魔法を自覚してから、人のいない墓場で練習するようになるのだ。

 その結果、シエルはうっかり大量のアンデッドを生み出してしまう。


 正確にはアンデッドと少し違うけどね。


 通常のアンデッドは死者の魂が成仏できずに死体を動かしている。


 対するシエル特製アンデッドは、肉体が活性化して動く。

 人を襲わない代わりに周囲のものをとにかく壊して回るし、アンデッドではないので聖魔法も効かない。


 だから原作では、『聖魔法の効かないアンデッドが出た』として騒ぎになるのだ。


 その時に少なくない被害も出る。


 シエルは偽アンデッドで怪我人が出たため、無償でポーションを提供した。

 もっとも、その行動で周囲のシエルに対する評価はうなぎ登りになってしまう。


 心の荒みまくったシエルでも、流石にそのマッチポンプには耐えられなかったらしい。


 意図せず稼いでしまったお金を孤児院に匿名で寄付したり、とにかくそのお金は自分のために使わないようにしていた。



「あの、ところで……」


「なんだ?」


「どうしてラースさんは、ずっとベッドで横になったまま動かないんですか?」


「……動けないのだ」



 強化魔法の影響だろう。


 効果が切れた直後はまだ少し動けたが、無理が祟ったのかも知れない。


 今は指を一本も動かせない。話すので精一杯だった。



「え!? そ、それってもしかして、私のせいですか!?」


「……おそらくは。しかし、コットルク村の医者によると命に別状は無いそうだ」



 まあ、知ってたけどね。


 強化魔法は肉体の限界を超えて強化するという、恐ろしい隠された効果がある。


 要はその反動だ。


 感覚的な話になるが、あの時の俺は平時の数倍の力を得た。

 あの短い時間でこの倦怠感を感じるのも納得である。



「なら良かった――ってなるわけないですよぉ!!」


「ははは。まあ、明日には動けるようになる。そう気に病むことはない」


「ほ、本当ですか?」


「もちろん。騎士の誇りにかけて良い。……もう騎士じゃないがな」


「笑って良いのか分からない冗談はやめてください!!」


「ははは」



 今のは笑うところだぞ。



「でも、そういうことなら今日一日は身の回りのお世話は任せてください!!」


「いや、そういうわけには……」


「私のせいなんですから、遠慮しないで――」



 その時、シエルの笑顔が固まった。そして、顎に手を当てて何かを考え始める。


 ん? なんだなんだ?



「今のラースさんなら、抵抗できないってことですよね? なら、兜も外せる?」


「待て、シエル。動けない相手にそれは卑怯ではないか?」


「ラースさん、知ってますか? これは卑怯なのではなく、戦略的と言うんです」



 そう言ってシエルが俺の兜に手をかけた。



「あ、て、抵抗しないでください!!」


「は、はひらめふほほらな!!(な、ならば諦めることだな!!)」



 俺は兜を外されないよう、口を大きく開けて顎を引っ掛ける。

 ちょっとしゃくれて顎が痛いが、騎士団時代の鍛錬に比べたら何ともない。



「どうして抵抗するんですか!? 別に見られて困るものじゃないですよね!?」


「困る!! 何故かとても困る!!」


「何故かってなんですか!?」



 ラースとしての在り方だからだろう。


 俺はこのまま顔を隠さねばならないという強迫観念があるのだ。



「絶対に見せぬぞおおおお!!」



 俺が雄叫びを上げながら顎をしゃくれさせて全力で抵抗していた、その時。


 サクナが慌てた様子で部屋に入ってきた。



「大変だ、ラース殿!! ……二人して何をしているのだ?」


「ラースさんの兜を外したいんです!!」


「外されたくないんだ!!」



 何やらサクナから重要な報告があるらしく、俺とシエルは一時休戦した。



「斥候部隊がオークの残党を見つけた。先の戦闘に参加していなかったオークジェネラルが率いていたそうだ」


「っ、そうか」



 コットルク村を包囲していたオークの軍勢は、ティアナの私兵団が掃討した。

 しかし、事前に把握していたオークの数と合わなかったのだ。


 ん?


 オークジェネラルが率いていた……?



「率いていた、とは? もう討伐したのか?」


「いや、その、何者かは分からんが、死の山脈に逃げ込もうとしていたオークたちを二人組の男が殲滅したらしい。今、斥候部隊の者が連れ帰ってきた」



 死の山脈……二人組の男……?


 ちょっとした心当たりはあるが、そんな偶然あるわけがない。


 と思ってたら、二人組の男が今にも死にそうな様子で部屋に入ってきた。



「あ、どうもー。ラースの旦那、なんでベッドで寝てるんです?」


「クロック……。と、アレンは気絶してるのか?」


「……ぼくは……ゆうしゃ……だ……」


「いえ、意識はありますよー。ただ精神的に崩れかかってるだけですー」



 え、えぇー、何があったのよ?






――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント兜の中のラース

貴方が今までに見たことがある変顔の中で一番笑ったものを想像してください。ラースはその顔をしています。


「謎のキャラが謎のままで草」「荒みシエルのやらかしが酷い」「偽勇者の精神が崩壊してて草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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