参勤交代(ご準備はお済みですか?)

鈴ノ木 鈴ノ子

江戸より通知来たりて


 参勤交代、徳川幕府の幕臣であり、諸大名に課せられた重責。

 明治の御代からいく年月、令和の御代になっても日の本は徳川幕府が依然として権勢を維持しております。

 太平洋戦争の敗戦によりまして連合国軍総司令部が民主化を推し進めましたが、結局、大政奉還は不成、昭和の御代が終わり頃になりますると、以前のように大名が各地を統治する形式へと逆戻り致しまた。

 中央集権構造への変革だけは残りまして、税金は徳川幕府が全てを徴収し、各地へ分配を行なっております。もちろん、少額ではございますが、各藩が地方税を取り立てておりますけれども、ソレは何分の何%にせねばならず、金沢藩などの余力のある藩を除きますれば、カツカツの地方予算と幕府よりの交付金で何とか藩の財政を維持しておりました。


 吉田藩もその一つでございます。


 豊橋を藩都に持ちまするこの件は、小さいながらも独自の藩政を敷いておりますが、財政は悪化の一途を辿っておりました。もちろん、お殿様から奥様、家臣一同に至るまで質素倹約の毎日でございます。それでも殿は人柄が温厚でのんびり屋の気質でございますから、自分の生活を切り詰めてまで領民の願い事を叶えるために普請の毎日でございました。士農工商の身分制度は廃止と相成りましたが、領内を取りまとめる藩は維持をされております。軍事的なことにつきましては幕府が幕府軍を組織しておりますので、そのあたりは心配しなくてもよくなりましたが、事務方は必要でございます。

 IT化が叫ばれた昨今におきましては、どの藩も人員削減と情報化を進めておりまして、金沢藩などにおきましては30%の人員削減と効率化を成し遂げられましたが、吉田藩は小さな藩故に切り詰め切り詰め、情報化をしてなんとか藩政を維持しておりました。


 そんなご時世の折でございますが、「参勤交代制度」は古くからの行い故に今だに続けられている有様でございます。一時は廃止も検討なされておりましたが、上様の御威光を高める行事と申しまして幕閣は継続方針とし各大名に触れをお出しになられております。各藩共に参勤交代によって莫大な費用が掛かることは間違いございません。江戸空襲によりまして各藩邸はことごとくが焼け落ち、お江戸八百八町とよばれました美しい街内みもことごとくが灰塵なりまして以降、連合国軍司令部の命令もございまして、藩邸敷地は幕府によって召し上げられ、町人優先の街並みができていたのでございます。


「参勤交代であるな…」


 吉田藩筆頭家老、斎藤芳吉はタブレットを見ながらため息をついておりました。

 表示されてる資料は幕府よりの沙汰でございました。参勤交代制度についてのあらましから始まりまして、2年間の期限となりました参勤交代についての各種法度より、江戸滞在中の施設関係の手配に至るまでが事細かく取り決められております。藩邸がありました頃は移動費などを気にするばかりでございましたが、現代はそうは参りません。


 藩邸は無くなったのでございます。


 お殿様を含めて音もの家臣団と共に衣食住全てを手配する必要がございます。何かと物価の高い江戸におきまして、江戸城より3里以内に住まねばなりません。江戸城周りにはお城より少し低いビルヂングが所狭しと立ち並んでおりまして、お殿様はそのビルヂングの一室を不動産商人よりレンタルすることになります。江戸城より5里は一等地と申しますから、その家賃だけでも想像を絶する額になるのでございます。もちろん、家臣団におきましても近習は4里以内の公営住宅やアパートなどを不動産屋を通じて探し回る有様でございます。その他の家臣団におきましては、山手線をグルグルと回るかの如く各地に散っておりました。大きな藩と参勤交代がかち合う時などにおきましては、家臣団の一部は山手線どころか中央本線で遠方から毎日馳せ参じることとなったのでございました。

 費用につきましても、幕府からの交付金は国土保全と領民サービスのみの使用に限定されております。以前に他の藩で流用が発覚した時などは、藩はお取り潰し、お殿様以下は全員が切腹、もしくは斬首と合いなってございます。幕府の各奉行様はとても厳しく、報告書の書き付けに些細なことがございますると一銭に至るまで厳しくお取調べになられる有様でございます。特に勘定奉行様などは直々に出向かれては、厳しいお取調べを行われることで有名で、今の御奉行様は取り分け「守銭奴」と言われるほど厳しい方でございます。

 昔は横行しておりました付け届け、いわゆる賄賂でございますが、敗戦以降は全く通じなくなっておりました。

 敗戦直後に老中となられました吉田茂様が厳しいお沙汰を出されまして、忍びを使っての調査を行い徹底的なお取調べを行われました。その結果はみるも無惨、江戸城の半数を処断で切り殺し、各藩にもその手は及んだのでございます。


「武士たるもの正道を行くべし」


 御老中の吉田茂様はそのようにもうされまして、全国の諸藩へ上様のお名前で通達をされたのでございます。

 吉田様は士以外の身分の出でございました。明治期におきまして朝廷より幕府に対して、身分制度を「士農工商」のみとし、幕閣にも士以外を取り入れよ。と御下知がございました。当時は尊皇攘夷などが横行しておるところでございましたので、幕府は命に従いました。ですので役職は残りましたが、幕閣は必ずしも大名家に連なるものではないのでございます。そして現代には身分制度は廃止と相成り、実力主義の江戸城となったのでございました。


「さて…、準備をせねばなるまい」


 勘定方から予算案が上がってまいりますが、その数字は至る所が真っ赤でございます。斎藤はタブレットを遠く見つめながら老眼の眼差しを向け、そっとため息を吐かれました。


 波乱の幕開けの如く、参勤交代費用捻出の操作が幕を開けたのでございました。

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参勤交代(ご準備はお済みですか?) 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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