闇に、ぽとり

京野 薫

第1話

 光と闇は表裏一体。


 でしたっけ?

そんな言葉を母様が読んで下さった本の中で聞いたことがあります。

そうなのですか?

私にとって、7歳になってから朝も昼も夜も等しく闇なのであんまり覚えてないんです。


 ごめんなさい。

いきなりこんな事話されてもビックリしますよね。

やっとあなたが来て下さったからかしら。

自分でも戸惑ってしまうくらい浮かれているようです。

どうしよう。

私、あなたが思っているよりずっと喜んでいるんですよ。


 ね?

あなたの事を「姉様」って呼んでもいいかしら?

私、ずっとずっと姉様とまた暮らす事の出来る生活に憧れていたんです。

あと……ふふっ、笑わないで下さいね。

私、あなたにふさわしい名前、いくつか考えてあるんです。

氷のように透き通っていて、美しく……それでいてどこか人を寄せ付けない物も持つ。

そんな姉様にふさわしい名前を。


 あら? 嫌ですわ。

そんな大きな声を出さないで。

そんな下品な声、姉様にふさわしくない。


 ……ねえ。

それ以上しゃべってはダメ。


 今、ご自分の名前をしゃべろうとしたでしょ。

物わかりの悪い姉様は嫌い。

私、ふさわしい名前を考えてある、って言いましたよね?

姉様がここに来るまでどんな名前だったか……そんな情報どうでもいいです。

そんなゴミみたいな情報。


 今からあなたは「姉様」です。

名前もふさわしい物をつけてあげるけど、私にとってあなたは「姉様」でありさえすればいい。

私は「小夜」あなたは「姉様」世界に私たちだけいればいい。

ね?


 ……嫌だ?

ここから出して?

ねえ、私の事嫌いになられたの?


 ……そう。

分かった。

少しだけ待ってて。

あなたに見せたい物があるの。

……ねえ、うるさい。


 すごく頑張って用意したんですよ。

いつか姉様と私にとって役に立つと思って。

だって、姉様の事大好きだもん。

そうそう、私目が見えないけど頑張って開くとボンヤリとなら分かるんです。

だから……これもこうやって姉様にお見せできる。

どうか褒めてくださいませ。

じゃあ今からこの箱……開けますね。


 ふふっ、今度は凄くいい声。

さっきとおんなじ大声なのに、なんでこんなに心地よいんだろう。

やっぱり姉様は特別です。

悲鳴でさえも甘美に響く。


 聡明な姉様ならおわかりですよね。

でも、せっかくだから私に種明かしさせて下さいな。

頑張ったご褒美に。


 そう、この瓶の中の物は眼球です。

私の姉様のなり損ない。

偽物のくせして、私が「姉様」って言うと頷いてたんですよ。

で、ある日。


 家に帰りたいって。


 おかしいよね?

姉様ならここが家でしょ?

あいつ私を騙してたの。

嘘つきの汚れた目でずっと私を見てたの。

酷いと思いません?

私は本当の姉様だけの物。

だから、そんな汚い目は取ってやったの。


 そんなに泣かないで。

姉様が泣いてると私も泣きたくなるの。

私たち、何も悪いことしてないでしょ?

だから泣く必要ないの。

私たちは愛し合っているだけ。

その障害を除こうとしただけ。


 魚を食べるときだって骨を取るでしょ?

それに涙する人はいないの。

優しい姉様。

きっとビックリしちゃったのね。

本当に嘘つきのなり損ないは魚の骨以下ね。


 姉様の涙って、凄く甘くて美味しい。

頬を舐めていると、姉様の涙と一緒に柔らかで大福みたいな……変な例えでごめんなさい、頬も味わえる。

でも、愛する人だからこそ震えるほど甘いんですよ。

……ねえ、キスしてもいい?

有り難う。


 姉様の唇ってまるでさくらんぼみたい。

仄かに甘くて、柔らかくて私の唇の間で心地よく弾む。

舌もそう。

暖かくて、甘い蜜が沢山溢れてくる。

なんで愛する人とのキスってこんなに気持ちいいのかしら?

きっと頑張ってる私に神様からの贈り物なんでしょうね。

……なんだか、身体の奥が熱くなってきました。

でも、まだ。

姉様とはもっとお話ししたいから。

 でも……ちょっとだけ触りあいっこしましょうね。


 え?

なんで私なのか?って。

う~ん、これは特別なご褒美です。

今のは躾は無しにしてあげます。

本当はそんな事考えられなくなるくらい……まあ、いいや。

姉様とのキスやその後……凄く気持ちよかったから特別に答えてあげます。


 あの日、覚えてます?

姉様が働いていた本屋さん。

そこに私が来て、本をボンヤリと見ていたとき……手に持っていた白杖を見て私が目が見えないと気付かれたのですね。

「大丈夫ですか? お手伝いしますよ」

って。


 ボンヤリとだけど……霞にしか見えなかったけど、姉様の美しい笑顔は見えた。

あの時、気付いたんです。

「あ、やっと姉様にまたお会いできた」って。


 本当にご免なさい。

こんなに時間かかっちゃって。

悪い私を叱って下さらない?

でも、ちょっとだけ言い訳させてね。

姉様をここにお迎えするのに、凄く凄くやることが多かったの。

でも、一生懸命頑張ったんですよ。

姉様に心穏やかに過ごして頂きたかったから。

でも、良かった。

それは報われたみたいですね。

だって、姉様もう大声を出しておられないし、泣いてもいない。

……嬉しい。

誰だって愛する人は幸せになってほしいもの。


 このお部屋、いいでしょ。

真っ暗な部屋に蝋燭が灯るだけ。

真っ暗な闇にぽとりと光が落ちている。

そんな感覚が美しい。

まるで汚い世界にポトリと落ちた、美しい姉様みたい。


 私、思うんですけど、暗闇って救いで有り癒やしでもある。

よく、光を「安らぎ」とか「希望」とか「救い」って言うけど、あれ違うと思うんです。

だって、人は光の下では心から安らかに眠ることは出来ない。

眠りが人に安らぎと癒やしをもたらすのであれば、眠りをもたらす「闇」こそが本当の救いであり癒やしですよね?


 ……なんで、こんな話を? ですか。

ふふっ。

さて、何ででしょう?

当ててみてくださいます?


 う~ん、ちょっと難しかったようですね。

ごめんなさいね。

正解できない問いでは、遊びにならないですよね。

本当にごめんなさい。

だから、良く姉様にも「頭が悪い子」って怒られちゃってたんですよね……


 正解は……え? 凄い! 分かったんですか?

姉様が息をのむ音が聞こえました。

わあ! 嬉しい!

さすが姉様。

はい、正解は……


 姉様の両目を取ってしまう。でした。


 私、思ったんです。

目なんて物があるから、余計な物が見える。

だから私から離れていく。

だって自分で動けるんですもの。

自分で知ることが出来る。

でも、両目が無ければ私が姉様の世界になれる。

私が愛する人の救いになり世界になる。

神にも悪魔にもなれる。


 ……ああ、嬉しくて涙が出そう。

馬鹿な私も頑張ればこんな素晴らしいことを考えられるんです。

ねえ? 姉様。

あら?


 嬉しい……

姉様も喜んで下さるのね。

そんなに泣いて。


 じゃあ、少々お待ちくださいね。

「思い立ったが吉日」

準備をして参ります。


 ※


 どうして?

ねえ、姉様?

なんでこのお部屋……こんなに熱いの?

あちこち燃えてる。

蝋燭が……倒れて。


 姉様、どこなの?

ねえ、小夜寂しいの。

小夜を見捨てないで、優しい姉様。

ねえ!

答えてよ!


 熱い。

熱い、熱い。

嫌だ、こんなの美しくない。

こんな焼けた肌、私じゃ無い!


 ……姉様!


 ※


 ありがとう。

いつもあなたには感謝しています。

今回もあなたが居なかったら、と思うと身体が震えてしまいます。


 道をヨロヨロ走っているところを見つけた?

そう。

で、家に送ると言って車に乗せてコーヒーを飲ませて……ふふっ、あなたって人を惹き付ける魅力に溢れてるのね。

それって才能よ。


 え?

何言ってるの。

表の門から何で入れるの。

馬鹿なの?


 裏門から運び込みなさい。

だって、あれはもう「なり損ない」だもの。


【完】

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