【短編】お笑い芸人N「スタートォ!!!!!」
八木耳木兎(やぎ みみずく)
【短編】お笑い芸人N「スタートォ!!!!!」
中学一年生の頃、私には友達がいなかった。
地方の寂れた学校で小学生時代を過ごした私には、都市部の中高一貫の進学校で友達を作ることはハードルが高すぎた。
クラスメイトのどのグループにもなじめない私は、いつしかクラスで孤立したし、結果として感情を顔に表すすべも忘れ、暗い性格へと変わっていった。
そんな私が彼に出会ったのは、毎年十二月に放送される深夜の大型お笑い特番を見た時だった。
暗い人間がホラー映画などではなくお笑い番組を見るのも我ながら不思議な話だが、暗い人間こそ笑いという明るい感情に魅かれるということもある。
漫才でもコントでも、ものまねやあるあるネタで魅せる技巧派の笑いが大多数を占めていた時代。
自我が芽生えていた自分は、「今ので笑わない客わかってないな……」「今のネタで爆笑してる芸人性格悪くていいな……」と、生意気な陰キャらしくネタとは違う部分のことを考えながら視聴していた。
夜も更けてきたころに、その番組にコンビでもトリオでもない、ピン芸人の彼が登場した。
シックスパックに割れた腹筋、隆々とした上腕二頭筋と大腿四頭筋。
彼は芸人じゃなくてボディービルダーじゃないのか、と疑ったほどだった。
そんな私の感情とは関係なく、彼はスタジオの観客と、テレビの前の私たちに向けてネタを始めた。
小学校卒業以来くらいに、笑い転げた。
間よりもセンスよりも、勢いを強調した芸風。
その肉体美を駆使して放たれるボケの数々。
唯一無二の笑いが、そこにはあった。
「ぼ、僕……Nが……好きだったな」
翌年の冬休み明けの休み時間。
彼の出演した深夜特番の話で男子グループが盛り上がっていた中で、私はそれだけ口にした。
あの笑いを誰かと共有したいという、たったそれだけの、ほんの少しの勇気だった。
「あぁ、そ、そうなんだ……」
「キミが急に喋り出したからびっくりした……」
当然、場の空気は白けた。
Nがどうとか言う以前に、普段全くしゃべらない陰キャが喋ればそうなる。
しかし、チャイムが鳴って生徒が席につこうとした時、誰かが私の袖を引っ張った。
「ね、ねぇ、キミも……N、好きなの?」
話しかけてきたのは、私と同じ陰キャ寄りの中学生・
私に、中高一貫の六年間通しての親友ができた日だった。
ある種、私にとっての中学生活は、その日からスタートしたと言ってもよかった。
それから二十年後。
今日は土曜日。
元々働いていた会社を辞め、新しい地方の新しい職場でフルタイムで働く月曜日を目前に控えた休日。
ラインでの庄司君からのエールにスタンプで返した後、私は地方のショッピングモール前に設置された、イベントステージの観客席に座った。
開催されるイベントの出演者の中に、彼の名前があったことが、ここに来た理由だった。
生意気にも、少し運命じみたものを感じた。
テレビ越しに彼と出会ってから二十年。
留学のための日本を離れたり、留学先で苦労したりと、彼にも色々なことがあった。
そんな彼も、今では登録者数二百万を超える人気ユーチューバーだ。
「どうもー!!!」
ステージに座る他の観客たちと共に、私は拍手で彼を出迎えた。
中学の十二月のあの深夜以来、彼が、そのネタと、その筋肉で、スタートラインに立っている私の背中を押してくれることの喜びを感じながら。
「筋肉ルーレットォ、スタートォ!!!!!」
【短編】お笑い芸人N「スタートォ!!!!!」 八木耳木兎(やぎ みみずく) @soshina2012
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