犬系後輩女子が今年の攻めをスタートさせるとのこと

片銀太郎

第1話


「せんぱーい! あけましておめでタックルっーーー!」


 新年、一年のスタート!

 となれば手を抜くわけにはいきません!


 わたし、いぬい小季こときは憧れの先輩にアタックを仕掛けるのです!

 物理で!


 好きな人に新年から迷惑をかけるんじゃありません?

 ちっちっち、シロウトはこれだからいけません。

 

 先輩と呼びかける「せ」のところで先輩が腰を落とし、耐衝撃姿勢になってるのを後輩アイはバッチリとらえています。よって合意です! わたしじゃなきゃ見逃しちゃうところですよ!


 わたしの体を先輩の腕が受け止め、くるりと一回転。一瞬触れる厚い胸板に思うのは(もうちょっとくっつきたいのになぁ)という名残惜しさ。勢いを回転で吸収した後の浮遊感と共に、わたしは着地していました。


 頭の上から聞こえてくるのは、最初は苦虫を噛み潰したような響き、徐々に安堵が見え隠れしてくる優しい声。わたしはこの声が大好きでついついタックルしてしまうのです。相撲部屋所属なわけではありません。


いぬい、毎度毎度言ってるが、タックルは危ないからやめてくれ」


「そんなこと言いながら受け止めてくれるじゃないですかー! そういうところ大好きですよ! 先輩!」


 先輩は、はぁ、と小さくためいき。

 しかめっ面を作ろうとするもののすぐに戻ってしまう品のある顔立ち。鋭角のスクエアメガネでも隠せない優しい瞳。わたしが小柄とはいえ見上げる形になる高身長がチャームポイント。


 この人がわたしの好きな人。

 片井かたい圭人けいとさん、わたしの先輩です。


 後輩タックルを受けた腕をぐるぐる回し、具合を確かめているようです。


いぬいのせいで筋肉が増えてきた気がする……」


「あの胸板はワシが育てた!」


「ウエイトかけすぎじゃないか? この可愛いダンベルさんは」


「失礼ですね! 30キロもありませんよ!」


「サバ読みするダンベルは不良品だな。返品しよう」


「残念ですね! 一年以上お使いになっているのでクーリングオフはききません! ぜひこれからも愛用してくださいね!」


 女性の体重をネタにするような軽口も、わたしたちの間ではちょっとしたスパイス。可愛いがついているので嬉しい気持ちも少しだけありますが、ダンベル呼ばわりするのでしたら、先輩の腕にぶら下がって筋トレに貢献してあげましょう。


 両腕で先輩の左腕にぎゅっと抱きつきます。

 身長の割には豊かな胸も押し付けてるのですが、先輩の理性はまだまだ健在のようです。くやしいので、体重もちょっと多めにかけてやります。


「重い!」


「しりませーん! わたしはダンベルですからー! このまま行きましょうねー!」


 わたしたちは、初詣に向かっているところです。

 新年の願い事は少々不純な内容になりそうです。まぁ、そのへんは普段の生活も頑張るということで神様にはお目こぼししてもらうつもりです。


 先輩の腕にぶら下がったまま歩いていたのですが、徐々に先輩と腕を組んでいること自体が嬉しくなってきました。もはや体重をかけるのもどうでもよくなり、前へ前へと先輩をひっぱります。もちろん腕は組んだままです。


「ほらほら! せんぱーい! 行きましょう! はやく! はやく!」


「ちょっと、ちょっと、そんな引っ張らないで」


 そんな風にしてたどり着いたのは近所の小さな神社。

 初詣的には穴場です。


 二人で並んで二礼二拍

 手を合わせて願い事をむむむと念じます。


(先輩ともっと仲良くなりたいなぁ。お付き合いしたいなぁ。今年の攻めのスタートです! 覚悟してくださいね! 先輩!)



===========================================


 ……なんて祈ってるかもなぁ。


 片井かたい圭人けいとは隣で「むむむ」と、うなりながら祈りを捧げている後輩のことを考える。


 内心を明かせば、この後輩に相当やられてしまっているのだ。


 だって無理でしょ!? ちっちゃくて、可愛くて、何でも一緒に面白がってくれて、直球で好意を示してきて、スキンシップも沢山してくるんですよ!? 好きにならない方がおかしいでしょ!?


 視線に気づいたのか、いぬいはくりくりとした瞳でこちらを見た後にぱちんとウインク。これこれ神前ですよ、ちゃんとしなさい、という気持ちを視線に込めるが伝わらない。どうやらこちらが喜んでると判断したようで、ぱちぱちとまばたきを繰り返す。目薬をさした後みたいだ。魅了ではなく、面白くなってしまっている。


 まぁ、そんなところも可愛くてしかたない。

 血迷って告白したくなるが、ギリギリのところで踏みとどまっている理由は一つ。

 この後輩がとても可愛いからだ。


 もし一歩踏み出して、恋人になった場合。


 今、目の前にあるクルクル変わる表情が、子犬のようにじゃれついてくる触れ合いが、くだらないことを気軽に話せる関係性が、別のものに変わってしまったら?


 その危惧が最後の一線になっている。

 おそらく変わらないと思うのだが、もう少し今の彼女を楽しみたい気持ちがある。だが今の状態もそう長くは続かないだろう。


(なにしろ、俺の気持ちもスタートしちゃってるからな……)


 こんなことを願われて、神様も苦笑しているに違いない。

 

 (終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

犬系後輩女子が今年の攻めをスタートさせるとのこと 片銀太郎 @akio44

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ