お雑煮ノースタート

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

 本州最北端の民は、お雑煮を食べないよと返したら、気の毒な家の子扱いをされた。

「え、お家が貧乏だったの?」

 困惑の表情を浮かべるナノハ。

「いや、それは無い。いくら何でも正月にはモチくらい食べるさ」

「だったら、次のお正月に京都のお雑煮食べさせてあげるね。うん、そう、松の内過ぎたらお母さんもお仕事暇になるだろうし」

 ナノハの母は、日本料理の職人である。


「で、どう? 初お雑煮は?」

 ワクワクするナノハ。

「まず、この形状が鏡餅みたいで元旦から食べて良いのか? ってなる」

「東日本の方からよく言われます」

 ナノハの母が真顔で返す。

「あと、色味的にくるみなのに白味噌…。頭が混乱する」

「ああ、東北はお餅と言ったらくるみですよねえ」

 首を傾げて、右手で頬を支える。

「まあ、くるみだれも今は売ってるけど、昔はコンクリートブロックの上にからつきくるみ置いてトンカチで割って、五寸釘みたいな針で中身をほじくって出すだろ。そこからすり鉢ですって水と砂糖入れてってわりと重労働なんだよ」

「そこまでして食べたいくるみだれとは!」

 興味津々のナノハである。

「あとは、あんこですか? 定番だと」

 ナノハの母が聞く。

「そうだねえ。黒ごまにきなこか。青いやつ」

「青いの?」

「青いというか、黄緑かな」

 黄緑~? とナノハが頭をぐるぐる回している。

「でもって、本当にお雑煮は無いんですか?」

「無いね。県内で食べてたとしたら、ただのモグリ。もとい他県から嫁に来たとか、北前船の人の子孫とか、青函トンネル掘りに来た人とか…」

 腕を組んで考える。

「ああ、でも、元旦は前日に作った煮しめにお餅入れて食べるよ」

「何の煮たん?」

 ナノハが首を傾げる。

「厚揚げとこんにゃくと油あげと、山菜だとふきとわらびと根曲がり竹と、あとはにんじん、じゃがいも…。結んだコンブも。手に入ったらツブ貝も入れる」

「ツブ貝? 何者?」

「でっかいカタツムリみたいなの」

 笑顔で返す。

「エスカルゴ、エスカルゴ」

 ナノハが笑う。

「何だか精進料理みたいですねえ」

「まあ、お盆も作って食べるし。何ならお墓に持って行くし。すぐ持って帰るけど」

「う~ん、そうかあ。お盆も食べるならあんまりお雑煮って感じでもないですねえ」

 ナノハの母は、こめかみに人差し指を当てて考えている。

「で、恐らく、煮しめはお節でもあるんだな。大量に作って、何回かに分けて食べる」

「え、お節もないの?」

 ナノハの純粋な目。

「多分、室内でも凍ってしまうからだと思う」

「ああ!」

 母子の声が重なった。


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お雑煮ノースタート 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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