始まる恋にオモイを馳せて

あずま八重

始まる恋にオモイを馳せて

「すみません。これ、落としましたよ」

 今拾ったばかりの定期券入れパスケースを差し出しながら声をかける。振り向いた子は、イエス・カワイイ・大当たり! お礼を言う声までファンシーで柔らかい。

「その制服、もしかして○○高校の方ですか? 僕、受験予定なんです!」

「へぇ、そうなんですかー。入試もうすぐでしたっけ。頑張ってください」

 それじゃあ、とアッサリした別れだった。そりゃそうだ、所詮は善意の「一般人パンピーA」。これをキッカケに突如始まる恋愛があってたまるか。


 けれど夢見るくらいの自由は許されたい。


 春、入学式の日に再会する二人。

「あのときの……!」

 偶然にも同じ部活に入って先輩後輩の仲を順調に深めていき、夏。部室で着替え中の僕に遭遇してしまってから意識し始める先輩。小さなハプニングが重なった末、恋に気付く秋。

『大事な話があるから』

 冬、バレンタインデーのチョコレートにしのばせた手紙で僕を中庭に呼び出して、そこから始まるお付き合い。


 なんと甘酸っぱくて素晴らしい青春か。


 ウキウキで挑んだ入試と面接を滞りなく合格パス。そして迎えた入学式のこと。思い描いたとおりに二人は再会を――

「どちらさまでしたっけ?」

「えっ……ほら、駅でパスケースを拾って」

「ああ、よく落とすんですよ。その節はありがとうございました」

 それじゃあ、とまたしてもアッサリした別れだった。

 ならば部活で! ……帰宅部? ならば委員会とか! も、入ってない? じゃ、じゃあ塾とか習い事は!? アルバイトでも! ――あ、ない。何も? そっか、何も。家がご近所さんだったりも、しない。そう。電車の路線、も引越して変わっていると……。




 詰んだ。




 接点が何一つない先輩なんて、見かけることさえほぼないウルトラレア人種だ。

 ラブコメに夢を見過ぎた僕は、卒業していく麗しの君を見送り、新たな出会いスタートをまたソワソワ待つのであった。



〔始まる恋にオモイを馳せて/了〕


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始まる恋にオモイを馳せて あずま八重 @toumori80

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