最終話 「♪~グッバイ!」

 伸びない記録に顔を歪めながら、一人で休憩している恋しい彼の元に、勢いだけで駆け付けた私は、そのままの勢いで告白した。

 「マラソン大会でつった足を治してもらった時に一目惚れしました。好きです。付き合ってください」

 「えっ?誰?」

 「藤本です」

 「藤本…。はっ、もしかして、最近やたらを俺の事見てる人?」

 「はぁ、まぁ。そうですね。恋、してるんで」

 「恋?アレ、呪いじゃ無いの?」

 「何で私が呪いをかけなければないんですか」

 「だって、マラソン大会で優勝候補だった城崎さんに、君の介抱を任せてしまって、優勝を逃したから、親友として恨みを持って、とかで…」

 「はぁ?城崎は親友ではありませんし、優勝を逃したところで、ざまぁです」

 「ざまぁって、酷いな…」

 「それで、私と付き合ってくれますか」

 あのマラソン大会以来の、恋しい彼の瞳を真っ直ぐ捉えて誠意を伝える。

 恋しい彼も、そんな私の目を真っ直ぐ見つめて答えた。

 「ごめんなさい。付き合えません。他校に彼女がいます。これ以上俺の事思ってくれても、藤本さんに気持ちが傾くことはありません。どうか、これで諦めて、新しい恋を見つけてください。さようなら」

 恋しい彼は、深々と頭を下げて見事なフォームで私の前から走り去っていった。

 「さすが、藤本が恋をした相手だ。微塵の期待も抱かせないなどの完璧な断りかただな」

 「あれだけハッキリ言われたら、スッパリ諦められるね」

 振られた。

 私の恋は、見事に当たって砕けた。

 恋しい彼に彼女がいた事も、私の恋の視線が呪いだと勘違いされていた事も、彼にとって私は、逃げたい獣だったと言う事か。

 その上、これ以上思い続けられても迷惑だと釘を刺された。

 あぁ、失恋とは。こんなに痛く苦しいものなんだな。

 「えっ?藤本、泣いてるの?」

 「何?藤本に泣くという機能があったのか?」

 城崎と芦屋はこの世の奇跡を見たような顔をして私を見ているが、私には二人の顔が歪んで見えた。

 「よし、行くよ。藤本、芦屋」

 城崎が私と芦屋の手を掴んでズンズンと歩き出した。

 「おい。その手を離せ。何処に連れて行く気だ」

 芦屋が珍しく動揺しながら城崎に抗議する。

 「カラオケだよ、カラオケ。失恋した時は友達と一緒に涙が枯れるまで失恋ソングを歌うのが定番でしょ」

 「何だその定番。俺は知らねーぞ」

 「芦屋はまだ失恋したことが無いからでしょ。芦屋の時も付き合ってあげるから」

 「何?友達でもない城崎とカラオケなんて、行かねーよ」

 「何言ってるの。藤本の友達の私と、藤本の友達の芦屋はとっくに友達でしょ」

 「はぁ?何だよその勝手な解釈」

 二人が友達についてゴチャゴチャ言っているうちにカラオケボックスについて、私はマイクを握らされた。そして流れて来たのは、髭男の「Pretender」。私は止まらぬ涙を拭うことなく、声を震わせて高らかに歌い上げた。隣を見ると、何故か城崎も泣きながら歌っていて、芦屋は少し呆れながらも、鞄から柔らか素材のポケットティッシュを出して、私の鼻水を拭いてくれた。

 あぁ。恋とは素晴らしく輝いたもので、失恋は痛く苦しいものだった。しかし、また私に新しい世界を教えてくれた。

 友がいる世界は、何て温かくて、心強いのだろう。

 今、私の新しい世界がスタートした。


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「スタート」 佐倉井 月子 @sakuramo

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