後日談
もう語ることも綴ることもないと思っていたのだが、伊豆ノットから書き始めたんだから後日談まで書きなさいと言われたので、後日のことを書く。
5月17日の水曜日。妹と登校している時にノットが来たので、ふざけんなと思いながら一緒に登校した。気を遣ったのか、当然のことではあるものの、ノットは妹の前で下ネタを言わなかった。
登校している途中に、早月ツララの姿が見えた。いつも通りのツララ、ヤヒロ、マヒルくん。お節介、または厄介かなと思ったけど、どうしてもおはようと話しかけてしまった。
「おはよ!」
ヤヒロ! 元気だな!
「おはよう」
マヒルくん! おはよう
「やぁ」
ノット! 天丼言うなよ!?
「おはようございます」
俺の妹がこんなに可愛いまる
「ッ…………」
ツララからの返答が来ないッ!
「お、おはよう」
「やった! 挨拶が返ってきた!」
「剣城くん! キモイ!」
いかん、つい舞い上がってしまった! ノットに突っ込まれるなんて、悔しい!
「うちのツララに妙なことしやがってバカコウジ」
「コウジお前あれだぞ、今のでギリマイナスになってないだけだからな」
積み重ねてきた好感度がこんなことで消えてしまうとは……!
「コウジくん! 気にしてないからね!」
「コウ兄、ほんとっ」
妹にも嫌われたら生きていけない!
といった感じで、俺の学校生活はドタバタコメディに変わっていって、今はまだ慣れないけど、いつかはこれも日常になるんだろう。
そう、いつかは日常に。
屋上への扉を開ける。
「あれ?」
先客が居た、伊豆ノットだった。
「なんだ、居たのか。ま、お前ならいいや」
扉を閉め、一本の煙草を取り出して、火を灯して吸い始める。
「なんでここに?」
昨日ステたものは、伊達眼鏡だった。調光レンズが反応しなかったのは、それが理由だった。
「6月にはまた休むだろうから、センチになったのかな」
「それ休まなきゃいい話じゃね?」
まるで秘密を知らない人間には言えない事情があるみたいな雰囲気出しやがって。
「剣城くん、ツララの勝利条件は死ぬことor救われること。九さん、マヒルくんの勝利条件は友達が嫌な目に遭わないこと」
「? 勝利条件?」
「もしもあるとしたら、って話さ」
ゲームみたいなことを考えてるな。
「じゃあ、お前のは?」
「簡単さ、みんな前提として誰も死ななきゃ良いと思ってる。つまり、バランサーである僕も例外じゃない」
バランサー。確かに俺を裏切ることで、孤軍だったマヒルを一人にしなかった。そして、孤軍だった俺を孤独のままにはしなかった。
「誰も死ななきゃ良いと思ってた」
そう考えると、バランサーというのは言い得て妙かもしれない。いやむしろ、ヒーロー。ってのは言い過ぎか? けれど、そもそもこいつが居なきゃ、俺とツララは死んでいた。自殺を果たしていた。主人公がどうのというけど、それを言うならお前こそ主人公じゃないか。
これがゲームだとしたら、お前は必死にバッドエンドを避けようとしてくれた。
俺がやった功績は、まるごとノットの功績だ。失くすはずの命を、俺は今、どくどくと感じている。
「そうかよ」
彼の金髪が風で靡いて、煙をかき消した。
「みんな勝ち、だな」
吸い終わって、携帯灰皿に吸殻を捨てる。死のうとする気はもうないけど、買って残ってしまった煙草を捨てることもできなくて、やむを得ず病むことなく止まずに吸っている。
「早めに復帰しろよ。みんな忘れちまうかもしんねーぞ」
伊豆ノットの書いた物語が、俺と早月ツララの自殺を脅かし、俺達を巻き込んで本当に止めてしまった。後腐れなく、みんな幸せそうに生きている。
「うーん、そうだねぇ、でも、主役の座を奪う訳にはいかないからね」
「主役?」
主人公だったら、やっぱりマヒルくんだろうか。それとも、伊豆ノットだろうか。ムカつくことにどれも、俺にとってのヒーローだ。
「君だよ、君」
「俺が? 自殺したがってたやつが?」
「早月ツララの対蹠点に居たのは、君だったろ? つまり君が、主人公なんだよ」
対照的、または鏡。
対蹠点、或いは似た者同士。
「じゃ、俺が書くよ。だったら心配ないだろ」
「えっ?」
「だから、この物語は俺が書いてやる。主人公なんだろ? 一人称視点の語り部になってやるよ」
「ははっ、じゃあ安心だ。題名は、どうするのさ」
題名、タイトル。本当だったら五月病を治したい。にしたいところだが、それはできない。なら、そうだな。真逆にしてしまおう。
「どことなく青色」
ちょうど少しだけ、レンズは青みを帯びていた。ノットは「いいね」と笑って、俺も笑った。
そして。
「それじゃあ、またね」
「ああ、またな」
五月の俺の物語は、幕を閉じた。
また会えることを信じて……Z
どことなく青色 スンラ @Sunra
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