所有物は追憶の彼方へ・・・ある落とし物係の社会的憂鬱
龍月小夜
第1話
ここはとあるショッピングモールの落とし物係。
今日も買い物客が失念、あるいは放置した残留品が大量に届く。
それを記録し、落とし主が現れれば返還し、残されたものは法定期間の3ヶ月間だけ保管するのが仕事。
法定期間が過ぎれば、その後に落とし主がやってきても返還することはできない。
その物の、その人の所有権そのものが消失し、物自体が処分されて存在しないからだ。当然、問い合わせにも3ヶ月以前のものは答えられないことになる。記録自体、検索画面から消え去る。
「落とし物」「忘れ物」をするということは、猶予は3ヶ月しかないという厳しさを知っておかねばならない、ということだ。それも、落とし物係、あるいは警察に「運良く」届けられた物の場合である。
そんな残留物の中に、一冊の文庫本があった。
中をめくる。
別に読みたいわけではない。記名もしくは落とし主につながる情報の記載はないか調べるためである。もちろん、落とし主が判明し、連絡可能ならこちらからの連絡もする。
それにしても、連絡がつかない場合が多い。知らない番号を拒否しているのか、よしんば留守電に入れても反応がなかったり。
・・・文庫本に個人情報書き込むヤツもないか。
タイトルからミステリー小説らしい。
PCに必要事項を入力し、保管場所に置く。
落とし主は問い合わせてくるだろうか?
いや・・・
経験上、そういう読みかけの文庫本なんて、取りにきたためしがない。
雑多な拾得物の中に埋もれ、保管期限が過ぎると、ゴミとなって廃棄処分にされる。
落とし主は探すのをあきらめるのか・・・?
一冊の文庫本・・・。
やがて落とし主はその本を持っていたことさえ忘れるのか、
それとも、新しく買い直すのか。
もちろん、雑多な中の一つとして、山のように押し寄せる拾得物と遺失物の問い合わせと落とし主への返還作業に忙殺される時の落とし物係の記憶からは次の日には消えてしまう。
まして中を読みもしない本など、気に留めようもない。
今日も保管期限切れ物品の処分のため、倉庫へと向かう。
現金や財布、スマホや鍵類、カード類や個人情報のある書類など、貴重品になる物は決められた日に警察署に引き渡し、その後を警察に委ねる。食品類は食品衛生上、3ヶ月に関わらず消費期限に合わせて都度処分する。なので、そういった物がここに入れられることはないが、一般物となるもの、例えば実際の例では、
一度も袖を通されることなく値札のついたまま、お店の紙袋に包まれたままの衣類や、プレゼント包装品、傘、雑貨、おもちゃ、オムツ、トイレットペーパー、杖、果てはベビーカーや家から着て来たのではないか、帰りはどうしたのかと思わず心配になるようなまだ新しそうなダウンジャケットやオーバーコートの類まで、ありとあらゆる物が、落とし主に声をかけてもらうこともないまま、あるいは返還される予定が立っても結局取りに来なかった物など、「本当に忘れ去られた物たち」だけがここに眠っている。
そして発見された日からわずか3ヶ月間、命を長らえたあと、永遠の眠りにつく。
毎日の生活から出るゴミや、
都市や工場などから出る産業廃棄物、
それに加えて、人々から置いてきぼりを食らい、手もとに帰ることもできなかった物たちにとっての、思いもかけない一方的なゴミ化の宣告が積み重なる。
なぜ、人は落とし物や忘れ物をするのだろう・・・?
その物と結ぶ
自分の「持ち物」に関心が薄いからか?
「また買えばいい」
人々にそんな余裕があるからか?
謎は深まるばかりである。
そして、困ったことに、時に自分もその謎に取り込まれる。
所有物は追憶の彼方へ・・・ある落とし物係の社会的憂鬱 龍月小夜 @ryuuzuki1935
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