ふさわしき、ひやしを
サカモト
ふさわしき、ひやしを
冷蔵庫を、買いました。新品です。
屈強そうなら配送業者さんたち、ふたりに、台所へ運び込んでいただきました。この冷蔵庫が、ひとり暮らしを始めるこの部屋へ最初に届いた荷物となりました。他の荷物は、まだ、なにも届いていません。
他の引越しの荷物が届くまでの間、この部屋には冷蔵庫しかない状況です。まだなにもない部屋に、冷蔵庫だけがある光景は、まるで究極の断捨離達成をした感じを放っているようです。そして部屋に冷蔵庫だけあるだけでも、文明の呼吸を感じられます。
しかし、まもなく、この部屋には荷物が届き、冷蔵庫はこの部屋の主役ではなくなるのでしょう。このがらんとした空間で、この冷蔵庫が放つ、単独主演的な要素は失われ、存在感は希薄になり、埋没するのでしょう。
でも、この冷蔵庫は、今日、このとき、新しい生活開始において、最初にこの部屋に届いた荷物。いわば、この部屋の同期みたいなものです。今日という日を忘れないような、特別な何か、セレモニーをしてみたいところです。
まずは電源を入れます。コンセントを差し込む。
そうだ、コンセントはもう、配送業者さんが、運搬中破損していないかの確認のため、入れてしまった。
つまり、初電流開始の機会はもう、永遠に失われていました。いつの間にか、喪失です。
しかし、引越し荷物が届くまで、まだまだ、時間があります。引越し業者さんが来るまで、ここにとどまり、出迎える必要もあります。
この与えられた時間の中で、ふたたび考えました、はたして、この冷蔵庫に、最初に入れるべき、ふさわしいものは、何か。
そう、人類は、はじめて冷蔵庫を手に入れたその日そのとき、なにを冷やし、冷蔵庫と人類との歴史を開始したのか。
大上段に構えるような想像し、上段の冷蔵室の扉をあけると、冷蔵庫のつめたい息吹を感じました。明かりがつき、つるりとした乳白色のプラスチック空間に、なにもありません。
いえ、取扱い説明書と、なにかの小さな部品が入ったビニール袋があります。手に取ると、よく冷えています。
「もう、はじまっていた」
こうして、冷蔵庫との、心の関係も冷えて始まりました。
ふさわしき、ひやしを サカモト @gen-kaku
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