音と色と。

亥之子餅。

音と色と。

 冬の宵闇を蝋燭ろうそくのように照らす、微かな撞鐘つきがねの音が聞こえた。荘厳で静かな鐘の音だった。

 その響きは、薄雲がかった朧月おぼろづきよりもさらにおぼろげで、世界との境目が滲んでしまっていた。指の先から身体の芯までを低く揺らすが、その音が何を意味するか考える暇もなく、瞬く間に凍てついた空に融けだしていく。まだ余韻が続いているのか、はたまた既に静寂となっているのか曖昧になったとき、それを上から塗り替えるように、また同じ鐘の音が響いて空気を震わせる。


 そんな鐘の音も、108回目の輪郭を失った頃のことだ。


 この夜に不釣り合いなほど、煌々こうこうと光を撒き散らすコンビニの前で立ち尽くしていた。先刻買ったばかりのコーヒー缶で凍えた手を温めながら、駐車場で訳もなく空を仰いだのだが、思いのほか夜空というものは漆黒ではないことに気付いたのだった。混じり気の無い黒ではなく、どこか濃紺に近い色。私にはそれが、昼間の青天井の面影であるかのように感じられた。


 雲がかかれば鉛色、晴るる夜なら鉄紺てつこん色。ただ黒いのは私だけ。

 ————もう少し、鐘の音が続いていたならばよかったのに。


 移りゆく世に取り残されたような気がして、急に足元のアスファルトも冷たく感じた。心の行き着く場所を求めて、温くなったコーヒーを喉の奥に流し込む。


 私の心は、ちょっぴりほろ苦くて、仄暗い琥珀色になった。


<了>

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