破
魔法つかいからコントローラーをもらった次の日から、陽太の世界はガラリと変わった。
「おれもコントローラーをゲットしたから、ゲームやろうぜ!」
学校でそう声を上げると、「うおー陽太もついに買ったのか!」「じゃあ放課後オレの家に集合な!」「なんのゲームする? マリカー?」と陽太を囲うように友達が集まってくる。
陽太のコントローラーが変わった色をしていたこともそれに拍車をかけたようで、まさに注目の的だ。
すげえ……すげえ!
念願のゲームができるようになったことはもとより、自分がまるでテレビに出ている人気者になったみたいな、世界が自分を中心に回っているみたいな気分のおかげで、陽太の心は日に日に舞いあがっていく。
だが反比例するように、暴落していくものがあった――陽太の成績だ。
「ちょっと陽太! なにこの点数!」
ある日、陽太が家に帰ると母親の声がリビングに響き渡った。
「そこに座りなさい!」
有無を言わせない様子に、陽太はしぶしぶテーブルの席につく。机の引き出しに隠しておいた答案が、運悪くみつかってしまったようだった。
「今からこんな成績でどうするの! 2年後には中学生なのよ?」
その言葉を皮切りに、母親のお説教が始まる。陽太はそれを、うつむきながら黙って聞く。
たしかに最近勉強がおろそかになっていたのは事実だった。あのコントローラーをテレビ画面に向ければ、ゲーム機がなくてもゲームができる――という魔法つかいの説明は本当だったようで、実際にやってみるとテレビは自動で切り替わった。これまでゲームができなかったのを取り戻すように陽太は熱中した。
そして家で母親に見つからないようにゲームをするとなれば、どうしても家族が寝静まってからということになる。
結果として陽太は寝不足になり、授業中に居眠り、また夜中にはゲームをして寝不足、という負のスパイラルが完全にできあがっていた。
「このままじゃあ授業についていくのも――塾に入らないと――」
ああもう、早く終わってよ……。
「――塾はお金がかかるのよ――もうゲームなんて買えるわけないから――」
ひたすら続くお説教を聞きながら、陽太はポケットの中に隠し持ったコントローラーをぎゅっと握りしめた。今の陽太にとって、それはお守りであると同時に強力な武器のようだった。なにせ、自分はもうゲームができているのだ。今さらなんと言われたって、これがあればどうってことはない。
「――――、――――」
母親の言葉は完全に陽太の右耳から左耳へと突き抜けていた。
ええと、次はあのゲームをやって、それから。手持ちぶさたになった指でぐりぐりとスティックをいじりながら、ボタンをぽちぽちと押しながら、最後に『ぐにっ』とした感触が陽太の指に触れる。
すると次の瞬間、
「…………」
大雨のように陽太の頭に降り注いでいたお説教が、ピタリと止んだ。陽太は不思議に思って、おそるおそる顔を上げる。
「…………」
そこには、口を開けたままの母親。眉は吊り上がり、怒りの形相。だけどその状態のまま、ぴくりとも動かない。
「お母さん?」
「………………」
おそるおそる呼んでみるも、返事はない。それどころか、表情すら一切変わらない。
完全に、止まっていたのだ。身体全体が。
いや、それだけではなかった。壁にかけられた時計の秒針も微動だにしない。それが意味することは、たったひとつ。
「時間が、止まった……?」
陽太は信じられなかったが、試しに窓から外をのぞいてみるとそれは確信へと変わった。道路で車が、人が止まっていて、しんと静まりかえっていたからだ。
「もしかして、俺がこのボタンを押したから?」
右手に持ったコントローラー、その真ん中にある小さなボタン。陽太がさっき触れたのはこれだ。たしか、魔法つかいは言っていた。『スタートボタン』と。
「……」
陽太はごくり、とつばを飲み込んでから、もう一度そのボタンを押してみる。柔らかいゴムが皮膚にゆっくりと食い込んで、
窓の外の景色が、再び動き出した。
「あら……、ちょっと陽太! なにしてるの! 話は最後まで聞きなさい!」
同時に後ろからは陽太をしかる声。いつもなら顔をそむけたくなるそれを前に、陽太はじっと見つめて――ボタンを押した。
すると、
「こっちに戻りなさ…………」
ぶつ切りにされたみたいに、母親の声が、動きが止まる。さっきと同じように鬼の形相で静止していた。
そうまるで、テレビのリモコンの
「す……すっげえ……!」
音ひとつない空間で、陽太は感嘆を漏らした。
このボタンは、おれ以外を一時停止するボタンなんだ。それでもう一度押したら、一時停止は解除される。
「なんだよ、ゲームができるよりもっとすごいじゃん、このコントローラー」
きっと魔法つかいはこのボタンの効果を知らなかったから「押したらダメ」なんて言っていたんだ。知っていたらきっと俺になんてくれなかったに違いない。
陽太の身体はぶるりと震える。ゲームよりもずっとおもしろいおもちゃを手に入れた感動に。
どんなことに使ってみようかなあ。
つい数分前までは次にするゲームのことを考えていた陽太だったが、今やその思考はどこかへ飛んでいっていた。あるのは、無限のワクワク。
「っと、まずはいったん解除しないと」
その前に、母親のお説教を乗り切らないといけない。いつもは最悪の気分になるお説教。だけど今の陽太は、それを吹き飛ばすくらいの高揚感に満ちあふれていた。
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