PRESS "START" BUTTON

今福シノ

 夕日が影を伸ばす時間帯。陽太は小学校の帰り道をトボトボと歩いていた。


「あーあ、今日もゲームの話ばっかりかあ」


 陽太たち男子の間での最近の話題は新しいゲーム機、スイッチでもちきりだ。授業の間も、昼休みも。加えて今日は友達のひとりが「みんな俺の家でスイッチやろうぜ!」と声を上げ、陽太も流れでそれに続く形で家に遊びに行った。


 だが、陽太の手には肝心のスイッチがなかった。それどころか、ゲーム機はひとつも持っていなかった。

 何度もほしいと母親に懇願したが「今の成績ではダメ」の一点張り。友達との話についていけなくなると説得をするも「外で遊べばいいじゃない」と返ってくるだけ。


「おれもゲームほしいなあ」


 幸いにもスイッチを持っていないからといって仲間はずれにされることはなく、友達はたまにコントローラーを貸してくれる。だが、陽太にとっては気をつかわれているのが居たたまれなかった。グループの中心にいるのはいつだってゲームを持っている人間だ。陽太にその座が回ってくることは、今の状態では一生来ない。


「ゲーム、したいなあ」


 もう一度、何もない空間に向かって陽太はつぶやく。帰ってもう一度母親に頼みこんでみようか。いや、ダメだろう。これまでの会話の経験が陽太の心をしおらせる。


「せめて自分のコントローラーだけでもあったら……」


 それなら、何の気兼ねもなく友達に混ざって遊ぶことができるのに、


「あるよ? こんとろーらー」

「え?」


 陽太はびくりと背中を震わせた。ひとりごとのはずの自分の言葉に、なんと返事がきたのだ。


「あるよ?」


 もう一度聞こえてくる。目の前でも、背後でもなかった。その声は、陽太の足元――夕日のせいで身長の2倍くらいに伸びている影からだった。


「え、な、なにが……」

「こっちこっち」


 陽太の影は愉快そうにぐにゃりとゆがむ。彼にとっての左側、ちょうど曲がり角で暗がりになっている場所を指さした。


 そこには、若い女の人がいた。陽太の影のように、ずっと背の高い女の人が。


「やあ、陽太くん」

「な、なんでおれの名前」


 陽太は反射的にランドセルについた防犯ブザーに指をかける。変なやつ、ブザーを鳴らしてすぐに逃げよう。頭ではそうわかってるのに、なぜだか指は動いていなかった。


「わたしは魔法つかいだからね。なんでもわかるんだ」

「魔法、つかい?」


 言われてみれば、彼女は黒いローブに大きな三角の帽子をかぶっている。映画やアニメの魔法つかいがそのまま飛び出してきたようだ。


「そう、魔法つかい。だから、陽太くんがほしいものだってわかっちゃうの」


 にこり、そう笑いかけると、魔法つかいはローブの中から何かを取り出した。

 それは、


「あ、それスイッチのコントローラー!」


 瞬間、陽太の瞳がキラキラと輝く。目に映る細長いそれには、十字に並んだ4つのボタンとスティック。さっきまで友達が使っているのを見ていたのだ。見間違えるはずがない。


「ふふふ。これは特別なこんとろーらーなんだ」

「とくべつ?」

「実はね、ゲーム機がなくてもテレビの画面さえあれば遊べるんだ」

「マジで!? すげー!」

「もちろんふつうにつかうこともできるけどね」


 なんて万能な代物か。ということはこれさえあればスイッチの本体を母親にねだる必要もなくなる。しかも友達の家でもに持っていって遊ぶこともできる。魔法つかいの言うことが本当であれば、これほど今の陽太が心の底から欲しているものは他にない。


「これを、きみにあげるよ」

「え……いいの?」


 魔法つかいの提案に、陽太は心が跳ねるのがわかった。もらっていいの? これを? おれが?


「もちろん。魔法つかいは陽太くんの味方だよ。だからあげる、こんとろーらー」

「やった!」


 その言葉に陽太は勢いよく走りよって、彼女の手からそれを受け取る。

 コントローラーはくすんだ銀色をしていた。見たことのない色。こんな色のスイッチあったっけ。でも色違いなら友達にも自慢できるしいいや、と陽太は考えながらまじまじと見つめていると、


「ねえ魔法つかいさん。このボタンってなんなの?」


 ふと目についた真ん中の方にあるボタン。ゴム製で、他のものと違ってぶよぶよとした感触だ。

 たしか、スイッチにはこんなボタンなかったような気がするけど……


「それはね『スタートボタン』っていうの」

「スタートボタン?」


 初めて聞いた名前だった。どういう時に使うんだろう。スタートボタンっていうくらいだからゲームを始める時なんだろうか。


「いまは使われてないボタンだよ。あんまりき気にしなくていいよ」

「へえー」

「だけど、ぜったい押しちゃいけないよ?」

「え、なんで?」

「だって、ゲームするときに使わないボタンでしょ? だから、押さないようにね」

「ふうん……そうなんだ」


 陽太はなんだかよくわからなかったけど、コントローラーをくれた魔法つかいが言うんだから従った方がいいんだろう、とぼんやり考える。


「それから、これが特別なこんとろーらーだってことは、秘密だよ?」

「うん! わかった!」


 大きく頷く。そんなことよりも、陽太は早くこのコントローラーを使いたくて使いたくてうずうずしていた。


「約束を守れるなら、陽太くんの好きなように使っていいからね」

「ありがとう! 魔法つかいさん!」


 そう言うと、陽太は浮遊感のある足で彼女に背を向け、再び帰り道を歩く。さっきとは違って勇み足で。


 早く使ってみたい。いつ使おう。でも母親に見つからないようにしないといけない。

 いろんなことを考えながら家へと急ぐ。


 そんな陽太の影は、夕日の傾きに応じてすうぅっと、すうぅっと長ぁく伸びていった。

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