魔王様のこども食堂

さくらみお

第一話


 ある所に世界最恐と呼ばれた魔王様がいました。


 彼の業火ごうかの炎は形あるものを一瞬で焼き尽くし、彼の爪はどんな頑強がんきょうな肉も残酷に引き裂きます。


 とても強く傲慢ごうまんな魔王様は、気に入らない者はすぐに殺してしまいます。


 そんな魔王様に歯向かった者で生き残った者はいません。


 だから人間はもちろんのこと、魔族の臣下たちも気に入らない事があれば、すぐに殺されてしまいました。


 そんな非道な魔王様です。

 臣下たちも次第についていけなくなってしまいました。


 そして、ある日。


 ついに魔王様は独りぼっちになってしまいました。


 でも偏屈へんくつな魔王様ですから、それでも全然平気でした。むしろ誰もいない方が気楽で良いと思ったくらいです。


 魔王様はお城の奥に籠り、大量の蔵書を読んで長い年月の間、ずっと孤独に暮らしました。
















 ――やがて、長い年月が流れると、偏屈な魔王様にも少し変化が訪れました。


 誰かと話をしたいな……と思う夜もありました。

 少しは自分も悪いところがあったかもしれない、と思う日もありました。


 でも、とても意地っ張りなので、臣下たちに戻って来て欲しいなんて言えません。

 その気持ちは気の迷いだと自分に言い聞かせ、心の奥底にしまいこみました。


 この長い孤独の間にも、人間界からは何人もの戦いを挑む挑戦者がやって来きました。


 魔王様は恐ろしい力を持っていましたが、人間界をおびやかしたりはしていませんでした。

 むしろ道を歩くありんこ同様、どうでもよい存在でした。

 しかし、勝手に恐怖した人間たちは、何度も何度も魔王様に挑戦し、命を落としました。


 そんなある時、今までの中で一番地味で質素な鎧を身に着けた挑戦者がやって来ました。


 彼は魔王様をあっさりと倒し勇者になりました。


 全くこの世に悔いのない魔王様は、静かに死を待っていました。

 しかし勇者は魔王様を殺すことなく、自慢のエクボを魅せて言いました。




『君に頼みたい事がある』と。




 勇者は先ず、大きな魔王城の隣に小さな掘っ建て小屋を作りました。


 それから小屋の隣にケヤキを一本植えました。

 そのケヤキに人間界からワープが出来る『うろ』を作りました。


 気が付けば、白い三角巾に白い割烹着かっぽうぎを着て、その掘っ建て屋の前に佇んでいる魔王様。


 せっかく美男子に生まれたのに、恰好がとても残念です。


 勇者はそんな魔王の姿を上から下まで眺め、満足げに頷いて言いました。


「うんうん、いいねー! さあ、君は今日からここで『こども食堂』をして貰おうじゃないか!」


「……貴様、何を言っているのだ? 余は魔王だぞ?」


「へえ、魔王君、こども食堂を知っているんだね! ならば話は早い。食堂を経営していたシル婆さんを置いていくから、なんでも彼女に聞いてね!」


 勇者は一人の老婆を魔王の隣にちょこんと置くと「食材調達に王都へ行ってくるね」とケヤキのうろを通って行ってしまいました。



 突然のことで呆気あっけに取られていると、魔王の腰までしか背丈が無い小さなシル婆さんが魔王のすねを杖で殴りました。


「いたっ! 何をする?! 余は魔王だぞ!」


「こりゃお前! これから飲食店をするというのに、なんて頭と爪をしているんだ! 飲食店は衛生管理が第一なんじゃ。それと耳と首にジャラジャラつけた輪っかもなんじゃ! 取れい!」


 短気な魔王様はシル婆さんをさっそく殺したくなりましたが、勇者が殺意をもっている時は魔王の力を使えなくしてしまいました。


 なので、殺意ではシル婆さんを殺せません。


 しかもこのシル婆さん、若い頃は手練れの戦士だったのでしょうか。

 全く隙がありません。

 今の魔王様では倒せそうにない事だけは分かりました。


 魔王は渋々長い黒髪を一本結びにし、装飾品を外し、長く綺麗な爪をパッチンパッチンと切りました。シル婆さんはその姿を見て満足すると、二人はやっと掘っ建て小屋の中に入っていきました。


 勇者が作った食堂は、ヒノキづくりの温かみのある和風食堂でした。

 左側にカウンター席が八席。

 あとは一段上がった畳に六人掛けの長テーブルが三つ。小さな食堂です。


「今日は初日だ。子どもの好きな物を作るとしよう」


「苦しゅうない。始めろ」


 シル婆さんは魔王の頭を杖でフルスイングしました。


「お 前 が 作るんだ!」


 シル婆さんは魔王様にレシピを渡しました。それを渋々受け取り、驚愕きょうがくしました。


 何が書いてあるのか、全然分からないのです。


 オロオロする魔王様に、シル婆さんは教えてあげました。


「ケヤキこども食堂の記念すべき第一回目メニューは、子供の好きなメニューの定番中のド定番! 『カレーライス』と『花野菜サラダ』じゃ!」


「余は、そんなもの作ったことない故……!」


「だから私が教えるんだ!」


 ちょうどそこへ、食材を乗せた台車をひく勇者が帰って来ました。


「ただいま! 午後五時から開店オープン出来る様に頑張ろうねっ!」


「先ずは、野菜を洗うのじゃ!」


 厨房に場所を移した三人はさっそく野菜を洗い始めました。

 魔王様はレタスを洗えば粉々に、トマトを洗えばグジャグジャに。


 力加減を知りません。


 それを見た優しい勇者は「うーん、魔王君は野菜の切り込みをお願いしようかな」と、辛うじて生き残ったトマトを『くし切り』に切る様に言われました。


 魔王様はまな板の上にトマトを乗せると『くし刺し』にしました。


 上手く切れた、とニッコリしていると、シル婆さんが魔王様の頭を杖でノックしました。


「阿呆! 勇者はくし切りにしろと言ったのじゃ! お前はこんなトマトのサラダを見たことあるのかっ! 言われた事を何も考えずに手を動かすな、想像力を膨らませろ!」


 魔王様、まるで使えない新人バイトです。


 それからもビシバシとシル婆さんに指導されながら、なんとか野菜を全部切り、それからお肉を切ろうとしましたら……なんと大変です!


 お肉がありません。


「フフフ……肉の調達は余の最も得意分野! ミノタウロスが良いか? それともオークか? なんなりと望みを言えっ!」


「小屋の裏にお肉用の冷蔵庫あるから、牛肉ブロック持って来てー!」


「なんなりと望みを言え」と言った手前、魔王様はパシリとなって小屋の裏に肉を取りに行きました。

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