第二話


 魔王様は現状を(なんか面白くないな……)なんて思いながら冷蔵庫から肉を取り出していると、ケヤキの木の根っこ部分に子どもがうずくまっていました。


 クリクリとした短い赤毛をした、年齢は10歳くらいでしょうか。

 色白で鼻の周りにそばかすをつけた線が細い女の子です。


 ケヤキの『うろ』は王都と繋がっています。この小屋の周りだけ、勇者が聖域にして魔物が入らない様にしています。だから危なくはありませんが、たった一人で小さな子供がうずくまっているのが気になりました。


「おい、子供。そんな所で何をしている」


 女の子はジロリと魔王様を睨みつけました。

 短気な魔王様はそれだけで殺意が沸きましたが、前述通り、何も出来ません。

 よく見れば、女の子は薄汚れてボロボロに穴の開いた服を着ています。


「……勇者が、ここに来ればご飯くれるって言うから」


 女の子はそう言いました。


「ああ、今作っている。カレイライスだ。午後五時になったら、また来るがいい」

「はあ!? そんなに待てねーよ! この、ノロマ、グズ! 今すぐ、あるモンよこせ!!」


 魔王様は殺意が沸きましたが、以下略。


 婆さんには怒られ、少女に罵られて、魔王様のプライドは粉々ズタズタです。

 この牛肉ブロックでぶっ叩いてやろうかと思った時、


「おや、ツユじゃないか!」


 勇者と知り合いの様です。少女は勇者に言い寄りました。


「おい、何か食べモンよこせよ!」

「はいはい。……ほら、今はパンしかないけど、また夜に弟とおいで」


 ツユと呼ばれた少女は勇者から大きな丸パンをひったくるように奪うと、走って王都へと帰っていきました。

 その憎たらしい後ろ姿に、魔王様は怒り心頭です。



「……あの子の父親は、君に殺されたんだよ」


「なに?」


「僕が君を倒すまで、多くの挑戦者がやって来たと思う。その中の一人が彼女の父親なんだ。君を倒せなかった人間の末路は死んで終わり。でも最も悲惨なのは残された家族だ。あの子には母親が居ない。父親も亡くして、幼い弟と必死に王都のスラムで生きている」


「そんな事、余は知らぬ」


「そうだよね。ツユの父親だって自分で選んで君に挑んだんだから、自業自得だ。しかし、あの子たちには罪はない」


「そうだとしても、余には関係ない」


「まあ、そうなんだけどね……」



 勇者様は魔王様の肩をポンと叩くと「さ、続きをしよう」と促した。

 魔王様も関係ないと言いつつも、少しツユの事が引っ掛かりました。







 それからもシル婆さんのスパルタ指導の下、何とかカレーが出来上がってきました。


 魔王様は終始(辞めたい……)と思いながらも、完成品を味見するとその美味しさにビックリしました。


「美味である!!」


「はははー! そうでしょ! シル婆さんのカレーは王都の五つ星レストランに負けないよ!」


「しかし、甘すぎる。この香辛料を追加「止めろ!!」」


 唐辛子を入れようとした魔王様の服の襟を杖で押さえるシル婆さん。


「お前向けではない! 子供が食べるんだから、この甘さだ!」

「……余は、この供物が貰えないのか?」


「大人が食べる時は高〜いお代を頂くよ!」


 せっかく頑張って作ったのに他人あげるなんて、魔王様が生まれてこの方ありませんでした。


 そもそも頑張った記憶もありません。

 だから余計に悲しい気持ちになりました。


 その時、厨房に設置された鳩時計がオープンの5分前を示しています。


「魔王」


 シル婆さんは、魔王様に布を手渡しました。

 青い布は「暖簾のれん」でした。白字で『ケヤキこども食堂』と達筆な字で書かれています。


「お前が、これを差して来い。これがオープンの合図だ」


 魔王様はお店の玄関へ向かい引き戸を開けると……驚きました。


 そこにはたくさんの子供がいたのです。


 年齢は下は3歳くらい、上は成人に近いでしょうか?

 共通して身なりはあまりよくありません。

 魔王様が現れたことで、幼い子供ほど奇声を上げて歓迎しました。

 魔王様は淡々と暖簾のれんを設置されていた棒に通すと、子供たちは無遠慮に店の中に雪崩れ込んでいきました。ぼんやりとしていた魔王様は大きな子供に突き飛ばされて、転んでしまいました。


 またしても例の発作殺意が込み上げましたが、小さな手が魔王様の目の前に現れました。それは4~5歳くらいの少年でしょうか。クリクリの短い赤毛にまんまるの目をした可愛らしい子でした。


「おにいちゃん、だいじょうぶ?」


 差し出された手は、棒の様に細いものでした。

 魔王様は折ってしまいそうで、折ればきっとシル婆さんに怒られると思い、自力で起き上がりました。その少年の背後には昼間に来たツユが仏頂面でいました。


 とても容姿が似ています。

 きっとこの子が例の弟なんでしょう。

 姉と違って弟はとても素直そうな子供です。


 ツユが弟を引っ張って、ズンズンと食堂へ入っていきます。それに続いて中に入ると「遅いわ! 暖簾掛のれんがけに何分かかっている! 早く運べ!」とシル婆さんにサラダが乗ったトレイを渡されました。

 子供たちは「まだー?」「早くー!」と席に座って待ちわびています。


 それから魔王様は再び働きました。


 サラダを運び、カレーを運び、お冷が無くなれば補充し、食べ終えた食器を下膳、その合間にカレーを零したり、慌てて食べて吐いた子のお世話などなど。

 とにかく目の回る忙しさです。


 第一陣の子供たちが食べ終わると第二陣がやって来て、同じことの繰り返しです。

 やがて第三陣の頃になると、魔王様も少し対応に慣れてきて、子供たちの事を良く見る事が出来ました。


 みんな、とても嬉しそうなのです。


 食べる前はあんなに憎たらしくてうるさかった子供たちもカレーライスが目の前に来ると無言で一気に平らげます。

 中には「美味しい、美味しい」と何度も言う子もいます。

 そして食べ終わった後「すっげー美味しかったー!」「お兄ちゃん、また作ってー!」と大満足して帰っていきます。



 褒められると魔王様も満更ではありません。



 全食すべて無くなり、無事に一日目が終わると、魔王様は疲労と充足感で満たされていました。

 暖簾のれんを片付けに外に出ると、例のツユの弟がケヤキの木に座っていました。魔王様を見ると駆けてきました。


「おにいちゃん!」


 ツユの弟は手を出せと言いました。魔王様は言われるままに手を差し出しました。

 すると、そこにはまるい小石がありました。


「まるいでしょ? 僕の『たらかもの』! あげる!」


「……『たらかもの』とはなんだ?」


「『たらかもの』だよ!」


 長く生きている博学の魔王様でもよく分かりませんでしたが、素直に貰っておく事にしました。

 それから「ずうっと続くといいなあ」と弟は言いました。

 その時、ケヤキのうろからツユがやって来ました。


「タロ、こんな所に!! 早く、ご主人が怒っている!!」

「あ……おにいちゃん、ばいばい!」


 姉弟はうろの中に消えて行きました。

 するといつの間にか隣に勇者が居ました。


「あの姉弟は、プディング伯爵の所で下働きをしているんだ。……あの子たちの父親が、伯爵に生前に借金していてね」


 その話を聞いただけで鈍感な魔王様でさえ、なんだか嫌な予感がしました。


「あの子の腕をみたか? あれは、ちゃんとした食事を貰っている腕ではない」


「……僕だって救いたいよ。でも僕が出来るのは剣を振ることと、こうして彼らが時折でもたらふく食べて貰える様にこども食堂小細工をするだけなんだ。君を倒せば、僕の立場や権威も何か変わるかもしれない、と思ったけれど……。結局は君を倒したって……元から貴族じゃない僕は子供一人だって救えていない、ただの無力な人間なんだ」



「……お前、倒す相手を間違ったな」



「あはは! 君に言われるとは思わなかった!」



 勇者は「……うん」と自分の言葉を反芻すると、


「魔王君、僕のエゴに付き合ってくれて本当にありがとう。明日からも頼むよ!」


 魔王様は「嫌だ」と言えず、むしろ、あの子たちのために何かしてやりたい気持ちになりました。


 この初めての気持ち。

 なんだろうと魔王様は首を傾げるばかりでした。

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