第三話


 翌日からも、魔王様はシル婆さんに怒られながらもご飯を作りました。


 ハンバーグや唐揚げ、コロッケなど。

 子供が大好きなメニューを栄養バランスを考えて作りました。


 子供たちは毎日午後五時になるとケヤキのうろを越えてやって来ました。

 しかし、やって来る子どもは毎日様々でした。毎日来れる子は少ないものでした。


 以前は王都にもこども食堂はありました。


 しかし、勇者の作ったこども食堂を「偽善ぎぜん奉仕ほうし」「我々への当てつけか」と王都の貴族がそれを妨害したのです。だから勇者は魔王城に新しく食堂を作りました。


 更に奴隷の子供たちには仕事があります。その仕事の合間を主人の目をすり抜けてこの食堂に来るのは彼らにとって、とてもとても大変な事なのです。


 ツユたち姉弟も大体三日おきくらいに顔を出しました。

 相変わらず姉のツユは無愛想で、弟のタロは魔王様に懐いています。


「おにいちゃん、お魚美味しかったー!」

「ぼくね、シチューが大好き!」

「コロッケご馳走さま! これあげる!」


 タロはいつもご飯の感想を言い、それから石をくれます。


『たらかもの』だと言って。


 魔王様は人に何かをあげる時の言葉だと理解しました。


 魔王様はちっとも石には興味ありませんが、なんだか捨てる気になれなくて、食堂の出窓に一つずつ並べて置きました。

 

 シル婆さんの計らいで空色のマットの上に置けば、素敵な飾り物になりました。







 一か月も働くと、魔王様もサマになって来ました。


 時間はかかりますが、言われた様に野菜も切れる様になったし、簡単な炒め物も任される様になりました。


 その日はシル婆さんと一緒にパンを作りました。

 パンをまるく成形していると、ふと、ツユ達の事を思い出しました。

 そういえば、ここ一週間ほど来ていないのです。


「おい勇者。あの赤毛の姉弟を最近見かけないが、どうしたのだ?」


「ああ、ツユ達? いや、僕も分からないけれど……確かに最近来ていないね。明日、プディング伯爵の所に剣術稽古に行く約束があるから、様子を見て来るよ」




「…………勇者、頼みがある」







 ◆







 翌日、プディング伯爵のお屋敷の前には黒髪を一つに束ね、さっぱりした服と胸当てだけをした精悍な青年が立っていました。


 そうです。

 この青年、魔王様です。


 魔王様は勇者に無理を言って、剣術の先生を代わって貰いました。


 勇者からの紹介状を見るとプディング伯爵家の門番はあっさりと入れてくれました。


 皮肉にも魔王様が倒されて、この王都には敵がいないので全く警戒心が無いのです。


 伯爵のお屋敷はそれはそれは、とても立派でした。たくさんの使用人が居て、綺麗な黒服やメイド服を着た人々がいました。


 しかし、みんな大人であり、子供のツユやタロはいません。


 それから魔王様はバラの咲き乱れる中庭で、豚の様な人間に剣術を教えました。

 毎日贅沢品ばかり食べて暮らすプディング伯爵です。

 すぐにブヒブヒ言って倒れてしまいました。

 魔王様も腐っても魔王なので、剣術も出来るのです。

 伯爵が倒れて気絶したので、魔王様はツユとタロを探す事にしました。




 裏庭に回ると、そこには子供が数人いました。

 みんな小汚い恰好をした、ガリガリの子供たちです。幼いながらも野菜を運んだり、水を汲んだりと忙しく仕事をしています。


 その中に魔王様はタロを見つけました。


 タロも大きなミルク壺を運んでいました。

 しかし、持ちにくい上に重いのでしょう。よろけて転ぶとミルクが床に盛大に零れました。すると背後からむちを持った大人がタロの元へとやって来ました。

 そしてタロに鞭を振り上げたのです。

 それを妨害したのは、背後から大人にタックルしたツユです。


 大人は怒り、ツユを突き飛ばしました。そしてツユに鞭を振り上げた時――、




 ――魔王様はどうして自分がそんな行動をしたのか、分かりませんでしたが。


 ただ、気が付けば片手で鞭を受け止め、ツユを抱き上げていました。



「な、なんだ、お前!?」



 鞭を持つ大人が突然現れた魔王様に驚いています。


 ツユとタロも驚き、言葉も出ません。

 もしかしたら魔王様だと気が付いていないのかもしれません。


 魔王様はなんだか腹が立って、殺してしまおうかと思いましたが、勇者との約束で、伯爵家では怪我人や死人を出さない様に言われていました。


 魔王様は目にも止まらぬ速さで大人の後ろ首をトンと打ち込めば、気絶して倒れてしまいました。


 それを見た周囲の子供たちは目を輝かせてワッと集まって来て、魔王様の行いを喜びました。


 魔王様はすっくと立ちあがると、まだ茫然ぼうぜんとしているツユとタロに、紙袋を手渡しました。


「……『たらかもの』だ」


 魔王様は紙袋をツユの手に落とすと、気絶した大人を背負い、食堂に戻る事にしました。

 大人は帰る途中の王都の路地に捨てて置きました。












 残されたツユは、その受け取った紙袋を開けました。中にはたくさんの焼きたてパンが入っていました。


 あの青年が誰なのか分からなかったツユとタロも、初めて魔王様だと気が付きました。

 パンは伯爵家で働く奴隷の子供たちと分け合いました。


 パンはシル婆さんの味がしました。

 焦げている部分は、魔王様の味がしました。


 その焦げている部分も美味しいね、とタロが言うので、ツユも小さく「……そうだね」と呟きました。








 魔王様はどうにかして、あの子たちを救いたいと思いました。


 いっそのこと、貴族たちを業火ごうかの炎で焼き尽くしてしまえばいいと思いましたが、今の魔王様にはその力はありませんし、きっとみんなが喜ぶ方法ではありません。



 ツユ達の元から帰ってきた魔王様の顔を見て、勇者はうれいた表情を見せました。


「……勇者、余は無力だ! 子どもたちを本当の意味で助ける事が出来ない……!」


「いや。君は助けられる」


 勇者はきっぱりと言いました。


「余は貴様に勝てない、飯も作れぬ男だぞ?」

「……僕と君。決定的に違う所がある」


 すると、勇者はスッと天を指差しました。


「君には『これ』がある」


「!!」


「『魔王』として、君は、あの子たちに『与えることが出来るもの』がある」


「……なるほどな!」


 魔王様はニヤリと笑いました。

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