On your marks(位置について)

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Set(用意)


「GO!」


 勝也あいつと走って勝負するときは、いつも俺が合図をしていた。

 幼馴染でライバル。そんな俺達の間で決めていたルール。


 “負けた方がスタートの合図をする”


 理屈や理由はどうでもいい。

 とにかく負けた方が次回の競争でスタートを宣言する。


 そして、俺は――――


「ははっ、またオレの勝ちだな!」


 ムカつくぐらいに、最後の合図をしっぱなしだった。


 勝也は、とにかく足が速かったのだ。

 速い奴は凄い。速い奴は偉い。速い奴は上だ。

 この考えはいつまでも根強く残っており、それは今でも変わらない。


 いつまでも勝てない俺は、悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて。


 もうこんな気持ちに二度となるものか!!

 強く吠えながら、ライバルに挑み続けた。


 何度も何度も。

 保育園を出て、小学生になっても。

 中学生になってから部活に入って真剣に“走り”に取り組んだ時も。

 

「またオレの勝ちだな!」


 とても楽しそうに言い放つ勝也あいつに勝つために。

 俺の前で背中を見せる勝也に並んで、最後は追い抜くために。


 いつか『今回は俺の勝ちだぞ!』と、最高にスカッとした気分で口にするためにだ。ソレだけが俺の望みであり願いだった。



 ◇◇◇



 かくして、現在の俺は競技場のレーン横にあるベンチに待機している。

 集中力を高めるために耳に付けているのは、愛用のイヤホンだ。


 勝負前の大事な時に、勝也あいつが声をかけてきた。


「よっ。調子はどうだ?」


 俺は無言でスルーする。


「いやー、まさかお前が土壇場になってタイム伸ばしまくるなんてなぁ。あんなの見た事ないし知らない前代未聞だって、周りが言ってたぞ」


「……知ってるぜ」


 同じ部活の連中やクラスメートなのだ。聞こえない方が無理がある。 


「――でも、オレは知ってた」

「…………」

「お前ががむしゃらになって、誰よりも速く走れるようになろうとしてるのを知ってたぞ。オレと一緒に走りたくて、勝負したくて、死にもの狂いで頑張ってるんだって判ってる」


 その言葉に淀みは無かった。心の底からそう思っているのだと伝わるような、カラッと晴れて澄みきった青空を彷彿とさせる声色。


 勝也は時折、本当にムカつかせるのが上手い。

 なんだお前? 俺のおかんかおとんか?

 はたまた恋人か? ありありと浮かぶ「わかってますから」面が憎らしい。


「言っとくけどな。オレもずっと待ってたんだぞ! 一緒に走るだけなのにいつまで待たせるんだって思った。――だから、勝負ができる日を楽しみにしてて、その日が来たことが嬉しかった」


「そういうのは、思ってても口にするな」


 惨めになる。

 俺はどれだけ勝也をヤキモキさせたのかと。


「で、だ……。いよいよ持って、待ちに待った時が来たわけなんだけどさ」

「…………」

「勝負の前に、先に言いたいことがある」


 俺はわざとらしく背けていた顔を上げた。





『悪いな』




『俺の不戦勝だ』





 勝也の声はとても近くから聞こえるのに、目の前に当の本人はいなかった。

 当然の話だ。


 勝也あいつは、この競技場には“いない”のだから。


 今頃は病院のベッドでおねんね中。全く馬鹿な奴だ。

 とても楽しみにしていた大事なレースの前に、足の怪我なんてしやがって。

 俺なら死にたくなるに違いない。


『そう、不戦勝だ!』


 沈んだ空気から一転して笑い声が響く。

 声が響く元凶たるイヤホンを外しそうになった。


『残念だったな! 勝負はお預けになる? そんなわけないだろう!!』

「…………ぉぃ」


『勝負が出来ない以上、既に何回も大会で走ったタイムを持ってる俺の勝ちでーす!経験者は語る、覆すことの出来ない差がソコにはあるのだハーーーッハッハッハ♪」 

「…………」


 なんだコイツは。

 わざわざ人伝で音声を渡されたから聞いてみたらコレだ。素直な応援のひとつも出来ないのだろうか。

 もういい。切ろう。


 スイッチをOFFにするため指を動かす。

 ……続きが耳に入った。


『残念だ』

『……本当に、残念だよ』

 

 俺の指が止まった。


『あまりにも残念過ぎるから、お前に一個だけ勝ち方を教えてやる』


 この瞬間、集中力が一気に増す。




『抜け』

『追い抜け』


 短いふたつの言葉。

 とても単純で簡単な、けれど一度も成し遂げられなかったもの。

 わざわざ教えてくる数字の羅列は、勝也のベストタイムだ。


『それが出来たら不戦勝にはならない』

『素直に、次のスタート合図はオレがしてやるさ』


「……何言ってんだバカやろう」


 思わず、罵声が漏れた。

 てっきり覚えてもいないと思っていたのに、今更……いや、お前もずっと。


 

 ――念のためにセットしていたタイマーの電子音が鳴る。

 いよいよレースが始まる。


 勝也の姿は無い。

 だが、その存在感は無駄に大きいぐらい傍にあった。


 まったく捻くれたエールだ。

 俺と同じで全然素直じゃない。

 ……おかげで、より気合は入ったけどな。


『On your marks(位置について)?』


 イラホンから前を行った者の特権が届く。

 何度も聞いてきた、勝負の前口上。


『Set(用意)』


 ならば。

 お言葉に甘えて、最後の宣言をさせて貰おうじゃないか。




 さあ、スタートだ。




 




おしまい

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