黒くて、長くて、重いもの
今卓&
黒くて、長くて、重いもの
丸いもの
何だろ・・・これ、
黒くて、丸くて、重いものがポケットに入っていた、
誰かのイタズラ?いじめ?
下校の声に背中を押されつつピンク色のランドセルを背負った少女は手にした何かに視線を落す、
黒い、そして、重い、さらに丸い、
泥団子?
そう思って歩道に投げつけてみた、
それは少し弾んで静止した、
割れない、泥団子なら割れるはず、
少女は軽く飛び跳ねそれを拾った、
それには傷は無い、なんとなく良かったと思った、
良く見ると端が剥がれていた、
少女はその端を捲ってみた、どこまでもどこまでも捲れた、
長いものだ、
それは黒くて長くて重いものだった、
ゴム?金属?
少女はいよいよもってそれが何なのか分らなくなった、
だからそれを弄りつつ足を動かす、とっくに見飽きた下校風景を目の端に流しそれを両手で玩んでしまう、
左手に巻きつけてみた、
何かカッコイイ、
腰に巻いてみた、
ベルトみたい、
それから、それから、
黒い鉢巻、今一つ・・・、
憧れの包帯、黒いけど、
なら眼帯、これはカッコイイ、
タスキ、選挙だ選挙、
少女は少女の思い付くまま何かでその身を装って楽し気に歩を進める、
ふと我に返った、少女はそれをぐにゃぐにゃにまとめて両手に持つと、
匂いを嗅いでみた、特に何の匂いもしなかった、
衣服を見た、汚れている所は無いと思う、何度か腕とか裾とか確認して怒られる事はなさそうだとホッとした、
そしてそれを見る、
さて、これは何なのだろう?
とりあえず再び丸めてみた、小さな両手で適当に形付ける、ポケットに入っていた状態よりも心持ち大きくなっているようだ、
何故これがポケットに?
少女は再び疑問に思う、やっぱりイジメ?同じクラスの同級生の顔が幾つか脳裏に浮かんだ、しかし、その顔であればこんな良く分からない物を手にしたら大騒ぎしているはず・・・、
つまり心当たりが無い、どこかで拾ったかなと思うも思い出せない、
困った・・・なんだろう?
少女が顔を上げるとそこは見慣れない道端であった、
あっ、
と声を上げてしまう、いつもの下校の道を大きく外れていた、そこは大きなスーパーマーケットと商店街の融合した一角、少女は慌てて振り返る、来た道を戻るべきと思ったが、もう少し歩いてみたいなとも思った、
そして、
少女はまっすぐその道を歩く、知らない道では無い、見慣れないと思ったがそれは下校の道ではなないからだ、お使いを頼まれて良く歩く道である、コンビニもある、車の通行もある、いつもと違うのはランドセルを背負っている事、下校の道と違う事、ただそれだけで、この道を見慣れない道だと思ってしまった、
そして、もう一つ、この黒くて長くて重いもの・・・、
少女は再びそれを見つめた、自然と足が動き出す、
さて、これは一体なんだろう、
少女は再び悩みだす、
ゴムかと思ったけど匂いが違う、
金属なのかと思ったけど、金属はこんなに柔らかくないはず・・・、
では、なんだろう・・・、
少女はテクテクと歩きながら思考する、
左手でランドセルの肩ひもを掴み、右手のひらでコロコロとそれを弄ぶ、重いのだが重いと感じない、不思議な感覚、
ビニールテープではない、
ゴム紐でもない、
ロープ・・・でもない・・・、
他に思い付く長いもの・・・、
少女はうーんと悩む、
ゴムホース、
ビニールテープはやっぱり違う、
毛糸玉・・・、
糸?、
結局良く分からなかった、少女は疲れたなと思って足を止めた、顔を上げると海である、いつの間にやら岸壁を歩いていた、海風が若干のぬめりを伴って顔を撫でる、穏やかに広がる水面に小さな小山が折り重なって見えた、そしてそれもまた黒かった、
こんな所まで来てしまった、大通りをまっすぐ歩いただけなのに、
少女はどうしたものかと途方にくれた、別に怒られる事は無いがここまで歩いたのに、これが何なのか分らない、それが悔しいと思ってしまった、
誰かに聞こうかなと思う、
が誰もいない、
困った・・・、
少女はそれを見つめる、それは独特の重みを右手に伝えるだけで沈黙している、何かを言われたらそれはそれで怖いんだろうなと思う、
困った・・・、
少女は顔を上げた、取り合えず戻ろうと思い振り返る、そこにはいつもの大通りの道がまっすぐに伸びていた、たぶん初めて見る光景である、
わっ、なんかカッコイイ・・・、
少女は思わず微笑んだ、
テレビで見た事がある、写真で見た事もあったはず、少女の小さな憧れである、
すごいな・・・あったんだ・・・この町にも・・・、
北海道には延々と続く道路があるらしい、アメリカという遠い国にも地平線に飲み込まれるほど長い直線道路があるらしい、そして、少女の眼前にはまさに少女が憧れていた吸い込まれるような直線の道があった、
えへへ、嬉しいな・・・、
この小さな町にもこんな場所があったなんて、
と少女はその光景に見惚れてしまう、秋のゆるやかな日差しに優しく包まれ、少女は暫しその光景を堪能した、
あっ・・・
気付けば右手が軽かった、
エッ・・・
慌てて周囲を見渡すと、それはコロコロと自転して海に向かっている、
エッ?、
少女は思わず呟いた、
動けたの?、
そんなはずは無いと思うが、どうやらそれは動いている、少なくとも少女は投げ捨てるような事はしていない、故に勝手に動いていると少女は判断した、
そして、それはフッと姿を消した、岸壁から海に落ちたのだ、
アッ・・・、
少女はやばいかなと思う、誰かに見られていたらゴミを投げ捨てたようなものだ、怒られるかなと思ってキョロキョロするが誰もいない、と思う、
「あー、どうしようかな」
少女は初めて意識して口を開いた、若干掠れたその声は海風に簡単に流されて消えた、
暫し少女はそのまま海を眺める、一人で海を見たのは初めてであった、少し怖いなと思う、こんなに海に近い所に住んでいるのに、遠くから眺める事はあっても近寄る事はまず無かった、
仕方ない、帰ろう
少女はやっと振り返り、スタスタと来た道を戻る、憧れの光景の中を少女は清々しい気持ちであった、そして思う、
きっとあれは海に出たかったんだ、
だからポケットに入っていたんだ、
という事はここまで操られたのかな、
漫画みたいだ、
ちょっと怖いけどすんごい楽しかった、
だとしたらあれは何かの卵かも、
ふふっ、明日になったら変な生き物が大量発生して襲われるんだ、
そしたらどこに逃げるのかな、
山の方かなやっぱり、
家は高台だから逃げなくても大丈夫かな、
じえいたいが来たりして、
ヘリとか乗せてくれるかな、
乗ってみたいなヘリ、うるさそうだけど、
その前に変身できたりして、
君だけは守ってあげるとか、
あれが助けに来るのか・・・可愛くないな・・・可愛かったら受け入れてあげよう、
えへへ、そしたら何て呼ばれるんだろう、ちょっと楽しみ、かっこかわいいのがいいな・・・えへへ、
それと、それと、
少女の妄想は加速する、
どうやらあれは少女に想像の楽しさを残していったらしい、小さな少女が思考の深淵の淵に立ち、蠢く混沌を覗き込んだ切っ掛けであり始まりであった、
そして、
結局あれは何だかわからない、きっと誰にもわからない、
それが少女の出した小さな優越感に浸った熟考の末の幻のような取るに足りない結論であった。
黒くて、長くて、重いもの 今卓& @kontaku
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