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「チェリーただいまぁっです!」レイは帰宅するなり、チェリーの首に飛びついた。チェリーはレイの母親が研究所で開発した白い犬の形をした防犯システムだ。大きさの変更が可能で、今は大型犬サイズになっている。

「おかえりなさい。レイちゃん。」チェリーは簡単な会話も可能だ。自律型なので、ある程度、考えて行動することもできる。まさに画期的な番犬である。命令の入力や大きさの変更などは自分の魔力を込めることで行える。家族全員の魔力を登録しておけば、家族以外の人物を排除したり、周囲の人間がとる行動を分析して不審者なのか、悪意のある人物なのかも判定したりすることができる。

この世界では魔法と工学が両方とも発達しており、魔法工学として、生活用品から国土防衛まで、様々な分野で活用されている。

レイの母は王立研究所の魔法工学部で魔力の注入により大きさを変える物質の研究をしている。それを応用したのがCHanging the shape of Elements and Resist the enemY=CHERYだ。多少、無理のあるネーミングではあるが、かつて、母親が飼っていた愛犬の名前を付けるためにこじつけた。Rが一つ足りないのは、どうしても入れられなかったというのもあるし、初代に対する敬意でもある。唯一無二の存在だったから。

「チェリー、お留守番、ありがとう。何か変わったことはなかったかい?」と父親が尋ねた。

「お出かけになってからお帰りになるまでに通信が3件、荷物の配送が1件ありました。訪問者や侵入者はありませんでした。荷物は配送ボックスから取り出して、所定の位置に運びました。」

「ありがとう。チェリー。助かるよ。」

「お役に立ててうれしいです。これからもお手伝いをがんばります。」流暢でやや温かみのある低い女性の声で答える。

「チェリーは良い子ね。」母親も嬉しそうだ。それは、システムが正確に稼働しているというだけではないだろう。そして、そっと撫でると背中をポンと一回、軽く叩く。チェリーは中型犬サイズになると、部屋の隅にある専用ベッドで体を丸め、ジッと動かなくなった。ベッドには魔石が仕込まれており、魔力が充填できるようになっているのだ。

「チェリーと遊びたかったのに。」とレイはちょっと頬を膨らませて不満そうだ。

「チェリーは、僕たちが出かけている間にいっぱい働いていたんだよ。少し休ませてあげようね。その代わり、お父さんがレイと遊んであげよう。」

「お父様、そうしたら、レイにお札の書き方を教えてくださいな。」とレイは父親の腕にしがみついて、甘ったれた声でせがんだ。父親の顔が緩む。しかし、「レイにはまだ早いんじゃないかなぁ?魔法の基礎を学んでからでないと、お札を使った魔術は上手く作動しないよ。」と、軽くかわされてしまった。「その代わりといってはなんだけれど、今日はレイにプレゼントがあるんだ。入学のお祝いだよ。」と父親は壁を叩く。すると壁の一部が開き、中から手に収まるような小さな箱が現れた。これは最近開発された最新式の収納で、壁の一部がいわゆるマジックバックのような状態になっており、登録者だけが開けられるようになっている。

「わぁい、お父様。ありがとうございますです。開けて中を見てもいいですか?」とレイは父親の顔を見上げる。

「もちろん。今日はこれを使って一緒に遊ぼうね。さあ、開けてごらん。」と父親は何か企んでいるような、ワクワクした顔でレイを即す。レイもドキドキしながら、小さな箱の蓋を開けると、そこには1セットのカードが納まっていた。

「カード?ですか?これはどうやって遊ぶものなのですか?」とレイは取り出したカードを広げてジッと見つめた。カードの1枚1枚には、それぞれ異なる人物や道具、家や風景などが描かれている。とても美しい絵だが、どうやって遊ぶものなのか、レイには皆目見当がつかなかった。

「それはね、遊び方に特別な決まりはないんだよ。」と父親は戸惑うレイからカードを受け取ると、束を半分に分け、半分をレイに返した。

「決まりはないんですか?」

「そう。決まりはないよ。自分で遊び方を考えるんだ。」と言いながら父親はカードを床に並べ始めた。

「例えば、こう。家のカードを並べて町を作ろう。」と赤い屋根の家が描かれたカードと青い屋根の家のカードを並べる。更に父親はそのそばに農場と牧場のカードを置く。すると4枚のカードは輝きながら消失し、代わりに、そこにはミニチュアの農村が現れた。

「わっ!すごいです。ちっちゃな村ができました!」とレイは手を叩いて喜ぶ。それを愛おしそうに眺めながら更に父親が続けた。「レイも、やってみてごらん。」

「うーんと…うーんとぉ。じゃあ、レイはこれと、これで」とアヒルのカードと池のカードを重ねた。すると、アヒルの泳ぐ池が現れた。

「わーい!アヒルさんのお池ですぅ!やったーあっ!」とレイは大喜びで、次々と色々な建物や街並みを作っていった。更にそこに人物のカードを配置すると、人形のような小さな人々が働きはじめた。そうして、母親に呼ばれるまで二人は没頭してミニチュアの街を作りつづけていた。


9時過ぎ。レイはやっと就寝した。大泣きして腫れあがった目元を、心配そうに見つめるチェリーが肉球で冷やしていた。温度調節が可能で、温かくすれば両親の眼精疲労を解消する効果もあるのだ。

あれから昼食を食べた後も、一人で遊びの続きに熱中し、床一杯に大きな街を作ったレイは、夕飯後も更に続きに取り掛かろうとしたが、とうとう、最後にお片付けで全てをカードに戻す時は、そうとうグズったのだった。

「…ねえ、あなた。レイはあのカードがすっかり気に入ったみたいね。」と母親は食卓でお茶を飲みながら、ソファーでボーっと業界紙に目を通している父親に語り掛けた。

「…ああ、そうだね。ちょっとハマり過ぎたかな。しまったな…。まさか最初からあそこまでできるとは。」と開発者兼カード名人(自称)の父親は不安げな表情を見せた。

「あのカードは魔力を増幅させ、特定の方向に整える効果があるだけで、実際にあの町を作ったり、動かしているのはあの子の能力だってことに気が付くのは何時かしら?」と母親は嬉しそうな、困ったような顔で父親を見つめた。

「しばらくは、ただ遊んでいるだけでいい。そのうち、多すぎる魔力を上手くコントロールできるようになれる。そのために作ったのだから。」

「上手くカードを扱えるようになれば、そのうち自分でもカードを作れるようになるし、お札をつかった呪術を習得するのもスムーズにいける。俺みたいに山籠もりをしたり、滝に打たれたりせずに済むんだ。」と父親はかつての修行の日々を思い出して遠い目をした。

「あら、何を言ってるのかしら?あの子は私みたいに魔法工学の技術者になるかもしれないし、もっと違うものにもなるかもしれないわ。あの子の自由を奪って、未来を限定するようなことはしたくないわ。」と母親が悪戯っぽく笑う。それでも、心の中では二人とも同じ事を考えていた。「何にでもなれるように、色々な事をさせてあげよう。」中身が空っぽの何もない状態では、自由にはなれないから。





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召喚!カルタナイト 永田電磁郎 @denjiroonagata

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