気になるあの子とはじめる「むずゲー」攻略日誌

渡貫とゐち

気になるあの子とレトロゲーム


「きたよ」

「……おう。あ、それお菓子……悪いな、わざわざ買ってきてくれたのか? うちにもストックがあったんだけどな……」


「じゃあそれを先に言いなさいよ。でも、どうせしょっぱいのばかりで甘いものはないんでしょう? わたしが選べば、しょっぱい味と甘い味、どちらも買ってきたからね――気が利く良い女でしょう?」

「自分で言うのか、それ……。残念ながら甘いお菓子も常備してるんだな、これが。――どちらかと言うと甘い方が多いかもな」


「え、なんで?」

「は? いや、単純におれが好きなだけだぞ?」

「え、キモ……ううん、珍しいね」


「キモイって言いかけたよな? というかほぼ言ってたよな!? ……いいけどさ……って、いつまでここで喋ってんだ、玄関で長い立ち話は母さんだけでいいって――ほら、上がれよ」


「……誰もいないの?」

「親は仕事。姉は遊びにいってる。もう何日も帰ってきていないから……大学生活、満喫中だろうな。というか誰もいないからこの日をOKしたんだ……いたら言わないし、きたら追い返してる」


 中学校は創立記念日で休みだ。つまり平日でありながらおれたちだけが休日である……、家の前では配達員が東奔西走していた。いつも忙しそうだ。おれたちが便利だからって気軽にぽちぽち頼むから……。


「じゃあ上がるからね。おじゃましまーす!」

「……おう、いらっしゃい……?」


 友達を家に入れたことはあるけど、女の子をひとりだけ家に入れる経験は初めてだ。なんと言って迎えればいいのか……男友達と同じ感じでいいのだろうか……?


「へえ、ちゃんと掃除してるんだ?」

「共有の廊下なんだから母さんがしてるわ。おいやめろ、埃を取るな見せびらかしてくるな!! お前は嫌味な姑か!!」


「どうせイメージでしょう?」

「そうだけど……」


 本当にそんな姑がいるのかどうかは分からない。少なくともうちは違うのだから、身近に当てはまる人はいなかった。完全にドラマのイメージを引きずっている。


「お土産はキッチンに置く? それとも二階に持っていく?」

「置いておこう。後でおやつの時間になった時に食べればいいし」

「おっけー」


 とたた、と走ってキッチンへ向かった。勝手知ったる我が家のように、迷うことなく彼女がキッチンへ向かったのは、知っているからだ。彼女がうちにきたのは二度目である……初めては一週間前、その時は大人数の中のひとりだった。


 男女が混ざった大所帯でうちにやってきたのは、面白そうだから、という悪ノリだったのだ。アポなしで訪問してきて、ちょうど親も姉もいなかったから家に上げてみれば、空き巣以上に部屋を荒らしていきやがった。

 で、あいつらは結局、荒らした現状を元に戻さないまま、別の友達に呼ばれて出ていってしまったし……せっかく「一日ゲーム三昧だ!」って決めていた日だったのに、楽しいところで水を差された気分だった。

 セーブもしないままゲームの電源を落とされるし、数時間の努力が水の泡になった時、こいつらマジで殴ってやろうかと思ったが、そんな時、おれの怒りを収めてくれたのが、彼女だった……彼女には、そんな意図はなかったのだろうけど。




桧山ひやま? あんまり棚を漁るなって……」

「これ、かわいい……」


 彼女が見つけたのは一昔前のゲームだった。

 おれが物心ついた頃の……、なので十年以上前である。

 最新のゲームと比べてしまえば、まだまだ発展途上だった頃のポリゴンだ。可愛いイラストで女の子の目を引くデザインではあるけれど、そのゲームは難易度高めの3Dアクションである。

 この頃のゲームは3Dだけど距離感が掴みづらいので、ゲーム初心者には難しいだろう。今のゲームみたいにプレイヤーに優しいわけではないのだ。

 不親切ではないものの、死んで覚えろ、やって考えろなゲームだ。この時代のゲームは全部そんな感じである……。おれでもクリアしていないタイトルがいくつかあるくらいだ。ゲーム好きでも苦戦するのだから、彼女じゃあ、一面クリアも無理だろう。

 チュートリアルでつまづくかもしれない。


 ちなみに、彼女が気になったゲームは、おれもまだクリアしていない……というかあることすら知らなかった。

 いとこの兄ちゃんから「いらないから」と言ってまとめて貰った中の一本である。正直、聞かれてもほとんどなにも分からないようなものだけど……。


「どんなゲームなの?」

「裏に書いてあるだろ?」

「あ、ほんとだ……記憶喪失の天使を操作して四つの島を巡り、天界へ帰る物語……だって」

「へえ」

「これ、遊べるの?」

「ゲーム機があるから遊べるだろうけど……、ほいこれ」

「え、なに」

「コントローラー……持ってみ?」


 ゲーム好きなら知っているけど、ちょっと特殊な形をしたコントローラーだ。桧山に渡すと、案の定、左右を握り締め、「……??」と、真ん中から飛び出た三本目のグリップを不審に思っているようだった。

 そうだよな、そうなるよな……左右に持ち手があって、さらに真ん中に一本あれば、持ち方に困るよな……。桧山は首を傾げながら、恐る恐る、左手を真ん中のグリップに持っていった。


「あ、なんかしっくりきた」

「それが基本的な持ち方だな」

「左は使わないの?」

「使うタイトルもある。けど、このゲームはその持ち方だよ」

「ふーん」


 興味があるのかないのか……感心しているような、でも変な形状のコントローラーに呆れているような……。色々な表情が短時間で見ることができた。

 本当にゲームをしたことがなさそうな、彼女のおっかなびっくりとコントローラーを触る様子に、おれはくすくすと、気づけば笑っていた。


「ちょっと、なに」

「いや別に」

「わたし、おかしなことしてる?」


「そんなことないぞ。ただまあ……知ってる側からすれば新鮮な反応はやっぱり、面白いんだよ。バカにしてるわけじゃなくて、仲間が増えるんだって感覚でさ――」


 まあ、桧山がはまることはないだろうけど……。成績優秀で、ゲームよりも女の子らしく見た目に気を遣うクラスの中心となっているグループのひとりだ。

 ちょくちょくおれも混ぜてはもらうものの、深く踏み込んだ仲間ではなかった。混ざってはいるけど一歩引いている……そんな距離感。

 誘われたら遊びにいくけど、基本は家でゲームをしていたいタイプの人間である。


 トラブルを嫌って、ちょうどいい位置を調整しているとも言えた。

 陽キャではないけれど、完全に陰キャになると、それはそれで生活しづらいからな……ある程度は空気を読んで陽キャにも混ざっておかないと。

 それが一番、望んだ生活をしやすいんだと、おれは経験で答えを出した。


 さらに明確な正解を言うとすれば、女子とは付き合うな。

 付き合うなら目立たない女子と、だ。

 まあ、目立つタイプの女子と付き合うようなタイミングもないだろうけどな。


「ねえ、これさあ――」

 と、桧山がなにかを言いかけた時、うちを荒らしていた男子たちが次の行先を決めたようだった。「なあ、しょうも一緒にこいよ」と誘ってくれたけど、今日は母さんから頼まれた荷物の受け取りがある。

 配達員が夕方にくるので、もう出かけられないのだ。嘘ではないけど、それを理由にして、おれはこの後、続きのゲームをするつもりだ……。


 それにしても、みんなすげえエネルギーだな……、休日が休日として機能していないんじゃないか? 同級生を相手に思うことではないだろうけど。


「…………」

なぎ、いこ」

「え、……うん」


 はい、と桧山からゲームを返された。彼女は最後まで名残惜しそうにしていたけど、女子友達からの呼びかけで完全に吹っ切れたようだった。


 騒がしかった山賊みたいな同級生たちが家から去っていく。

 人がいなくなれば静かだった…………さて、これでゆっくりとゲームができる――。



 一時間後、チャイムが鳴ったのでちょっと早い配達だな、と思って玄関の扉を開ければ、立っていたのは桧山だった。

 彼女は息を切らしながら……、走ってきたのだろうか? 忘れ物?


「桧山?」

福知ふくち、連絡先教えて」

「連絡先? え、チャットグループ一緒だっただろ? そこから勝手に登録して連絡くれればいいのに」


 それはできないんだっけ? いやできるよな……。

 それを知らない桧山ではないはずだけど……。


「…………」


 彼女は「あ、そっか」と思い出したように顔面を蒼白にさせていた。そこまで絶望するようなことか? ……でも、考えてみれば連絡先を知りたいがために、こうしておれの家までやってきたのは、勘違いしてもおかしくはない行動だ。

 ないだろうけど、おれのこと好きなのか? と思ってしまっても無理はない。

 ないって分かってるけどさ。


「まあいいや。じゃあ交換しよう――どうやるんだっけ?」


「ここを、こうして――ああもう、貸して、やってあげる」


 スマホを奪われた。

 素早い動きですぐに交換作業が終わった……。


「お店の人みたいだな」

「学生なら普通だからね?」


 人によるだろ。

 機械に疎い学生だっているはずだ。桧山だって、さっきのコントローラーの持ち方に苦戦している姿は、そのまま連絡先交換に戸惑うおれみたいだったし。


「ねえ、思い出し笑いしてるでしょ」

「笑ってないじゃん」

「目が笑ってる!!」


 言いがかりだ! いや、内心ではそうなのだから、言いがかりではないのか……。

 よく分かったな。


「じゃ、もう戻るね」

「うん…………え、ほんとにこれだけのために戻ってきたの?」

「うん」

「うん、って……なんで?」

「夜、お楽しみに」


 にしし、と笑って、桧山凪はテンションが上がったのか、スキップしながら家を出ていった。



 そして夜――連絡がきた。

 メッセージが、一件。


『今日見たゲーム、やらせて』


 返信には困らなかった。


『いいよ。貸す』

『ちがう、ふくちの家でやる。来週休みがあるでしょ? その日にいくから空けておいて』

『まだ分からん。問題なければ構わないけど』

『けど?』

『大所帯でこられても嫌だぞ?』

『大丈夫、わたしひとりだから』

『は?』


『わたしひとりでいくから。今日見たゲームをできるだけやりたい。わたしの家ゲーム禁止だからできなくて。今までもしたことないから、ふくちに教えてほしい』

『教えるって、言われてもな。。。隣でアドバイスすればいいのか?』

『うん! それで!』


 ……メッセージはそこで止まった。あとはおれが、来週の休み――中学校の創立記念日で休みの日に、家が空いているかを確認すればいいだけだ。

 親は仕事だけど姉がどうなのか……最悪、追い出せばいいか。


「桧山がうちにくる、か……」


 部屋を見渡す。隅には埃が溜まっており、気になってしまうと色々な場所を掃除したくなる。匂いは……自分では分からないから芳香剤を新しくしないと。あとはちょっとえっちな漫画は隠して――と、来週までにやっておかなければいけないことが山積みだ。日程をずらすこともできるけど……なんだか、この機会を逃せば次までが長い気がしてきて……ここは逃せない。


 だって桧山を――ゲームファンに引きずり込めるかもしれないのだ。

 だったら……日程はずらせねえよ。


「さて、じゃあおれはあのゲームのロケハンを――」


 ……いや。

 おれだけ先を知っているのは、フェアじゃないな?

 同じ部屋で一緒に遊ぶなら、おれも知らない方がいい……ひとりプレイのゲームだけど、ふたりで楽しむこともできる。

 ゲームは、プレイするだけじゃない。やっている側と見ている側で分かれても楽しめるのが、テレビゲームなのだから。


「いとこの兄ちゃんに感謝だな……」


 あのゲームがなければ、きっとおれたちは交わることなんてなかっただろうから。





「――準備はいいか?」

「うん。配線もこれでいいんだよね?」

「ああ。よくできました」

「バカにしてる?」


 枕で殴られた。

 痛くないけど首が押し込まれて……変な風に捻ったらどうするんだよ!!


「で? これを……どこに入れるの?」

「ここにカセットを差し込んで――おっと待て、差し込む前にすることがある」


 桧山の手からカセットを取って、端子部分に、ふーふーと息を吹きかける。


「これが儀式なんだよ」

「それをしないと起動しないの?」


「そういうわけじゃないけど……そういうタイトルもあるのか……いや昔のゲームで経年劣化してるからって意味だぞ? プログラムがそうやって組まれてるわけじゃないからな?」

「??」


 桧山は終始、首を傾げていた。頭は良いはずなんだけど、ゲームをよく知らなければプログラムだったり埃を取るために息を吹きかけていることも分からなくなるのか?


 塾にいっても、分からないことはたくさんあるみたいだ。


「もうできる?」

「ああ。これを差し込んで――これでスイッチを入れる……と」


 薄型テレビに昔のゲーム画面が映し出された。昔のゲームなのでもっと古いテレビの方が味が出るのだと思うけど……これでもまあ、桧山からすれば合うのか。


 これが桧山にとっての初めてだ。

 タイトル画面が出てきて、桧山はボタンを押すかどうか迷っている……どうした?


「さいしょから、つづきから……さいしょからでもいいの?」

「いいだろ。なんで遠慮してんだ……」

「いや、昔……友達のゲームで、さいしょからで遊んで怒られたから……」


 もしかしてデータの上書きでもしたのだろうか……そりゃ怒られる。

 けど、今回のは大丈夫だ。つづきからを押してもデータなんてないし。……あ、でも兄ちゃんのデータがあるのかもしれない。


「ちょっと見てみるか」


 桧山からコントローラーを借りて、つづきからを押すと――【プレイヤー名:おっぱい】――――すぐさまリセットボタンを押した。


 …………見られたか? 見られてないよなギリギリセーフだよな!?!?


 そっと隣を見れば、桧山は「…………」気まずそうに視線を落としていた。


「…………ごめん。おれじゃなくて、いとこの、」

「うん、分かってる」

「おい分かってねえよ! 昔のおれが作ったデータじゃないからな!?」

「分かってるからっ」


 分かってない! けど、これ以上は意味のない会話だ。再び起動し、つづきからを選んでデータを削除。これで次回からあのプレイヤー名が見えることはない。


「よし……これでさいしょからできるぞ」

「うん……名前、考えて入れないとね」

「だからおれじゃねえって!!」


 反面教師にしているようならいいけどさ! プレイヤー名で遊ぶのはゲーム玄人だ。初心者は真っ直ぐ自分の名前でも入れておけばいいんだ――特に桧山はそれでいい。変に意識してアレンジしなくていいんだからな?

 名前で数十分も悩まれても困る。


「福知……いいの?」

「なにが?」

「さいしょから、で……」

「いいって。これをやりにきたんだろ?」

「うん…………楽しみだった」

「じゃあやろうぜ……今は朝の十時だ……今日中にクリアするんだろ?」

「……できるの?」

「さあな」


 たぶん無理だろうけど、それを言っては出鼻を挫くだけだ。

 今日中のクリアを目指して――彼女を鼓舞させる。それが今日のおれの役目だ。


「じゃあ――ほんとに始めるからね!?」


「おう! どんとこい!!」


 そして、桧山がボタンを押した――――ゲーム、スタート!!




 …【読切】了

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