仕事をクビになった俺は新たな出会いを経て再スタートする

にゃべ♪

魔導炉管理のスミト

 ある日、俺は務めていた工場を解雇された。任された仕事でヘマをしたからだ。俺の仕事は魔導炉の制御。魔導炉って言うのは、簡単に言えばこの世界で使われるエネルギーを作り出す装置だ。

 俺の仕事はそんな難しいものじゃない。炉の様子を見て適切な調整をするだけだ。本来はミスのしようのないくらい簡単なもの。だからこそ、給料も安かったのだけれど……。


 ミスをした日は、たまたま調整するタイミングでくしゃみをして操作を誤ってしまった。たったそれだけ。それだけなのにそのミスのせいで炉は暴走し、呆気なく壊れてしまったのだ。

 壊れた炉はもう使い物にならないらしく、買い替えないといけないらしい。かなりの損害を出してしまって、工場長はカンカンさ。


「損害賠償を請求しないだけ有り難いと思えか……」


 コネで入ったからそこまで出来なかったってのが本音なんだろう。出資者が俺の親戚のおじさんだから。おじさんの前じゃ態度違うからなあ、あのおっさん。

 しかしこれからどうしようかな。簡単な仕事しかやった事ないから再就職は難しいや。おじさんにも今回のミスで愛想を尽かされちゃったし。


「取り合えず就職活動かあ……」


 俺は橋の欄干に両手を乗せてぐいっと上体をそらす。その反動で思いっきり体を前に倒した。視界は川の流れを映している。見慣れた川に魚はほとんど見当たらない。見つけられないだけなのか、魚自体が少ないのか。


「昔はもうちょっと泳いでいた気がするんだけどなあ」


 俺は記憶を辿りながら改めて川の様子に注目する。その時、どこからともなく幼い子供のような甲高い声が聞こえてきた。


「ダメ~ッ!」

「え?」


 突然の状況に振り返ると声の主が見当たらない。2,3度顔を左右に振ってみたものの、それっぽい人物は見当たらなかった。


「どこ見てんの? ここだよ!」

「えっ?」


 再度声が至近距離で聞こえてきたので注意深く探してみると、ふわふわと浮いている妖精が目に留まった。大きさは10センチくらいの、羽の生えた可愛い小人さんと言った感じだ。どうしてすぐに分からなかったのだろう。


「クビになったからって簡単に死んじゃダメだよ!」

「いや、死なないよ?」

「嘘? 川を見て思い詰めてたじゃん」

「魚がいないか探してただけだよ」


 事情を話すと、妖精は俺の顔の隣に近寄ってきて、そのまま川を眺める。それでどうやら納得してくれたようだ。彼女――服装からそう判断したんだけど――は俺の肩にちょこんと座ると耳元でささやいた。


「助けてくれて有難うね。ハヤ・スミト君」

「え?」

「私はアルマ。あの魔導炉で力を吸われてたんだ。あのままだとその内死んでた」

「え?」


 俺はこの妖精――アルマの話の意味が分からなくて混乱する。魔導炉と言う言葉が出てきたから、俺のミスで彼女は助かったと言う事なのだろうけど。


「魔導炉で妖精の力が搾取されてたとか、初耳なんだけど? それに、どうして俺の名前を?」

「あー、知らないんだ? 魔導炉は純粋に燃料の中の魔力を燃焼させて力を抽出してると思ってた? それだけじゃ動かないのよ。私達妖精の生命エネルギーを種火にしてるの」

「そんな……」


 俺はアルマの話をすぐには信じられなかった。魔導炉の仕組みは仕事をする時にマニュアルを読んで学んでいる。その内容と全然違うからだ。

 俺は彼女にからかわれていると思い、記憶を頼りに反論を試みる。


「じゃあ君は魔導炉内のどこにいたって言うんだよ。そんなスペースはないぞ」

「ブラックボックスの中だよ。誰も触っちゃいけない事になってるでしょ」

「あっ」

「後、君の名前はね、聞こえてきたから知ってる。妖精は地獄耳なのよ。スミト君よく叱られてたでしょ。だから覚えちゃった」


 彼女いわく、魔導炉の調整は妖精の力の調整だったのだとか。その調整を間違ってくれたおかげでブラックボックスが壊れて外に出る事が出来たらしい。魔導炉から妖精が抜けた事でエネルギーが暴走して、完全に壊れてしまったと言うのが事の顛末なのだとか。


「信じられないなら信じなくていいよ。私はお礼が言いたかっただけだから」

「君はこれからどうするの?」

「折角自由になれたんだし? 故郷に戻るよ」


 アルマはニッコリ笑うと、手を振って俺から離れようとする。その背中を見ていたところで、俺はすぐに彼女を呼び止めた。


「ちょっと待って。君はいつどうやって捕まったの?」

「えっとね、普通に飛んでたら普通に捕まっちゃった」

「じゃあ見つかったらまた捕まっちゃうじゃん」

「あっ!」


 アルマはどこか抜けているようだ。あのまま別れていたら、どこかでまたハンターにゲットされていた事だろう。そうなってしまうと逃げた意味もなくなってしまう。

 心配になった俺は、彼女の里帰りについていく事にした。


「俺も一緒に行くよ。頼りないかも知れないけど、一人旅よりはいくらか安全だ」

「え? いいの?」

「仕事クビになって暇だしさ。冒険ってのにも憧れてたんだ」


 一緒に歩いていくと、アルマは飛ぶのに疲れたのかまた俺の肩にしれっと座る。重さはそこまででもなかったので、気にせずに足を動かしていた。それより問題なのは妖精の里までの距離だ。後、道中に山や谷があればその分着くのも遅くなる。俺も体力はそこまで自信がある訳じゃないしなあ。

 急に心配になった俺は、その不安を口にした。


「里はここから近いの?」

「そーだなあ……。多分そこまででもないと思う。あの山の向こうくらい?」

「へえ。あの辺りに妖精の里があるって初耳だよ」

「まぁ人間に見つからないように結界張ってるからね」


 アルマの話によると、人間の研究者が魔導炉の仕組みを研究していた頃に妖精の力が有効だと分かって、妖精狩りが横行したのだとか。そこで妖精の長老が認識阻害の結界を発明して、各妖精の里で実装するようになったらしい。

 そこまで話を聞いた俺は、ふと疑問を感じて首を傾げる。


「じゃあ何でアルマは捕まったのさ」

「私、家出したのよ。で、森を抜けたらハンターに捕まっちゃった」

「えぇ……」


 どうやら捕まったのは彼女の自業自得だったようだ。ちなみに、里を出たらすぐに捕まると言う話は妖精にとっては周知の事実になっていて、実際、何人もの妖精が里を出た後で戻らなくなっているらしい。そんな怖い事実が分かっていても、里の窮屈さが耐えられなくなったのだとか。

 俺はアルマの話をうなずきながら聞き、タイミングよく相槌を打つ。


「でもその気持ちは分かるな。災難だったね」

「分かってくれる? 嬉しい!」


 気が付くと俺はアルマと意気投合していた。割と長い距離を歩く事になったんだけど、そこまで疲れは感じない。いつもなら30分も歩けば疲れを感じていたのに。話の合う相棒がいるって言うのはここまで違ってくるんだなぁ。

 もう少しで里がある森に着くと言うところで、俺は背後に怪しい気配を感じて立ち止まる。


「アルマ、森に入るのはやめよう。妖精の里の位置がバレる」

「ハンター?」

「確証はないけど、今からそれを確かめる!」


 俺は背後からついてくる気配を誘導するため、里とは別方向に向けて走り出した。その途端に背後の存在が一斉に追いかけてくる。無数の足音がオレの心を恐怖で満たした。ハンターとは言うけれど、要は山賊だ。物騒な武器を持ち歩いていて、人を殺す事もためらわない無法者の集まり。

 そんな強盗のプロ相手に、素人の俺が逃げ切れる訳もなかった。どこからか飛んできた手持ち斧が、俺の前方の木に深々と刺さる。


「止まれ。次は外さねえからなあ」

「ひいっ!」


 矢でも怖いのに、斧なんかが体に刺さったら即死だ。俺はすぐに振り返ると、賊の規模を確認した。ひい、ふう、みぃ……見えているだけで7人だ。他に誰も隠れていないとは言いきれない。一体いつから……。

 賊のボスらしい顔に切り傷のある大男が、俺の前に身を乗り出してきた。その太い腕の先には、切れ味の良さそうな大剣が握られている。拳で殴っただけでも人を殺せそうな筋肉を持っているのに。


「兄ちゃん。その妖精をこっちに渡しな」

「えっ、えっと……」

「兄ちゃんを殺してもいいんだぜぇ。死にたくはないよなあ」


 絶体絶命のピンチだ。俺はもう頭の中が真っ白になった。パニックで返事が出来ないでいると、ボスがイライラしてきた。


「おらあよお、気が短えんだ。後10秒な」

「ひぃぃぃぃ!」


 威圧感のある野太い声でカウントダウンが始まった。0まで数えられたらきっと俺の首は胴体とおさらばするのだろう。ああ、何も出来ない人生だったな。仕事でクビになったばかりなのに、もう人生も終わりになっちゃうのか。

 俺があきらめモードに入ってると、耳元でアルマがささやく。


「ダメよ。私を渡したらスミトも口封じで殺される」

「じゃあどうしろって……」

「私が力を貸したげる!」


 彼女はそう言うと、俺の体の中に溶けるように入っていった。その瞬間、突然力が溢れ出て万能感に満たされていく。これが妖精の力かぁ~。

 いきなり妖精が消えたのを目の当たりにした賊のボスは、プツンとキレた。


「おめえ妖精をどこに消しやがったああ! 死ねや!」


 いきなり切りかかってきたその大剣の動きがやたら遅い。俺は刃先を指で軽くつまむ。すると、それだけで刃がボロボロと砕け散った。この現象に驚きつつも、俺の体は自動的に動いていく。ボスを含む7人の賊を俺は一撃で次々に倒していった。隠れていた2人もすぐに見つけ出して同じ目に遭わせ、体感1秒でハンター集団を倒し切ってしまったのだ。

 全てが終わった後、俺は自分の両手を見つめる。


「全然疲れ切っていない……すごい」

「すごいでしょ、これが妖精の生命力だよ」


 融合を解いたアルマが説明してくれた。古くは人も潤沢に持っていた魔力。魔導炉の発明で人はその力を磨かなくなり、段々と失ってしまったのだとか。それでも妖精が力を渡す事で、一時的に人も力を使う事が出来るようになるらしい。


「魔法なんておとぎ話か何かだと思ってた」

「でもこれでスミトもお尋ね者になっちゃったね」

「え?」

「だって魔法使いになっちゃったんだよ。魔女狩りって言葉知ってる?」


 そう、人々が魔法を使う術を失って以降は魔法が禁忌になり、魔法使いは人権を失ってしまったのだ。俺が魔法を使った事は、ぶっ飛ばしたハンターからどんどん広まっていく事だろう。

 もう街に戻る事は出来ない。俺はお尋ね者になってしまったのだ。


「ごめんね。こんな事になっちゃって。巻き込むつもりはなかったんだけど」

「いや、いいよ。アルマのせいじゃない」


 俺は今後の身の振り方を考える。俺が魔法を使った事が広がっても、それは限定的なものだろう。国を出れば大丈夫なはずだ。なら、国外に脱出すればいい。誰も知らない国で、国外から来た人間が出来る仕事なんてたかが知れている。

 そう言う仕事でも、今俺が得た力を駆使出来るなら何とかやっていけるかも知れない。


「こうなったらさ、俺は国を出て冒険者になるよ。で、もし良かったらさ」

「うん、勿論ついていくよ。君をそんな体にしてしまった責任もあるしね」


 こうして、俺達は妖精の里には行かずにそのまま国境を超えるルートを歩き始める。この先でどんな困難が襲ってこようとも、アルマと一緒ならきっと乗り越えられるだろう。妖精に理解のある人だってきっといるはずだ。

 さっきまでの惨めな俺はもういない。今から俺は、いや、俺達は新しい自分になったんだ。新しい人生が始まったんだ。


 さあ、胸躍る冒険の始りだぜ!



(おしまい)

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