isia tiri

リラ

いのち短し こいせよ少女おとめ


あかき唇 せぬ間に」


我が孫は、今年16になる。高校生になるのだ。桜が舞う日に、入学式を迎えた。この子は小さい頃に両親を亡くし、私が育ててきた。私の唯一の子供が遺した最後の宝物なのだ。そんな愛しい我が孫は、青春を謳歌するだろうか。今まさに始まった青春は、我が孫にどんな景色を魅せようとするのだろうか。


昔、私がまだ、18だった頃。

1人の女性と出逢った。今思えば、あれは勘違いだったのかもしれないが————



「何をしているのですか?」


話しかけてきたのは、黒く長い髪に、若々しい朱い唇の彼女だった。お高そうな着物姿で、土いじりをしていた私に問いかけてきた。


「花を植えとるのです」


一度、彼女を見た後、顔が熱くなり、胸が高鳴るものだから、顔を手元に戻し、土いじりを続けながら答えた。


「その苗はどのような花が咲くですか?」


私は、彼女の白色と紫色の着物を思い出し、「今のあなたのような花が咲くとです」と返した。


すると、彼女は「まあ!」と言って、感嘆の声を出すものだから、顔が気になって、私は顔を上げてしまった。そこには、太陽かと思うほどの満面の笑みで、嬉しそうに笑っている少女がいた。


彼女のこの笑みは、一生忘れることが出来ないだろうと思いながら、いつの間にか笑い返していた。


それからというものの、この花の名前や生息地域の話などをして、少ない時間ながらも濃い時間となった。


「この花は咲かぬかもしれないのですね」


そう、残念そうに言うものだから、どうしたものかと、家に帰ってから、どう咲かせようかと考え、寝る時間さえ忘れてしまった。



この花は、北国でよく見られるものだ。九州では難しいのではなかろうか。だが、北海道に行くという案はもとよりない。もう、冬になろうとしている今植えれば咲くのではないかと、思って植え始めたものだ。それにここは家の東側。午前中のみに太陽の光が当たれば、咲いてくれるのではないだろうか。


しかし、この花の植え方など何も知らないまま、始めていたのだから、咲かない可能性の方が高いのだ。


好奇心から苗を買い、育てようと思った。


だが、彼女が楽しみにしてくれるのなら、咲かせてみようと思った。



「今日は、どうですか?」


彼女はそれから、数日置きに、私の家に寄ってくれた。雪が降る中、彼女が近づいてける姿に、初めは見惚れていた。それほど、私は惹かれているのだろうか。彼女は毎回違う着物を着ている。それほど、お金のあるお家なのだろう。それに比べて私は、一般的な家より、少し貧相な家だ。両親ともに働いて、お金を稼いでいるが、それでも家計は追いついていない。


「まだ、咲いとらんですよ」


この花が咲かなかったら、私と彼女はどうなるのだろうか。いや、咲いてしまったら?咲いてしまったら、もう彼女は来てくれないかもしれない。


「そうですか………。今日は用事があるので、様子だけ見に来ました。また、来ますね」


そう言って、優雅に去っていった。その後ろ姿が、ものすごく遠くに感じた。


見えなくなるまで、彼女の後ろ姿を眺め、また、咲かない花を見やった。



玄関の戸を開ける。ぎぎっときしませながら、力を入れて開ける。家はもう築百年は経つだろうか。新しく建て替えることも、別の場所に引っ越すのも、今の状況ではすることができない。


「おかえり」


母の優しい声が聞こえた。温和な性格で努力家の母は、給金が少なくても、食っていけるように、節約をしながら、私を育ててくれた。父は仕事と他に、知り合いの店の手伝いをしてお金を稼いでいるので、家にはほとんどいない。私に兄弟姉妹はいない。欲しいとも思わない。昔は欲しいと思ったこともあったが、今はいない方が良かったのだと思う。


「ただいま」


「今日は、早かったとね」


確かに、今日は彼女と一言二言しか会話をしなかったから、いつも会う時よりも、帰るのが早くなった。母には、彼女と会っていることが少し前にバレてしまい、興味深そうな顔で見てくるものだから、夕飯を食べながら正直に話した。


「あんたも大きくなって」


「もう18やけんね」


「あっという間やね」


母は子の成長をしみじみと感じているのだろうか。私を眩しそうに見つめている。


「好きなように生きるとよ?よかね?」


母はいつもそう言う。今日もそうだ。私は母に全てを見透かされているような気がする。どんな葛藤も苦しみも。母に隠し事は出来ないなと思いつつ、ありのままで居られる場所があることがなんだか嬉しい。


「ごちそうさま」


「はい、お粗末さまでした」


母に挨拶をして自室に向かう。扉を開け机を見ると、そこには毎日を綴る日記帳が置いてある。ペンを持って大切なこの一瞬一瞬を忘れない為に綴っていく。あの花の成長と彼女との会話、家族との時間を。明日も明後日も、この先もずっと、幸せな時間を過ごせることを祈って。



「今日は雨ですね」


「そがんですね」


「雨ではこの花も咲くことはできませんね」


「雨にも勝る強い子に育っとるかもしれませんよ」


そう言うと彼女は驚きを見せたあと、直ぐに笑った。その笑顔が雨さえも見惚れてしまったのだろうか。次第に雨が弱まり少しずつ太陽が姿を現している。


「ボソッあなたのそういうところが私は好きです」


「え?」


「いえ、なんでもないです。またお会いしましょう」


彼女はそう言って去っていった。よく聞こえなかったが、本当は何となく分かっていたのかもしれない。彼女のような身分の方がわざわざここを通るのも、いつも私に声をかけてくれるのも。けれど気付かないふりをしていたのだ。どうせ苦しむだけだと分かっていたから。それに、彼女が私なんかを……なんて思ってもいた。



「もう、ここには来れないかもしれません」


急なことだった。私は理由を聞くことなくいつものように、この花について話した。


「この花が咲くとこを見せたかったとですが、間に合わんかったですね」


「そうですね。見てみたかったです」


「……この花はあなたのように咲くのです。あなたのように美しく気高く」


そう言って彼女の瞳を見つめた。いつも見ていられないくらい眩しい彼女をこんなにも見たのは初めてだったかもしれない。ただ、彼女の切なそうな微笑みに私の胸は張り裂けそうだった。



風の噂で聞いた話がある。この町にいるある名家の娘が遠い北の地に嫁に行ったのだと。その娘は黒地に紫の花の柄の振袖を身につけていたのだとか。


勘違いでなければ彼女は私を好いていてくれたのかもしれない。もしかしたら彼女はこの花を好いていたのかなとも思う。結局あの花は咲かなかったが、彼女の元では咲いてくれていることを祈って、今日もあの花を眺めている。



「リラ、おいで」


「おじいちゃん!」


「一緒に写真を撮ろうか」


「うん!」


あなたは今どうしていますか?

私は孫と2人で仲良く暮らしています。

どうかあなたにも笑顔溢れる家庭がありますように。




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