始まりの光
異端者
『始まりの光』本文
最後に褒められたのはいつだったのか、もはや記憶にない。
僕は暗い部屋の片隅にうずくまりながらそう思った。
「彼ら」にとって、僕は自分の思い通りに動いて「当たり前」の存在だった。
だから、思い通りになった時は放置して、そうならなかった時だけ叱った。
いくら良い成績を取っても、それが当たり前。そうでなければ、勉強が足りないと罵る。
自分の子どもだからできて当然――そんなエリートぶった傲慢さが透けて見えた。
僕は必死で勉強した。だが、彼らも周囲も誰も評価しなかった。
周囲の馬鹿共は嫉妬して、事あるごとに僕に難癖を付けた。良い成績を取っているから調子に乗っている、というのが彼らの主張だったがそこに根拠などなかった。いや、根拠などなくても良かったのだろう。同じような馬鹿共はそれで賛同するのだから。
彼らは僕が何を言っても、真剣に取り合おうとしなかった。そんなことより勉強はどうした? それで大抵は終わりだった。それでも僕が言い続けると、そんな余計なことばかり気にしているから成績が伸びないのだと怒りだした。
そんな彼らは、会ったこともないTVの中の人間をしきりに褒めた。すごい、素晴らしい――目の前の人間を全く評価せずに。
僕は一切のプラスの評価を得ることなく、マイナスばかりが心の中に積もっていった。
そんな日々が何年も続き、中学二年の冬にとうとう「それ」は起きた。
文字が書けなくなったのだ。ペンを手にすることはできても、震えて自分の名前さえまともに書くことができなくなった。当然、テストどころかノートを取ることさえできない。
彼らは早く治せと僕を病院に連れ回した。その結果、心因性だと知ると彼らは罵倒した。心が弱いお前が悪い。細かいことばかり気にしているのがいけない。まるで自分たちには全く非が無いようだった。
僕は学校に行かなくなり、引きこもった。
それでも彼らは諦めなかった。毎日のようにドア越しに大声で、心が弱いだの気持ちの問題だの罵り続けた。その間に僕は死んだ魚のような目でPCの画面を見ていた。
それから、何年が経ったのか――もう十数分で年明けだとPCの日時が告げていた。
僕は明日、生まれ変わる。
そのために入念に準備はしてきた。
彼らは既にぐっすり眠っているだろう。彼らの晩酌のワインには睡眠薬をたっぷりと入れてあった。いつだったか、眠れないと言った時に医者が処方した物だが、取っておいて良かった。
ガソリンは彼らの車から少しずつ、何回かに分けて抜いた。
気に入らなければ怒鳴ればいいと思っている彼らは、わずかずつガソリンが減っていることなど気付きもしまい。
マッチは……ライターにしようかと迷ったが、ガソリンに近付いて点火するのはリスクが大きいとふんで、火の点いたマッチを投げることに決めた。スーツのポケットに入っていたのでそれを持ち出した。
深夜、静まり返った屋内にガソリンを撒く。彼らの寝室にもたっぷりと。
そうして玄関前まで撒き終わると、近くの塀でマッチを擦って投げ入れた。
炎は最初ガソリンの筋に沿って広がり、すぐに家全体を包み込んだ。
僕は目の前で起こるそれを平然と見ていた。冷えた空気に炎の暖かさは心地好かった。
暗い夜空を炎の光が照らしている。闇しかなかった僕の人生を照らす明かり。
「ハッピーニューイヤー」
自然と笑みがこぼれる。
そうだ。これが本当の始まり。
火事を見ようと集まってきた野次馬の向こうから消防車のサイレンが聞こえてくる。
僕はそれを気にすることなく、生まれ変わったことを告げる産声を上げた。
始まりの光 異端者 @itansya
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