第2話 おかえり そして リスタート

ある朝、彼が居なくなった。

部屋は片づけられ、暫く不自由しない程度の生活必需品を整えて、消えた彼。


同時に、私は、記憶を無くすことが無くなった。


それにしても、彼の写真が1枚も無いのはなぜなんだろう。

何の痕跡も残さず姿を消したのはなぜなんだろう。

彼とは、いつ、どこで出会ったのだろう。

そもそも、彼は、存在していたのだろうか。

私は、呆然とそんなことを考えながら、彼を待ち暮らす。



そんな日々に終止符を打ったのは、警官を名乗る二人組の来訪だった。

彼は逮捕されていた。


ニュースを賑わす『マッドサイエンティスト』という見出し。

私を手に入れる為に、私の婚約者を殺害し、私の記憶を奪った極悪人らしい。

本当にそうなのだろうか?

どちらにしても、1日分の穏やかで優しい彼の記憶しかない私には、真実はわからないけれど。

心が『そうじゃない!』と全否定している。


その後、家宅捜索が行われ、彼の部屋に隠されていた過去の私のアレコレが見つかった。

そこには、婚約者のDVに追い詰められた悲惨な私の姿があった。

私の記憶にない痛みも絶望も、全部、彼が引き受けてくれていた。


結局、彼は、私を守りたかっただけ。

彼にときめいた心の記憶に間違いは無かった。

安堵と共に溢れる感謝。




私は、これからも、ここで彼の帰りを待ち続ける。

そして、刑を終え、戻って来る彼を「おかえりなさい」と笑顔で迎える。


新しい二人のスタートは、そこから。


ー完ー






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リスタート 姑兎 -koto- @ko-todo

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