リスタート

姑兎 -koto-

第1話 おはよう そして はじめまして

目覚めと共に感じる違和感。

(ここはどこ?私は誰?)

過去の記憶は無い。

部屋の調度品が、かなりの資産家であることを物語っているけれど、それだけ。

他に情報は無い。

ここに居ても仕方ないと覚悟を決め、恐る恐るリビングへ降りていく。


トーストの美味しそうな匂いにみちたリビング。

キッチンでは見知らぬ男性が朝食の支度をしていた。

「おはよう梨々花りりか。君のパートナーのまもるです。化学者です」

私にとっては『はじめまして』の男性が優しく声を掛ける。

(私は、梨々花。この男性はパートナー)

脳のメモリーには居ない二人。

でも、心のメモリーが彼にときめいている。

穏やかで優しい一日の始まり。

そして、私は、また、彼に恋をする。


朝食を終え、彼は、一言二言、注意を与え、仕事に出かけた。

他にすることもない私は、鍵のかかった彼の部屋以外、家中を調べて回り、私に関するヒントを探してみたけれど。

見事なほどに何もない。

彼の親しみとは裏腹に、モデルルームのようによそよそしい家。

はてさて、私は、記憶と共に生活感すら捨て去ってしまったのだろうか。

そうこうしている間に、彼が帰ってきて、また、二人の時間が流れる。




夜になり、夕食後のひととき。

「いつも飲んでいる薬だよ」と差し出された錠剤を、疑いも無く飲んで、眠りにつく。

そして、翌朝、また新しい私からのスタート。

恐らく、この先もずっと。

そう思っていた。

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