小中高と自称インキャとして過ごしてきた東大生ワイ実はモテモテだった件
おいも
1
シェイクスピアに曰く。人生とは選択の連続である、と。
人はなんらかの支路に立たされた時、どちらかの道を選ぶことを余儀なくされるらしい。
・・・
「ねぇーーーーーもう、久しぶり〜!!!!」
「うわーんずっと会いたかった、ほんとに久しぶり〜!!」
「いやぁまさか遂にお前に彼女ができるとはなぁ」
「今まで言ってなくて悪かったよ」
––––––成人式。
かつては1月15日と定められたその日に行われた式典は、2000年の法改正によって今では一月の第二月曜日と定められている。その規則に則り今年の日程は一月八日。元旦から続く正月ムードを残しながら、三連休の末日に新成人たちが華々しい記念日を迎えるようだ。
小中、と或いは同じ地域で年少期を歩んだ者たち。高校にて、或いはみずみずしい青春を共に過ごした者たち。その括りは多少異なれど、どこかしらの人生の支路で一度別れた道筋が、再びいい感じに巡り合う––––––今日はそんな日、らしい。
……らしい。
横浜市所有の市民ホールの大きな入り口前の広場は、入場待機中の若人たちで溢れていた。絢爛豪華な振袖に身を包んだ女性たち。本日のために新調したのであろうか、シワのないスーツをピシッと決めた男性陣。人生の中で種々に共通項を持っていた彼ら彼女らが再び一堂に会したことで、慌ただしくも賑やかな雰囲気が周囲に満ちていた。
そんな中、俺はすたすたと待機列形成のための受付に突き進む。周囲の澱み一つ無いスーツに翻して、連日の塾講師バイトで使い倒したユニクロの格安ジャケットは節々に深いシワが刻み込まれている。革靴さえも個別指導のガキンチョに油性ペンで落書きされた痕跡が拭いきれていない。異質な雰囲気を漂わせているようで、受付のお兄さんが少し目をかっぴらいたのが視界に入ったが、あくまで意に介さず待機列の受付を進める。列の外では都合よくBeRealの通知が式典前にやってきたらしく、さらに周囲の新成人たちがざわめき、喜び勇んで写真を撮り始める。内カメラと外カメラによって切り取られた彼らのRealには、ここ数ヶ月写していなかった旧友たちが映り込む。
––––––馴れ合い、冷笑。
そう心の中で呟くと、俺は耳垢で黄ばんだワイヤレスイヤホンを両耳にズボッと入れ込んだ。
・・・
「みどりはさぁ、誰かいないのー?笑」
「えぇ〜、いないよそんなの〜笑」
放課後の教室。
既に傾き切った夕日がオレンジ色に空気を染め上げる中で、女子生徒二人が楽しげに会話しているのが遠目にも見えた。
担任に押し付けられた課題ノートの整理を終えた俺は、職員室から帰る途中の廊下でその話し声を認識した。断片的な情報だが察するに、女子学生同士の恋愛話であろうか。少し教室に向かう足が気まずさからたじろぎつつも、好奇心混じりに耳を傾ける。
「いやぁこれは案外誰かいるかもだ〜、最近岡島と班とか一緒でよく何かやってるじゃん、なんかないの?笑」
「岡島はない」
––––––コンマ1秒のラグさえそこにはなかった。
「え?」
あまりの即答に、話し相手の友人も思わず返答を聞き返す。
しかしそれでも大槻みどりは真顔のまま、表情を変えることなく、淡々とした口調で再度繰り返す––––––
「岡島は、ない」
「––––––はっ!」
……夢か。嫌な夢だった…。
気づいたら少し居眠りをしてしまっていたらしい。
俺、岡島慎二は講堂のパイプ椅子の上で目を覚ました。懐かしい中学時代の記憶を辿って、夢現な面持ちでいた。寝ぼけ眼ながら目線を少し前に向けると、壇上には白髪の、恰幅の良さそうな男性がとうとうと文句を語っている。既に70は超えているであろう市長の、長い長い式辞を聞いていたら意識が飛んでいたようだ。……いや眠りこけてもまだ続いてるって長すぎやしないか。
指で口の周りを少し拭うと、幾らか寝落ちの不快感が和らいだ。胸元の襟を整えて、これで元通り––––––と思いきや、何やら目線を感じる。
ふと視線を脇に寄せれば、こちらを向いてくすくすと微笑んでいる振袖姿の女性が目に入った。反対の方向に目を向けても、似たような反応をしている男性がちらほら。
もしや寝ている間にいびきでも書いていたのか。急激に恥ずかしくなって、パイプ椅子の上で縮こまりながら俺は顔を赤らめる。
は、恥ずい…。
そういえばこういう時は素数を数えれば落ち着くらしい。
冷静な頭の回転ができなくなった俺は、小声で素数をその場で数え始めた。2,3,5,7,11,13,17,19……43,47,53,57,59……っていやお前、57は素数じゃないだろうが(笑)。
会話相手もいないのに脳内でセルフツッコミを済ませたところで、カラン、と小気味いい音が響いた。床の辺りに目を向けると、凝った装飾の髪飾りが転がっていた。
ちょうどパイプ椅子の真下に転がっていたので、俺はそのままひょいとそれを持ち上げる。すると同じく髪飾りに向けて手を伸ばしていた、隣の席の女性と目があう。
「あ、ごめんなさい。それ落としちゃって……」
「い、いやいやいえいえ問題ないですはい」
どうやら髪飾りを落とした主だったらしい。俺は咄嗟の会話に舌を絡め取られつつも、目線の照準を逸らしながら女性の方へ髪飾りを渡す。
「先ほどぶつぶつ何か言ってたようでしたが…何かあったんですか?」
「いえいやただ素数を数えたら心が落ち着くみたいな話を昔どこかで見かけて実践してみて、いやでもその数えた中の57って数字はほんとは素数じゃないグロタンティーク素数っていう一種のネタ的な素数で…」
「––––––は、はあ」
……死にたい。
自分でも成人式で急に隣で会った初対面の人に早口で論議を展開されたらどうかと思う。しかし他に語ることもなし、返答に素直に答えただけだと自分を無理やり納得させて赤面する思いを払拭する。
気づけば、壇上からは市長がいなくなっていた。この講堂で行われる式次第の最後の行程が終わったのを皆が確認すると、三々五々、会衆が立ち上がりそぞろに講堂を出ていくようだった。
「あ、やっと終わりましたね!僕は次のところ行くので、それでは!!!!!」
「あ、あの、ちょっと」
女性は何か言いたげな様子だったが、気に留めず群衆の中に紛れ込む。
下手な会話はしないに越したことはない。仮に他校のカースト頂点女子ともなればどんな言いがかりをつけられて生涯パシリにされてもおかしくはない……リスクヘッジ。即退散に限る。
・・・
様々な式辞が行われた講堂を後に、祝賀の食事会が行われる宴会場へ向かっていた折。入口とは打って変わって碌な列整理も行われず、エネルギーの勇み溢れる新成人たちで狭い通路はごった返していた。
将棋倒しになるのではないか、とさえ危惧される人口の密集具合に気を遣いながら、ほとんど渋滞のような状態ながらも少しずつ足を前方に進める。
「はーーいそこどいてーーー通るぜーーー」
後ろから金髪のプリン髪にした気の荒そうなヤンキーたちが周囲の状況も鑑みずに強引に押し通ろうとしてくる。前方は程詰まり、一方的にヤンキーたちに押される形になって満員電車さえも凌ぐような強烈な圧迫感に襲われる。
……こ、これまずいぞ。
ぎゅうぎゅうに押し込まれた通路の中で次第に足さえも浮いてきて、思わず体のバランスも傾いていく。かろうじて通路際の壁に手をついて支えていたのも束の間、再度ダメ押しと言わんばかりに背中から強烈な衝撃を感じた。
視界が傾き、低く落ちていく。ほとんど将棋倒しの形になって、体勢の維持すらできず転倒していく。そんな俺の意識に映ったのは市民ホールの暗い通路の光景ではなく–––––––––
––––––昼下がりの廊下は晴れ晴れとした空の光を窓から満足に補給していた。
リノリウムの床は上履きによって汚れが刻み込まれていて、用務員さんの苦労が想像された。二月中旬、春が迫りつつあるそんな時節の空気は澄んでカラッとしていて、心なしか日光もいつもより広範に差し渡っているようだった。
二月中旬、と言ったものの。その実、この日は2/14……俗に言うバレンタインデーだった。廊下や教室、学校の至る所にラッピングリボンをつけた包みを手に持った生徒が散見される。皆が皆浮ついて、チョコレート企業の経営戦略に安易に乗せられながらこの日を過ごす。
痛い目を見た中学の頃の俺だったら斜に構えて無視していた慣習だろう。しかし高校一年生の時の俺は、今年、不幸にも浮ついてしまっていた。そう、4限の移動教室の間に机の中に入れられていた一通の紙の切れ端を見て––––––。
<岡島くんへ
昼休み、屋上で待ってます。
佐々木のぞみ>
当時の俺は有頂天だった。舞い上がっていた。
心機一転、地元から電車で少し離れた街の高校に入学して丸一年弱、何も浮いた話がないと思っていたらまさかの逆転が年度末に待っていたとは。佐々木のぞみは俺の所属していた1-Eのカーストトップ女子。光が美しく照り輝く長髪を綺麗に金髪に染め上げて、軽く後ろにゆわえた姿が可憐な女子生徒だ。
企業仕込みの偽りの風習に過ぎないと頭では分かっていても、こうして当事者になってしまったのなら気分も上がらないわけがない。
弾むような心地がどこか足先に滲み出つつも、三年生が使う三階の教室を通り過ぎて屋上へ向かう。受験期とあってこの時期の三年生の教室はほとんど空き教室と化していて、閑散とした雰囲気を纏っていた。
屋上に繋がる分厚い鉄製の扉を開けると、そこに彼女……佐々木のぞみはいた。
––––––いや、訂正しよう。
そこに、彼女たち、はいた。
「っっっっっコイツ、本気でのこのこ屋上にやってきたwwwww」
「急に手紙来ておかしいなとか思わねえのかよwwwwww」
……そう、どうやら俺は、揶揄われていたに過ぎなかったらしく。
「ホントにごめんね?こいつらがやれって言うからさ………」
扉のすぐ前に立っていた佐々木のぞみの台詞を最後に、俺の記憶はもう残っていない。
「–––––––––はっっっ!!!」
……走馬灯か!
気づけば転倒間際の暗がりの通路に意識が舞い戻った。目前数センチのところに床が迫っていたが、すんでのところで踏ん張って落下を堪える。
低姿勢に足腰に力を入れたのが功を奏したのか、最後の衝撃を耐えるともう追撃の様子はなかった。後ろから割り込もうとしたヤンキーたちも流石に危険性を察したらしく、気まずそうに後ろに佇んでいる。
少しずつ体勢を直立に直しながら頭を上げると、ごつん、と。同じように体勢を崩していた、目の前に並んでいた女性の肩にぶつかってしまった。
「あ、す、すすいません」
「い、いえ………」
一瞬振り向きざまにこちらを見たかのように思えたが、その動作に対応して靡く黒髪が通路の照明を照り返してとても美しく映えた。
しかし初対面の女性とそれ以上目を合わせる胆力が俺にあったわけでもなく、そのまま列が前に進むがままに俺も通路を歩み進んだ。
・・・
宴会場の奥に置かれたステージでは、近所の小学校から招集されたちびっ子たちが練習した合唱やら合奏やらを披露していた。
「はたちのお兄さんお姉さんたちへ」という題目のもと、様々な楽曲が演奏される。その技量はあくまで拙く、可愛らしい出来のものではあるものの、一生懸命に公演に励む様は俺を含め、多くの新成人の心に響いたようだ。
「え〜あの子たち可愛い〜」
「私たちも昔やったよね〜、合奏」
立食形式ということで宴会場には参加者がまばらに立っていた。俺の隣でサラダを頬張っていた女性たちのいう通り、確かに自分にも朧げながら合奏をやった記憶があるな、と追想する。
しかし具体的にどんな曲をやったかさえも、10年以上前のこととなっては思い出せない。取り分けた焼きそばを口に入れながら、どうにか思い出そうと試みる––––––
と、その時。
目前のステージの端で、打楽器を叩いていた男の子がバチを床に落としてしまった。演奏は止まらないまでも、その場のほぼ全員のアクションがワンテンポ遅れる。すぐさま後に演奏は引き続き行われていくが、肝心の男の子は焦ってしまって再度合流することができない……隣に座って鍵盤ハーモニカを吹いている女の子は非難がましい目線を男の子に向けながら演奏を続けている。
「やっちゃったね〜」
「あらら、がんばれがんばれ〜」
ミスをしてしまった男の子に関して、先ほどの女性たちもくすくすと笑っている。いざという時にやらかしてしまった経験、同じクラスの女子に冷たい目線を向けられたあの経験、そして周囲からくすくすと笑いながら向けられるあの視線––––––
––––––小学四年生の頃、市の合奏コンクールに出たことがある。
当時の音楽教師がやけに気合の入った人で、絶妙に小学生には難易度の高い曲を、怒涛の練習量でカバーしてなんとか発表まで漕ぎ着ける、といった形で行われたものだった。
当時の俺は楽譜が読めない、ということでティンパニの演者に抜擢され、なんとかマレットを指定されたタイミングで叩く、といった行為があまり詰まることなくできるようになった……そんな状態だった。
隣に配置されていた木琴を担当していた女子の名前は、岩城ののか。幼少期から音楽を習っていた彼女はド素人だった俺よりも格段に熟達していて、練習の際も何度かミスを咎められた覚えがある。
しかし事件当日のソレは練習の時の比ではなく。合奏コンクール本番当日、まさしく楽曲の一番のサビというところまできたところで、俺の手のひらからマレットはすぽーん、と空を舞った。しかもただ手のひらから抜けただけでなく、飛んでいったマレットは隣に置かれていた木琴の盤上へ。
––––––急に途切れたティンパニの低音のリズムと、旋律に紛れ込む木琴の間抜けな高音。
それは演奏音の渦中にいた演者の俺にさえ容易にわかる違和感を生み出して、からんからん、とマレットは床を転がった。
木琴の方を向くとそこには、人でも殺せるのではないか、というまでの気迫を込めた岩城ののかの目があった。
しかもそれだけでなかった。周囲の演者、大太鼓、木琴、鍵盤ハーモニカ、トライアングル、etc…さらには合奏隊の最前にてこちらを導いていた指揮者の先生すらこちらの方を向いて目をひんむいていた……。
「–––––––––はっ!!!!!!!」
……トラウマがフラッシュバックしたようだった。嫌な汗が額、首筋、背筋を滝のように流れる。
今宴会場の前にてミスをしてしまった男の子をこれ以上は見ていられない。キリキリと貫かれるような唐突な痛みを胃に感じて、取り皿を置いて宴会場を離れる。
……す、少し便所に…………。
俺は一人寂しく、いわれのないダメージを受けて宴会場の分厚い扉を開けて薄暗い通路へと再度足を運んだ。
「ん、今の人……」
「どうしたの?ののか」
「いや、なんでも。そういえば私も小学校の時合奏でやらかした記憶があるなぁ。あの時の男の子、確か名前が–––––––––」
・・・
要するに小中高、と。紛れもなく俺の人生は選択のミスの連続だった。単なるやらかしも多かったが、どこか自分が取れる選択肢で明らかな誤りがあったのは間違いない。
だからこそ、高校二年生から今、大学二年生に至るまで––––––例えその選択によってもう片方が永久に捨て去られることになろうとも、安牌となる選択を続けていくことを俺は選んだのだ。
薄い安物のトイレットペーパーを手に巻きながら、俺は思索する。ここ数年間記憶の彼方に消し去っていた種々の記憶だが、たったの三つ思い返すだけでここまでのダメージになるとは。やはり馴れ合いや、それに類する安易な期待を持つことはやめだ。
便器の水を流しつつ、個室から出て、広い洗面所で手を洗う。鏡面に映り込むどこか腑抜けた自分の顔を見て、ぱん、と両手で頬を張る。気を抜くなよ、俺。
ハンカチで濡れた手を拭いつつ通路を歩いていると、目の前に人影が見えた。暗がりでうまく顔の判別がつかないが、同時に発せられた、おーい、という台詞の声音には思い当たりがあった。
「この声は、柴崎先輩!」
「あったり〜!楽しんでるかい、新成人!」
「楽しんでるかどうかはそれなりですが、柴崎先輩の式辞聞きましたよ!とても心にくるものがありました」
「それはよかった」
廊下の先からやってきたのは柴崎あやめ先輩。高校の二個上の先輩で、先ほどの式の中で新成人へ向けたスピーチを行った人でもある。それもそのはず、今では東京大学の生徒として勉学に励みつつも、学生団体の主催をやったり、NPO法人の運営に携わっていたり、他にも仲間と共に企業を立ち上げていたりと、まさしく超人的に様々な活動に従事している凄いお人だからだ。
この先輩との出会いはそれこそ高校一年生の時、佐々木のぞみらに揶揄われた時に遡る。失意の中、屋上からとぼとぼと教室へ戻る途中、人気の少ない三年生のフロアを歩いていた時にこの人はいた。
てっきり誰もいない、と錯覚するほどに閑静としていた教室の一角において、女子生徒––––––柴崎先輩は一心不乱にペンを動かしていた。
「ん、君、一年生?」
「あ、そうですけど……」
こちらの視線に気づいたのか、ペンの動きを止めて廊下側の窓を挟んだこちらの方を向いてきた。動かしている間の集中力も物凄かったが、一度ペンを止めると快活な女子高校生のような屈託のない笑顔が照り映えていた。
「ちょうど今日ね、一次の足切りがわかったんだ」
実際に受験した今だからこそわかる。
2月14日は世間一般にはバレンタインデーではある……しかし国公立二次試験を受ける者にとっては、二次試験を受けるための切符が与えられる日なのだと。
「何やら思い詰めた様子だね。––––––なら、君も一緒に目指そうじゃないか!」
「え、それって」
「東京大学に、行こう!」
満面の笑みを浮かべて、先輩はそう言った。
––––––回想終了。
今更ながら思えばおかしな出会いではあるが、今では俺も無事、引き続き先輩の後輩として同じ大学……東京大学に学籍を置いている。
大学に入ってからも、学部が違うにも関わらず先輩のエネルギッシュな活動の痕跡は小耳に挟む以上の頻度で流れてくる。それほどまでに凄まじい精神力を持ったこの人を辿る、と決めたあの日の選択だけは間違っていなかったのかもしれない。
例えこの勉学を取ってあらゆる人生の陽キャ的な充実、恋愛などが捨て去られることになろうと––––––一生陰キャで終わろうと、なんやかんや俺は今の選択に納得している。
華々しいサークル活動?クラス内恋愛?東大に来てまでおかしなことにうつつを抜かす奴らはごまんと見てきた。
でもそれを選択するより、俺は最低限の交友関係。目的意識を持った日々の活動。尊敬すべき先輩との関わり。もっと大事な物を獲得できた自信が、ある。
やはりそうだ––––––馴れ合い、冷笑。
「そ、それでね、岡島君……」
ふと、目の前の先輩が話し始める。
普段の豪快な気迫はどこへやら、もじもじとしながらどこか自信の無い様子で俺の名前を呼ぶその様は、普段の柴崎先輩とは似ても似つかぬ物だった。
「私、もうこのあとは仕事ないんだ。も、もし、岡島君さえよければ、宴会の後–––––––––」
と、そこまで言ったところで。
廊下の奥、先ほどの宴会場へつながる大扉があったところから、足早な駆け足の音と怒声のような声量の声が響き渡る。
「「「ちょっっっっっと待ったあああああああああああああっ!!!!!!」」」
そう言って廊下の奥から駆けつけて来たのは三人の女性。振袖に身を包んだ、新成人と思しきそれらの女性は皆一様に……俺、岡島の最近の記憶には無い、初対面の人々……の、はずだった。よく見てみればその三人共が、皆揃いも揃って––––––この成人式の式典の中で会った、女性たちではないか。
一人は、市長の式辞の際に隣に座っていた、髪飾りを拾ってあげた女性。一人は、混雑していた通路の中ですれ違った黒髪靡かせていた女性。更に一人は、先ほど宴会場にて隣で食事を摂っていた女性––––––。
「出たな君たち、岡島君の心に古傷を負わせた張本人たちめ!」
古傷?いや確かに俺は一連のダメージを負った思い出話を先輩に語っていたが––––––もしかしてこの三人が、いやまさか。
「ええそうよ、私が佐々木のぞみ」
「わたしが大槻みどり」
「…岩城ののか」
「ようやく再会した岡島を、みすみす見逃すものですか!」
そのまさか。
人生は選択の連続、とは言われているらしいが。まさか選択して捨て去った側の概念が––––––向こうのほうからダッシュで来るとは、思わなかった。
小中高と自称インキャとして過ごしてきた東大生ワイ実はモテモテだった件 おいも @oimohgn
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