マイナスからのスタート

@aqualord

第1話

新しい生活が始まった、というのは間違いない。

しかし、大山にとっては、それは、けして希望に満ちたものではなかった。

大山は、いわゆる犯罪者であった。


軽くない罪を犯したが、幸いにも初犯であった事から、裁判で執行猶予のついた判決をもらい、さっき裁判所を出たところだ。

国につけてもらった弁護人は、大山が警察に勾留されているときにたまに会いに来て、これからどうやれば再び同じことをせずに済むか考えなさい、と繰り返した。

悪い弁護士ではなかったが、だからといって、大山が犯罪に走った原因を指摘するだけで、今後どうすれば大山が再び犯罪に手を染めないでいいかは、抽象的な話しをするだけだった。

釈放されたら、犯罪には手を出さないで、働いて金を稼いで、借金は整理しなさい、と。


その通りだった。


だが、就職の世話をしてくれるわけでもなければ、逮捕されていた間、溜まった家賃を立て替えてくれた訳でもない。もちろん、借金を返してくれるわけでもない。


大山が金に困って闇バイトに手を出してしまったのは、金がなかったからだ。

貯金どころか、当面、暮らしていくだけの金を稼ぐこともできなかった。

どんどん物価は上がり、アルバイトの時給が多少上がったとしても追いつく気配もない。

どうしても足りない分は借金したが、借金した金は返さないといけない。

悪循環が積み重なり、行き着いた先が闇バイトだった。


1回目は、犯罪だか犯罪でないのか解らないような、荷物の配達をやらされた。


だが、2回目に知らされた仕事は、テレビなんかでやっている、受け子だとすぐに気付いた。

だが、個人情報を握られて、逃げられないと思った。

ここで金を稼がなければ、借金からも逃げられないとも思った。


それに、どうせ、自分が損する訳でもないし、闇バイトのリーダーは捕まらない、犯罪じゃないと説明していた。


結局、大山はあっさりと逮捕された。


3か月ほど警察で暮らし、それなりに反省し、被害者のことを考えろと言われれば被害者のことを考え、今後どうしたら良いか考えろと言われれば今後どうすれば良いかを考えた。

そして裁判を受け、釈放された。


弁護士は、ちらっと「マイナスからのスタートです。執行猶予は無罪じゃありません。」とわかりきったことを言っていた。

だが、追い詰められた大山が追い詰められたままなのは変わらない。


家賃を滞納してしまったから、もうあのアパートには戻れないかも知れない。

住むところがなくなったら、どうやってスタートすればいい?

バイトの面接で、住所不定なんて言ったら、どんなに「面接即採用」なんてうたっているバイト先でも雇ってくれないだろう。

しかも、犯罪者だし。


大山は、マイナスからであってすら、スタートすることが難しい事に今さらながら気づき、道ばたに立ち尽くした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マイナスからのスタート @aqualord

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ