第5話「兄弟の絆」

『グッドモーニング! 国民のみんな!』


 突然、ラジオから陽気な声が流れてくる。


『朝から労働おつかれツぅ~w 今日も元気に国家のために働こうぜ!』


「ははっ、おつかれツぅ~w 良いよね、この挨拶! 面白くて」

「何ですか、このラジオ?」

「ヘルニア王国の国営放送だよ」

「ふ~ん。つまんなそうだから、他のチャンネルに変えましょうよ」

「無理」


『じゃあ早速、いつもの労働意欲向上歌を流しますか! と、その前に、これから名前を読み上げます。良いですか皆さん、それらをよ~く記憶しておいてくださいね! いきますよ? クィンティー・デスポンド。四十二才。男。赤ちゃんプレイ。20㎝』


 クィンティー? はて、どっかで聞いた名だな……。

 それから次々に名前、及びその人の年齢、性別、性的嗜好、チン長が読み上げられていく。


「何でしょうか、これ?」

「さあ?」


 そして、しばらくて……


『チンコン・ディック。三十才。男。ネクロフィリア。9㎝』


「あっ! ねぇねぇ、チンコンさん! 聞きました⁉ アナタの名前が読まれましたよ!」

「うん…」


『以上! 今しがた読み上げました全員が国家Z級反逆者です』


「………えっ?」


『彼らは三十才以上の独身であり、本来であれば死刑に処せられるはずだったのですが現在逃亡しており所在がわかりません。そこで事態を重く見たヘルニア王は、彼らを捕まえた者には褒美として千万円を与えると仰せられました』


「えっ⁉」


『ああーちなみに最後のチンコンとかいう奴は、名前が下品なので賞金を五倍の五千万円にするそうです』


「ええええぇっ⁉」


『では、みんなも反逆者捕まえて賞金ゲットだぜ‼』


 それから、いつもの労働意欲向上歌が流れ始める。


「…………………………ええええええええええええええええええっ⁉」

「チンコン、アホたれぇ‼」

「はうあっ⁉」

「ちゃんと前見て運転せんかい!」

「あ、すみません! ………………いやいやいやいやいやいや⁉ 今の聴いてましたか兄貴⁉︎」

「おう! ヌハハハハハハハハハッ! お前も難儀やな!」

「てか、殺意が高すぎるだろ⁉︎ どんだけ殺したいんだよ! 俺達独身を!」

「まあ異次元の少子化対策やからな。そりゃあ、そんぐらいせんとアカンやろ」

「ふざけんな! 独身を殺したって少子化問題なんて解決しねぇぞ!」

「落ち着けや、危ないやろが。おい、トラックを路肩に止めてみ」

「え、どうしてですか?」

「ワイが運転を変わってやる」

「いや、そんな⁉ 兄貴にそんなことさせられませんよ!」

「良いから変われぇ言うとるぅぅやろがぁ‼」

「は、はい!」


 俺はどこか訝しく思いながらもグリコ兄貴にハンドルを渡した。


「ん、兄貴? どうして道を引き返すんです? 市場はそっちじゃないっすよ」

「…………………………………」

「兄貴?」

「チンコン……お前、ワイの夢を知ってるか?」

「知るわけねぇだろ、そんな興味ねぇ」

「ワイはフェラーリに乗るのが、ガキの頃からの夢なんや」

「けっ、くだらねぇ…」

「でもフェラーリって超高級車ですよね?」


 ヴァギナが会話に加わる。


「そうっすよw 兄貴の年収じゃあ無理ですねwww」

「………まあな……。ワイの年収じゃあ一生かけても無理やろな………」

「いくらぐらいするんですか?」

「車種にもよるやろが、まあ新車で五千万ぐらいやろ」

「五・千・万www ワラw 兄貴、諦めてください! 俺がフェラーリのミニカーでも買ってあげますから! ねっ? フッw」

「ふ~ん、でも五千万円だったらチンコンさんを政府に売り渡せば買えますね」


 突如として、不意を打たれたように沈黙が生じる。


「あれ……? 違います? あれ、そうですよね…? ねえチンコンさん! さっきラジオで五千万円って言ってましたよね? ねえ、ねえ? あれ、私の勘違いかな………」


 異様な空気の重さを察してヴァギナは困惑していた。


「な、何で、急に二人とも黙るんです⁉ え? え? 私、変なこと言いましたか?」

「………………まさか兄貴……俺を売る気じゃないですよね?」

「………………チンコン……ワイがお前を裏切ったことあったか?」

「メチャクチャあります」

 

 キーーーーーーン‼ 

 

 「ツぅ⁉」


 いきなり体が前へとブッ倒れる。そのまま地面を裂くかのように、トラックが物凄い音を鳴らしながら急ブレーキをかけて止まった。


「いつや⁉ いつ、ワイが裏切ったんやぁ⁉」

「草の密売でサツに捕まりそうになった時、兄貴、俺のこと身代わりにして一人逃げましたよね? それと、ビスコ親分の誕生日パーティーの時だって、俺が用意したプレゼントを兄貴が奪い取って、あたかも自分が用意したかのように…………」

「もうええわ‼」


 グリコ兄貴が頭を片手で抑えながら俺を睨み付ける。ひび割れたフロントガラスには彼の血が付着していた。


「たった二回裏切ったぐらいでワイのことを疑うんか⁉ お前は! おおぉん⁉」

「いや二回じゃないっすよ‼ あの時だって……」

「もうええぇ言うとるやろがぁ‼」

「ちっ…都合が悪くなったらすぐ怒鳴りやがって……」

「なんやと‼ ならワイが助けてやったこと忘れたんか⁉」

「何が⁉」

「今朝、お前がサツに捕まりそうになったのをワイが助けたやろがい!」

「ぐっ…」

「………………チンコン、確かにお前にしてみれば、ワイの今までの行為が裏切りに見える時もあったかもしれない。だけど、違うんや…。あんま、こんな話し、しとうなかったんやが……仕方ない………要は試練を与えたんや! チンコン、わかるか⁉ 『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』。ワイは、お前をわざと困難な状況へ陥れて成長を促したんや! 極道の兄としてな!」

「あ、兄貴…!」

「ああ~チンコンさん、見てください! デカい鼻クソが取れましたよ!」


 退屈そうにしているヴァギナが隣で鼻をほじっては俺に見せつける。


「…………でも兄貴、ほんまですか? 今朝のことだって、俺がエルフを殺してしまったから助けてくれと連絡した後、確かに兄貴すぐに駆け付けてくれましたけど、でもそれって大麻のことが心配だったからじゃないですか? 俺がサツに捕まる前に大麻だけは回収しようって考えて……」

「ば、ばか、馬鹿、野郎! チンコン、テメェー! そ、そ、そそ、そんな訳あるかいなぁ!」

「だけど兄貴、俺の家に着くや真っ先に大麻の所へ向かいましたよね? 俺のことなんか気にも掛けずに……」

「あほたれぇ! 大麻は組の大事な商品なんやから心配するのは当たり前やろ!」

「やっぱり…」

「このドアホ! なら思い出してみ! あの後直ぐ、お前のために百万のワイロをサツに渡したやろ! 百万やぞ⁉︎ 百万! ワイの年収の五倍やぞ! それを迷わず渡したんやぞ⁉︎ 何故やと思う⁉︎ 当然、お前を助けるためや! お前のことを大事な弟やと思っているからや!」

「そうかな…そうかも……」

「そうに決まっとるやん‼︎」

「………じゃあ今度こそ兄貴のこと信じて良いですか……」

「当たり前やん! ワイら、兄弟やろがい‼」


 するとグリコ兄貴はニカッと笑い、そして拳をこちらに突き付けた。


「………………そうすっよね! 俺達、兄弟ですよね!」


 俺も自分の拳を兄貴のと突き合わせる。

 忘れていた。血の繋がりがないとはいえ、俺達は盃を交わし合った兄弟! この絆は、簡単には断ち切れない!


「あの〜すみません〜」


 ふと、外から声を掛けられる。見てみれば、ニコリ顔の警察官が一人立っていた。


「君達~ちょっと良いかな? 伺いたいことがあるんだけど~?」


 職務質問⁉


「あ、兄貴⁉ どど、どうしましょう⁉」


 俺は慌てふためき助けを求めて横を振り向く。が、運転席は、もぬけの殻……。いつの間にグリコ兄貴の姿が消えていた。


「………噓だろ? あの野郎、逃げやがった⁉」

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エルフと結婚して後悔しています。どうにか離婚出来る方法はありませんか? 神風のぼる @kamikaze117

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