第3話

「早速復讐が成功したな?」

「え?」


 エレベーターで二人きりになった途端和希さんが面白そうに話しかけてきた。


 復讐の成功……確かに予定通り結婚が受理された当日から乗り込んでくるほど、藤二は激高し悔しがっていた。

 成功と言えば成功なんだろう。

 でも。


「……そうですね。でも、あの様子じゃあ離婚させようと色々手を回してきそうです。それらを全部跳ね除けてあっちが打つ手なしとなるまで追い詰めなければ、復讐の成功とまではならないです」


 少なくとも、藤二が悔しさで打ちひしがれるまで私はスッキリしない。

 私の言葉に、和希さんがどこか嬉しそうに「そうだな」と返したところでエレベーターのドアが開いた。


 自宅であるマンションのカギを和希さんが開け、先に入る。

 後を追うように中に入ると、彼は振り返った。


「今日からここが愛実の家だ。……おかえり、愛実」

「あ……ただいま、です」


 久しぶりに口にする『ただいま』という言葉。

 同じ家で過ごす人がいるということを実感して、結婚したんだなとやっと心から理解してきた。


 じわじわと湧いてくる実感に、どこか気恥ずかしさを覚える。

 契約結婚なのだから、私たちの間に恋愛感情はないはずだ。

 でも、先ほどのように藤二から守ってくれる仕草をする和希には好感を覚える。

 整った容姿も、見とれてしまいたくなるほど。


 こんな相手が、どうして私の復讐のために結婚までしてくれたのか。


 何度も湧いてきた疑問。

 自分にも利があると和希さんは言っていたけれど、詳しいことは話してくれなかった。


「和希さん」


 クローゼットにコートをかけ終わってから、私は和希さんに声をかける。


「どうして私と結婚してくれたんですか?」


 何度も聞いてははぐらかされてきた答え。

 家に着いたら答えてくれると、さっき車の中でも言っていた。


「和希さんは、私との契約結婚でどんなメリットを得られるんですか?」


 今は家に着いた。

 今度こそ教えてくれるはずだ。


「それ、もう聞きたい?」


 私の質問に、和希さんは僅かに頭を傾け笑みを浮かべて聞き返してくる。

 その笑みが、なぜか少し怖いと思ってしまった。

 でも、今まで何度もはぐらかされてきた答え。

 どんな理由であっても知りたい。


「はい、聞きたいです」


 頷く私に、和希さんは妖しく笑った。


「そうか……わかった、教えるよ」


 妖艶さをにじみ出して近付いてくる和希さんに、私は思わず後退りしてしまう。

 でもすぐに壁に当たって逃げ場がなくなった。


 整った顔に妖しい笑みを乗せた和希さんは、そんな私をさらに逃がさないように壁に手を突く。


「なんで逃げるんだ? 俺がどうして愛実と結婚したのか知りたいんだろう?」

「そ、そうですけど……えっと、なんでそんなに近いんですか?」


 和希さんは壁に手を突いた後もジリジリと私に顔を近付けてくる。


「近いか? 俺としてはもっと近付きたいんだが?」

「だ、だって! これ以上はキスする距離になっちゃいます!」


 私の心を縛り付けるような熱のこもった眼差しに耐えられなくて目をつむる。

 でもそうすると和希さんの体温や吐息まで感じられて、更に恥ずかしいことになってしまった。


「……キス、したいんだって言ったら?」

「え⁉」


 耳を疑う言葉に思わず閉じていた目を開く。

 すると、情欲が込められた目と真っ直ぐ合ってしまった。


「な、んで……そんなこと」


 今まで、二人きりになったことは何度もある。

 でも、そういう色恋に関することを私はされたことも言われたこともない。


 契約とはいえ結婚を提案してきても、男女の雰囲気になんてなったことはない。

 だから、きっと子供としか思われていないんだろうと思っていたのに……。


「今まで愛実は未成年だったし、キスしたら抑えられなくなりそうだったからずっと耐えてた。……でも、今はもう成人しているし俺の奥さんだ。愛実が嫌がらない限り、何をしても許される」

「へ⁉ あ、あの……なにを言って……?」


 私は和希さんがどうして私の復讐のために契約結婚してくれたのかを聞いたはずだ。

 なのにどうして迫られているのか。


 訳が分からない!


「だから、俺は愛実が好きなんだよ」

「へ?」


 思考が停止した。


 オレハマナミガスキナンダヨ。


 まったく予想していなかった言葉に理解が追いつかない。

 でも、その間にも和希は語る。


「昔から、三浦さんから父に送られてきていた年賀状にかわいい子が映ってるなと思ってた」


 年賀状のやり取りがある頃と言ったら、三年より前のことだろう。


 え? そんな前から認識されてたの?


「直接紹介されなかったから面識はなかったかもしれないが、パーティーで見かけたこともある」


 パーティーなんて、私の記憶が正しければ中学一年のころに二度ほど行った程度だ。


 え? あのパーティー、和希さんもいたの?


「そして雑誌の撮影で偶然出会った愛実は、思っていた以上に可愛らしい女性だった」

「っ⁉」

「可愛くて、真っ直ぐで……俺は君に急速に惹かれた」


 和希さんの右手が、私の頬をスルリと撫でる。

 そのまま耳裏に長い指が滑り込み、頭を固定された。


「俺はな、愛実。お前を手に入れるために契約結婚を提案したんだ。……この結婚を本物にするために」


 うっそりと笑む綺麗な顔は、悪魔の微笑みにも見えた。

 私を捕らえる、キケンな悪魔。


 でも、どうしてかその危ない眼差しから目がそらせない。

 魅了された様に、どこか惹かれてしまっている。


「本気で好きだよ、愛実。……もう、逃がしてやらない」

「あっ……」


 ゆっくりと、和希さんの顔が近付く。

 少し長めの彼の前髪が、サラリと私の額に触れた。


「嫌なら、噛んでいいから」


 唇が触れる寸前、吐息と共に囁かれてゾクリと背筋が震えた。


「んっ」


 柔らかな唇が私のそれに触れる。

 初め優しくついばんできた唇は、徐々に激しく深くなっていく。


「んっ……は……まなみ……」

「かず、き……さ……」


 噛んでもいいと言われたけれど、そこまで嫌だとは思えなくて……私は深くなっていく和希さんのキスに翻弄された。



 この契約結婚は復讐のためのスタートだったはずだ。


 もしくは、私たちを離婚させたい藤二との闘いのスタート。


 でも、和希が私を落とすためのスタートでもあったということだろうか。


 この結婚は、何のスタートだったんだろう?



 私は和希の熱い腕の中で、答えの出ない問いを巡らせていた。


END

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契約結婚~復讐のJK花嫁は契約夫に捕らわれる~ 緋村燐 @hirin

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