地方から発信! Uターンスタート〜夢をもう一度掴み取れ〜

天雪桃那花(あまゆきもなか)

何度だって夢見よう

 私の髪が爽やかな風を受けてなびいた。


 ――目の前には、長閑のどかな風景が広がる。


 村の背後にはそんなに高くはない山々が丸まった頂きを並べて、なだらかな平野が続く。


 河原には春を報せるフキノトウに土筆つくし

 土手に咲くオオイヌノフグリのちっちゃな花や蒲公英たんぽぽが、そよいだ風に揺れている。


 まだ準備段階の田んぼや畑が見える。

 村民自慢の全国でも上位に入るほど澄んだ川が流れて、少し先には太平洋の大海原に出会える。


 私が歩く道、ここは四国地方の過疎化した村の入り口だ。


 住むのは高齢のお年寄りばかりで、村民の平均年齢は高い。


 若者の多くは、村に高校も大学も無いから進学や夢のために村を出て行く。遠距離でも実家から通う子もいるけれど、毎日となると交通の不便さは負担になってくる。

 そして学校を卒業していったん戻って来たとしても、村には働き口が少ないから職を求めて結局は街や大都市に行ってしまう。


 私もそんな一人だった。


「帰って来たんだ、私」


 あんなに故郷ふるさとを出て声優になりたかったくせに……。

 失敗したんだ。

 逃げ出したんだ。



 私は声優の推しに憧れて。

 声優という職業に恋い焦がれて、夢を抱き続けて、声優の養成の専門学校に通うために東京近郊に上京したのだけれど……。

 

 私は専門学校を卒業後は東京の声優養成所に進んだ。

 アルバイトを3つ掛け持ちしながら。

 血気盛んな若さがあった。


 ――いつか絶対に主役級の役につける声優になるんだ! って。




 でも、いくらオーディションに行ってチャレンジしたって、もらえる役は一言しかない役名もないキャラクターばかりだった。


 気づけば、上京して十年が経っていて、いまだに夢を掴んで芽吹くことはなかった。





「疲れちゃった。結局だめなんだな」


 すごく卑屈になる。

 残酷なことにいつもつるんでいた五人組のうち私以外が、養成所の仲良しだった子たちが次々と成功していった。

 人気声優になってコンサートやイベントとこなして、テレビ出演をしている。


 明らかな境界線――。

 私と彼女たちを隔てる、成功者と夢が叶わない平凡な人間。

 夢を掴んで仕事にした一握りの憧れの存在の彼女たちと、いくらやっても頑張っても夢を手に掴みそこねてる自分わたしだ。


 私は、彼女たちの成功を心の底から素直にお祝い出来ない自分に嫌気がさして、実家に帰ることにした。



     ◇◆◇



 両親は私が帰ることを伝えると、電話の向こうですこぶる喜んでいた。



 故郷ふるさとはこんなにも自然がいっぱいで、穏やかで広々としていたんだ。


 空が――遠くて、青くて濃い。

 穏やかな日差しが気持ちいい。

 鳥たちのさえずる声がする。


 私は乾いた畦道あぜみちを歩く。大きなキャリアケースに小さなトランクを縛りつけた大荷物を引っ張りながら。

 重い荷物は、はめられた足枷のように不自由さと滅入った気分に拍車をかけていたけれど。


 久しぶりの故郷の空気を思いっきり胸に吸い込んだ。深呼吸をすると藁や土の香りがした。

 私は大地の感触を確かめるように一歩一歩ゆっくりと歩く。


 心のなかにあった景色――、見慣れていたはずの村の様子をじっくりと眺め見渡す。


 長女として、当たり前のように我慢して、当たり前のように兄弟の面倒を見て両親の手伝いをした。


 癒やしは、当時流行っていた魔法少女のアニメだった。

 大好きなキャラクターの声優さんが、村民会館にイベントでやって来た。

 今となっては不明だが、人気の声優さんがこんなド田舎に来てくれたのは大切な友人がこの村の出身だったらしいけど、この話は定かではない。

 私の憧れの声優さんは結婚出産を機に引退してしまったから。


 何度も空想したのは、上京して人気声優になった私が誇らしく凱旋するいつかの日。そのつもりだった。


 だから帰郷するのを我慢していたから、ものすごく久しぶり。


 夢を持って叶えるために都会に出て勉強してアルバイトして、憧れの職種に接しながら都会に住んで暮らしたけれど。

 声優という夢は仕事にならずに行き詰まり失恋もした。辛いことが重なって、疲れきって、心が折れた。


 ――帰って来ちゃった。


 懐かしいなぁ。

 私は古い平屋の造りの実家に着く。

 うちは代々続いてきてるゆずや文旦の農家だから、家はわりと広いが決してお洒落ではない。

 外観もどの部屋も和風で昔ながらの、ザ・日本家屋って感じなんだよね。


「ふぅーっ」


 玄関先でため息をついてから、チャイムを鳴らそうとしたところで後ろから声をかけられた。


梨歩りほ〜!」


 振り返ると、よく陽に灼けて元気な幼馴染みの顔があった。

 会うのはいつ振りだろう。成人式以来?


「みなみ! ひさしぶりっ、元気だった?」

「お帰り。元気元気。今日帰って来るって聞いてたからさー。嬉しくって仕事切り上げて来ちゃった」


 うん、幼稚園の時から変わらないなあ、みなみの笑顔。えくぼが可愛いんだよね。


「ただいま。ありがとう、駆けつけてくれて」


 私は、みなみが一足先に都会から村に帰って来たことを、母から聞いていた。

 狭い村だもの、そういった話や噂はすぐに広まる。


 みなみは歌って踊れる実力派超人気アイドルになるんだ! って、勇んで東京に行ったんだ。


 私とみなみ、声優とアイドルお互いの夢を語り合ってた日々がきっといちばん輝いていた。


「梨歩〜。あとでさ、夕御飯一緒に食べに行こう。栞里が酒屋の一角で立ち呑み屋始めたんだよ」

「へえー、良いねえ」

「栞里んトコね、鰹のタタキに干物定食や刺し身も美味しいよ。久しぶりだから、たくさんお喋りした〜い。梨歩にちょっと相談もあんの」

「相談って?」

「あとでね」

「うん、分かった」


 みなみが私に相談ごとってなんだろう。



     🌸🌸🌸



「ほら、鰹のタタキと鯵のフライ定食だよ〜」

「わあ〜、美味しそうっ!」


 私とみなみは、小学生の時から仲の良かった栞里のお店に晩御飯を食べに来た。

 栞里は実家の酒屋を継いで、お店を改造して空いたスペースに立ち呑み屋を開いていた。


 香ばしい焼き立ての鰹のタタキは藁焼きで、醤油ではなく粗塩と生姜やにんにくに葱と紫蘇がかかっていた。

 揚げたて鯵のフライにはたっぷりと生姜や小葱に玉ねぎとピクルスを入れたタルタルソースがかかっていて、食欲がそそられる。


「「いただきま〜す!!」」


 新鮮な鰹のタタキに鯵のフライ、どちらも厚めに切られた身で食べごたえも充分だ。

 美味し〜い。

 私はゆずの炭酸ジュースをごくごきゅっと飲んで、みなみはビールを飲んだ。

 ぷはあっとちょっぴりおじさんみたいに二人で息をついて大声で笑った。


 栞里が白ワイン一本と注いだグラスを持って登場する。


「「「カンパーイ」」」


「三人して夢を叶えるべく都会に出たけど、結局さ私もみなみも、そして梨歩もここに帰って来ちゃったねー」

「うん、そうだね」

「うん。まあさ、仕方ないよぉ」


 栞里はテレビ業界で働くと言って脚本や映像を学べる高校と大学に進んだんだけど、おじさんが倒れたりで東京では就職しなかったんだったよね。


「でもね、私……。帰るトコがあって良かったなって身に沁みてるんだ」

「「それ分かる、分かる」」


 おつまみを食べる箸もお酒もどんどん進む。

 私もみなみも栞里も、頬がほんのり桜色に染まってる。


「ねえ、梨歩は実家の農業手伝いながら、村の役場で事務仕事するん?」

「うん。親が心配して、お婆ちゃんの知り合いが役場で働いてたから推薦してくれた。まあ、バイト扱いだよ。……私、鬱病になっちゃったからさ。働き続けられるか心配で。リハビリのつもりで週三のバイトと家の手伝いをやるからってことにしてもらった」

「「梨歩……」」


 気の毒そうにするみなみと栞里の顔、ちょっと切なくなる。


「やだあ、二人とも。しんみりしないでよ〜。さあ食べよ、食べよ。どんどん飲もう飲もう。そういや、みなみの相談ごとってなに?」

「ああ、そうそうっ! 実はね、彼氏がテレビのローカル局で働いてるんだけど」

「彼氏ー?」

「みなみに彼氏が出来たって初耳なんだけど」


 赤く頬を染めたみなみは照れくさそうに言った。


「えっと、あのー。私の彼氏って太一たいっちゃん」

「「太一たいっちゃんってあの伊沢太一〜!?」」

「うん、まあ」


 伊沢太一くんこと太一っちゃんは、みなみを幼稚園生の時から健気に一途に想っていた。

 はたから見ると、いじらしいぐらいに。

 太一っちゃんは『みなみ大好き!』がだだ漏れで。

 周りはみーんな彼がみなみを好きだって分かってた。……そう、鈍感なみなみ以外はね。

 お互い上京すると離れ離れになるからってタイミングで、彼が一世一代の告白をみなみにしたんだけど……。


「みなみ、あんたひ弱なガリ勉だからヤダって、高校の時に太一っちゃんをこっぴどくフッてたくせに〜」

「そうそう。みなみはさ、あの頃かなりのミーハーだったよね〜? 太一っちゃんなんか目もくれずに流行りの韓国アイドルに夢中だったしね」

「ううっ。だって学生時代には太一っちゃんさ、二人きりの時だとあんまり喋ったことがなかったからね。好きって言われたの突然だったし。……それがさー、こっちに帰って来てすぐにまた告白されて。……彼、これがなかなか洗練されてて格好よくなってたんだよね」

「ひどーい。みなみ、まさか見た目で?」

「わあっ、違う! 見た目だけじゃないもんっ。……太一っちゃんと一回でいいからって誘われてデートして話してみたらね、気が合うっていうかお喋りが尽きないっていうか……。もぉーいいじゃん、私の恋バナは今度でー」


 みなみと太一っちゃんの馴れ初め。

 もっと私、付き合うことになったその時のことを聞きたいけどなあ。


「それより、今度ね、太一っちゃんさ、このあたりの地方を題材にして田舎の特色と活かしたアニメ制作をするんだって」

「へえ〜」


「それでね、声優とか映像編集とか舞台に立って歌ってPRや宣伝をやれる人を募集してるんだ。これって私たちにうってつけの仕事だと思わない。だからねっ、二人とも一緒にやらない?」

「「ええーっ!?」」


 それは降って湧いたような幸運な気がした。

 ――「やりたい」と、心が瞬間言って熱を帯びたのが分かった。

 私、声優の仕事が好きなんだ。

 都会で失敗して心を病んだ私だったけど、破れた夢を諦めたわけじゃなかったんだって思い知る。 


「梨歩、栞里。どうする? 私は二人とやりたいの。三人で夢をまた掴むまで頑張ろうよ。チャレンジしよう!」

「やるっ!」

「私もやるよ」


「私たち、これから何度だって夢を見たら良いんだよね?」

「「もちろんっ」」


 私が二人に問いかけると力強い答えが返ってきて、すごく嬉しくなってくる。

 胸がわくわくで高鳴った。


 私たちにはそれぞれ学んで培ってきた経験がある。

 みんな得意分野があって。


 自信はすっかりなりを潜めてしまい、落ち込んで沈んでいたけれど。

 ……ああ、絶好のチャンスが転がってきた。

 これはまたとない、逃しちゃいけない大チャンスな気がする。


 今の時代は無理して都会じゃなくては活躍できない時代でもない。


 インターネット上でたくさんの人たちが見てくれるんだ。

 ファンになってくれる。

 SNSが活発なYouTu◯eやイン◯タグラムなんかもあるし。

 

 田舎ならではの面白い情報や美しい景色、それに村の人々のこと、活発に話題を発信していける。


 どうして合わない都会での暮らしに固執していたんだろう。


 ここはまさしくホームベースだ。


 せっかく咲き頃の私たち。

 他人をひがんで自分を活かしきれてなかった。

 信じていなかった。


 ――スタートしてみよう!


 Uターン組の再スタートだ。

 それに少しでも村の活性化に繋がったら嬉しいじゃん。



     🌸🌸🌸



 帰郷して一年後――。


 私はテレビ局の忙しさにも慣れ、目まぐるしく過ぎていく仕事の時間が愛しく感じていた。

 

 びっくりなことに、地方のローカル局のアニメ番組なのに、私たちが携わったゆるーい動物キャラのアニメは全国区でも知られる人気を博した。

 私は主人公キャラの犬の声担当で、脚本は栞里。

 みなみはアニメにも登場する動物たちの同居人のお姉さん役だ。

 主題歌とへんてこなダンスがバズった。



 今日は栞里のお店で、ますます頑張ろうって気持ちが高まって自分達の士気を上げる激励会を開いた。

 お店には店員さんにもお客にも懐かしいメンツがちらほらといた。


「いらっしゃいっ。梨歩ちゃん、みなみさん」


 作務衣姿にバンダナと前掛けを付けて、長身で威勢の良い店員さんにドキッとする。

 目が合ったらにっこりと微笑んだ。

 うわっ、キラースマイルだ。


 私たちの名前を知っているこの人は……。


「久しぶりー、かあくん」

「どうも、どうも」


 栞里の二つ下の弟の翔琉かけるくんだ。あだ名はかあくん。


「やだー、かあくん! すっごいイケメンになっちゃってるぅ」

「ほんとほんと」

「いやそんな。からかわないでくださいよ」

「二人とも翔琉かけるが本気にするからね、あんまちょっかい出さないで〜」


 脚本を書く二足のわらじの栞里は忙しすぎて、最近京都の民宿に働きに出ていた弟を手伝いのために呼び戻していたのだ。


「そうだ。これ見て見て〜」


 栞里が私に、一枚の紙を渡して来た。

 夏祭りのポスターだ。

 カラフルな花火の写真と見出しに私たちみんなで作ってるアニメのキャラクターのイラスト。


「なにこれ? 夏祭り?」

「翔琉と太一っちゃんがやろうってさ」

「私もつい昨日、太一っちゃんから聞いたんだけどね」


 みなみの彼氏の太一っちゃんもやる気になっているってことは、テレビ局も少なからず協力してもしかしてスポンサーになるんだろうか。

 だとしたら中継とか入ったりで盛り上がるだろうなあ。


「親たちも年くって来たんで。村じゃもう何年も夏祭りが出来てないんだって。川原で花火を何発か上げて神社の境内で露店をいくつか出して、昔、やってた夏祭りと花火大会を俺たちでやるんだ」

「へえ、面白そう」

「村じゃ力仕事が出来る若者が少なくなったき、あちこち声をかけて人を集めたんだ。年取ってきたおばちゃんやおんちゃんらも喜ぶと思うんだよね」


 標準語に時々方言混じりになる翔琉くんは活き活きと喋る。

 私は方言に戻るだろうか。家族には方言のアクセントがすっかり下手くそになったと、からかわれたけれど。


「梨歩ちゃんも手伝ってくれるよね?」


 ニッコリと笑う翔琉くんの目の奥はキラキラと力強く輝いていた。

 眩しくて、どきんと胸が音を立てた。


「うん……私にも何か出来るかな?」

「出来るさ! 仕事終わってからみんなで集まって色々準備しよう。梨歩ちゃんはうちの姉貴と違って器用だったよね。それに梨歩ちゃんってさ、笑顔が素敵だし可愛いし。しかも居てくれるだけで昔っからいっつも周りが癒やされたり場が和むんだよ? うんっ、充分ムードメーカーだから戦力になるよ。なによりさ、夏祭りをやって花火を見て。俺は梨歩ちゃんに喜んで欲しいんだ」


 ――ちょっ、ちょっと待って。

 胸が高鳴ってしまう!


 サラッと『可愛い』とか話に織り込んでなかった?


 翔琉くんとしてはただの社交辞令だろうに。

 私が鬱病だったのを栞里から聞いて、気を遣ってくれてる?

 落ち込んでたけど、もう大丈夫だよ。

 実家に帰って来て、田舎の景色にほっと心が落ち着いた。一番は優しくて明るい友達に再会したから、元気になれた。励まされた。


 それから、こっちで声優の仕事にもつけたし。可愛い動物アニメ、ちゃんとたくさん台詞がある主人公の役だもの……。


 私の病気は回復傾向にあって、服薬も減ってきたんだ。


 その日は翔琉くんが、店の閉店時間になって私たちとの飲みに参加した。



    🌻🌻🌻



 我が村に、真夏がやって来ました。

 空は濃い青が広がり山はあおあおとした緑で覆われて蝉時雨が騒がしい。


 じりじりと肌が焦げつきそうなぐらいに容赦なく太陽の日差しが猛烈で、地面からの照り返しがさらに暑い。


「も〜っ、めちゃめちゃ暑いな――!」

「汗でお化粧が崩れるぅ。ウォータープルーフにも限界があるっしょ」

「ほんと、ほんと」


 私とみなみと栞里、文句を言いながら、でも顔は思いっきり笑ってた。

 みんな、ご機嫌だ。


「楽しみだね」

「うん、すっごく楽しみ」

「夏祭りが無事に開けそうで良かった」


 夏祭りの会場の神社に、自転車をぐんぐん漕いで三人で向かう。

 田んぼの畦道もなんのその。

 

 


 規模は小さいが、村の小さな神社で朝から夏祭りがいよいよ始まった。

 神社の敷地にも向日葵が咲いていた。

 満開の向日葵は太陽みたいでパワフルだね。


 神社の境内には、村民たちが作る屋台が並びました。


 神社には大勢の村の人々が集まって、お囃子が流れていた。楽しそうな人々のお喋り、ワイワイととても賑やかだった。

 毎年夏に行われていたお祭りを思い出していた。



 私は感極まっていた。

 みんなで一丸となって資金集めから始めたんだよ。


 集まった村民の若者中心で、会場の飾り付けや学校から借りた白いテントを張ったりした。

 実際に開催する側になって、大変さを知った。子供の頃は当たり前にあった夏祭り。大人たちが一生懸命開いてくれていたんだ。


 昼には、テレビ局の助力もあって、私たちのアニメ番組の動物キャラの着ぐるみステージショーが行われる。司会進行はみなみで、キャラのアテレコは私と栞里や同級生たち。

 夜には花火を上げることになっている。



 私は参道の一角の休憩テントで座っていた。

 昨夜ゆうべから楽しみすぎてわくわくなテンションが続きすぎて。それが超えたら、ちょっと緊張してきた。

 出番が来たって、私は声だけで顔出ししないのにね。




 私がボーッとしてたら、突然――!


「ひゃあっ」


 片頬に冷たい感触がして、私は驚いて小さな悲鳴を上げた。


「ごめん、驚いた? どうぞイチゴのかき氷、食べて。梨歩ちゃん、好きだったでしょ? イチゴ味」

「あっ、ありがとう。翔琉くん、そんなこと覚えていてくれたんだ」

「そりゃあ、まあ……。一緒に夏祭りに何度も行ったじゃない? ……梨歩ちゃん、俺と二人っきりでここに来たこともあったの、……あのさ、もしかして忘れた?」


 淡い、遠い記憶。

 なんでか二人っきりな時あったよね。

 たしか私が高3で、翔琉くんが高1の夏だった。


「実は帰って来るの迷ったんだ」

「そうなの?」

「京都は歴史や文化や伝統が学べて、それに加えて新しいものや流行りなものもあったりで刺激が多いし。観光客も日本人だけじゃなくって海外からもたくさん来るから、毎日同じ日なんてなくって変化が楽しかった」

「そうだよね。都会はこの村にはないもので溢れてるよね」

「――だけど」

「だけど?」


 ベンチの横に座った翔琉くんが私の顔を瞳をじっと見つめてくる。

 私の心臓の鼓動が早くなった。

 見つめ返せずに、私はもらったイチゴのかき氷をぎこちなくスプーンで掬い上げた。


「梨歩ちゃんが帰って来たって、姉貴に聞いたから」

「えっ? えっ?」

「俺、梨歩ちゃんのこと、好きなんだ。……昔っから。ねえ、梨歩ちゃん、気づいてなかった?」


 う、そ。

 翔琉くんって私なんかのことが、好きなの?


 だって翔琉くんってカッコよくって優しくって、サッカー部でモテモテで。

 いつも周りに友達や仲間や可愛い女の子の同級生たちに囲まれてた。


 どうして、私?


 学生の頃はすっごく地味で、おどおどしてた。

 そりゃあ、声優のお仕事が定期的に出来るようになってからは、少しは度胸がついたかもだけど。


「俺ね、かくれんぼ隠れるの上手かったみたいで。最後まで残っとると泣きそうになってさ。いつも梨歩ちゃんが見つけてくれたき」

「ああ、そんなこと……」

「他にもいっぱいあるき。俺、ちっちゃい頃は鈍くさくて姉貴に浜辺でよう置いてきぼりくらっちゅうとこに、梨歩ちゃんが助けてくれたがよ。家に帰られんがで、このまま死ぬかと思いよった時に梨歩ちゃんの顔見えて泣いたん。ははっ、思い出すと情けないろ?」


 翔琉くんのことは弟みたいだと思っていた。

 だけど、真剣な眼差しを時折混ぜながら私を見つめて来て、思い出話を語る翔琉くんは、もう充分見た目は大人でカッコいい男の人だ。


「梨歩ちゃん、キャラクターショー頑張って」

「うん、頑張るよ」

「で、終わったらデートしよ?」


 翔琉くんに耳元で囁かれた。


「……ひゃっ」


 キィヤアァァァッ、不意打ちの攻撃だ!

 どっきーんと、胸の奥に衝撃がはしる。

 私の耳元にかかった甘い吐息と誘いの余韻が残って、ドキドキが止まらない。


 近い距離に翔琉くんの顔がある。

 私は身動きが取れずにいた。


 恋愛経験は浅いけど、私まったく今までないわけじゃないのに。


 翔琉くん相手だとぎこちなくなる。

 どきどきしすぎて、どうしたらいいの〜?


 私の両手で抱えたイチゴのかき氷がずいぶん溶けてしまっていた。





「翔琉ー。サイダー運ぶの手伝ってー」

「了解〜」


 そこで翔琉くんの同級生がテントにやって来て、彼を呼んだ。

 同級生に返事をした後、私に向かってクスッと悪戯に私に笑った翔琉くんは立ち上がると、ゆっくりと去って行ってしまった。





「梨歩ー、そろそろ出番だよ〜」

「支度しよう?」


 私を捜していたみなみと栞里が休憩場所にやって来た。


「あれえ、梨歩。なんか顔が赤いぞ。大丈夫? もしかして熱中症?」

「ううんっ、心配いらないよ。熱中症じゃないから」


 すると勘がピーンっと来てしまったのか、栞里がニヤつき出す。

 私の頬をつんつんと人差し指でつついてきた。


「ねえねえ、梨歩〜。さっき翔琉がここに来てたよね? もしやあいつになんか言われた?」

「い、言われてなーい。なんでもなーい。さあ、ショーの準備に行かないとね」


 私が慌てて立ち上がって休憩所を出ると、栞里とみなみの追撃が始まる。


「かあくんとなんかあったの? 梨歩ー、教えてよ〜」

「あのさあ、翔琉の姉は私なんですけど。弟のことは姉の私には教えてくれても良くな〜い? 誰にも言わないからー。梨歩ったら、ちょっと待って」


 私は夏祭りのステージまで急いだ。あとから栞里とみなみが追いかけて来る。


 神社の参道には屋台が並び賑やかで、いろんな香りが漂っていた。

 集まった村の人たち、老若男女が楽しげで浮かれてる。

 浴衣の人もたくさんいた。


 流れるお囃子に、笑い声が混じってた。


 居場所を決めて再スタートをきった私には、自分の故郷がかなり元気になったように見えてきた。



      おしまい♪

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