パパ上様日記 ~スタートを決めるには今がちょうどいい~

ともはっと

今年最初のはつおこり



「母さん。俺、痩せるよ」


 急に何を言い出したのか。

 真剣な表情で、私ことパパ上の妻、ティモシーの腹をぷにぷにしながら言う、パパ上の息子、セバス。

 ちらりと私のほうを見ては、その視線は私の顔ではなく、私のお腹に向いていて。


「母さん。俺、痩せるよ」


 と、真剣な表情で、ティモシーに再度の新年の抱負を伝えるセバス。


 目線とその所作は気になるが、言っていることはとても素晴らしいことだ、と、セバスのためにティモシーは世界的密林様をすぐさま開く。セバスだけでなく、自分もその恩恵にあやかろうとしているのかもしれない。だからこそのスピーディさかもしれない。







 新年。

 パパ上の園こと、我が家。


 簡単に言うなら。

 一家全員(娘以外)、太りすぎた。


 それこそ、壮大な物語が開けるかのように、太りすぎた。原因は恐らく、いや、間違いなく、いくら――いや、待てよ、もしかして鮭か? 違う。荒巻鮭は今年食べてない。酢ダコか? あれは私が丸々足一本分一日かからず食べきった。ではなんだ、何が原因だ。やはりふるさと納税で手に入った高級ないくらだ。そうだ、間違いない!……あれ、私、それ食べてないな……?


 だが、何度も言うが、その宣誓が、セバスこと我が息子の、新年の抱負である。

 スタートを切るにはとてもいいタイミング。今年受験控えてるからこそ、色々とスタートを切るにもちょうどいいのではないだろうか(現実逃避ともいう)




 それはもう、コロナ前まではこんなたぬきみたいな下っ腹には、なってはいなかったのだ。

 セバスは水泳部に所属しているけど、猫背のためかお胸様が出ている。おまけに、今年の正月に食っちゃね喰っちゃねくっちゃくっちゃくっちゃくっちゃと、年末からおこたでこたつ虫となって、スマホ片手にトイレさえも億劫だぁ、いっそのこと、息を吸うのも面倒だぁというテイで寝続けていたので、そりゃ太る。



 セバスの場合は、である。私は何もしてなくても太る。うん、宿命だ。



 だからこその、


「母さん。俺、痩せるよ」


 と、私のお腹を見て、そう発言したのだろう。



 で。……なんで私の目を見て言わない? なんで下っ腹だけ見て言う?

 なんでティモシーの下っ腹つまんで言う?


 だけども、セバスの成長著しさに、私もティモシーも涙ものである。

 真剣な顔をして決意する息子のために、ダイエット器具を購入してやるのも吝かではない。





 そして、購入した、鉄アレイ。





 いまちょうど。家族全員で少し遅めの初詣に行こうとした矢先。

 我が家の玄関の鍵を閉めた時に出会った配達員から段ボールを渡される。



 ……あれ?

 お腹だよね? お腹が出てきたから痩せる発言だよね??



 世界的密林様から届いたものごっつ重たい段ボール箱を持ちながら、そう思う。

 段ボール箱側面の笑顔が余計に腹立つ。なんだこのスマイル。ドヤってんのか。



 とにもかくにも、いまではない。別に世界的密林様が悪いわけでも、配達のお兄さんが悪いわけでもない。ただただ、注文した私たちが悪いのだ。むしろお仕事ご苦労様です、ってくらいの想いだ。

 だがしかし。今渡されるものではないだろうと思いながら、いそいそと玄関を開けて入口の玄関かまち付近にどすんっとおいて、さあいざ出発だ。























 帰宅。

 長い長い旅路から帰ってきた我が家一同。

 毎年恒例となったちょっとだけ遠い場所にある、仏教寺院の大本山の一つで今年のお参りをして。

 みんなでおみくじ引いたら、『末小吉』という聞いたことのないくじをパパ上が引き当てて。

 恋愛は良好。縁談は来るらしいけど、邪な考えをもって異性に接したら危ういことになると書かれているうえに、説明文に「姦」って書いてあるの初めて見たよ。え、隣のティモシーが鬼のような形相でこっちをみてるって?……ほんとだっ、と思いつつ。


 キツネ様にもなむなむして夕方に帰宅。


 家で寂しく待つセキセイインコのミグとキーに「みぐけけきーけけ、みぐけけきーけけ」と、魔法使いの儀式のような謎の歌を歌い、歓喜を踊りで表現する家族の声。




 ああ、いつも通りの光景。

 きっと今年も我が家は平和。我が家はとても仲のいい家族だ。

 我が家のスタートも、また幸先いいものであることを、しみじみと感じながら玄関を閉めて鍵を閉めてはくるりとターン。

 靴脱いでほくほくと玄関かまちに上がる私。





 ――ごつんっ





 私の左足の小指に、衝撃が走る。



「ぁぁああぁああぁああっ―――――――持ってかれたっ!」



 それはもう、小指を角で打ったというべき強烈な痛みを小指の角を打ったと言ってしまいそうなほどの衝撃が駆け巡る。玄関かまちあがってすぐさまうずくまる。その姿はまるで錬金して片足失って叫ぶどこぞの鋼の術師様だ。




















「てぇぇっめぇぇぇっ! 帰った来たんだからここにでっけぇ鉄アレイを置いとくんじゃねぇよっ! 何考えてこんな重たいものここに置いてんだ! なんてもの買ってんだ! ぶつかったらいてぇだろうがぁ! ていうかお前、痩せたいって言ってんのになんで鉄アレイなんだよっ! 胸か! 胸を減らしたいだけか!」

「え、いや、待ってパパ上。それそこに置いたのパパ――」

「ぁあ!? 買ったのはてめぇだろう!? 帰ってきて早々に自分で片付けんのがスジだろうがぁっ!」








 初怒り。

 今年は、私が朝受け取って置いた、鉄アレイでの自爆によるセバスへのお叱り。


 罵倒から始まった鉄アレイダイエットのスタートは、セバスの心を挫くのか。

 セバスのダイエットの旅は、まだ、始まったばかりだ……っ!








 そんなしょうもないことで怒っては騒ぐ。


 我が家は、今日も。


 平和である。








 末小吉だけどね。

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