幼なじみ彼女が浮気していると彼女の友達から聞いたのだが
武藤かんぬき
本編
俺には保育園の頃からずっと同じ学校に通う、幼なじみの彼女がいる。
兄妹みたいだった俺たちが恋人になったのは、高校1年になってすぐに瑞希に告白されたからだ。情けない話だが、俺も瑞希のことを好きだったのだが告白する勇気がまったくなかったのだ。そんな俺に業を煮やしたのか我慢できなくなったのか、瑞希の方から告白してくれた。
好きな人が告白してくれたのだから、俺はすぐにOKして俺たちは恋人同士になった。それから1年、色々と経験して恋人らしくなってきた俺たちだったのだが、最近その関係に暗雲が立ち込めてきていた。3ヵ月前に瑞希に告白した相沢とかいう同学年のヤツがいるらしいのだが、最近度々瑞希は休みの日にそいつとふたりきりで遊びに行くようになっていたらしい。
らしいばかりなのは、俺はそれをついこの昨日までしらなかったのだ。なんか休日一緒に出かけようって誘っても、断られる頻度が増えたなと変には思っていた。教えてくれたのは瑞希の友達で俺とも同じ中学出身の飯田さんなんだけど、写真を見せてもらったら瑞希が相沢の腕に自分の腕を絡めて寄り添うように歩いていてすごいショックを受けた。
それだけじゃ浮気とは言えないのかもしれないけど、俺たちの年齢だとこれまで生きてきた時間の大半を一緒に過ごしてきた相手が幼なじみじゃん。瑞希にとってはそんな幼なじみ兼彼氏の俺なんか、こんな数ヵ月前に現れたポッと出の相手のために捨てられるしょぼい価値しかなかったのかもしれない。
しばらくどうするかは考えるわ、と飯田さんに伝えてからはずっと凹んでいた。相沢はかなりのイケメンらしいしな、それに引き換え俺はパッとしないモブだから気持ちが移るのもわかるけど。振られるならできれば知り合い経由じゃなく直接言ってほしかったわ。
「伊吹、一緒に帰ろ!」
そうかと思ったら、放課後になったら瑞希はいつもと同じ態度でこんな風に俺を誘ってくる。なんなのこいつ、罪悪感とかないのか?
昨日一晩ひとりでぐるぐると頭の中で考えを巡らせていたけど、これは誰かに気持ちを吐き出さないと近いうちに暴発する。浮気疑惑があっても、瑞希のことは大好きなのだから傷つけたくない。暴発したら絶対に暴言吐くと思うんだよな、自分のことは自分がよくわかっている。
そう考えて今日の放課後は所属している文芸部に顔を出すことにしていた、相談相手としてオタ仲間3人を招集してある。
「あー……ごめん、今日部活あったわ」
「えぇっ!? ちゃんと教えておいてよー」
そう言って残念そうな表情を浮かべた瑞希、一度疑いを持つと全部が嘘くさく見えてくる。でもまだ確定はしてないし、俺としては本人の口から話を聞くまでは決めつけたくない。
だから『じゃあまた明日ね』と手を振って教室を出ていった瑞希を、いつも通りの表情で見送った。そして俺もすぐ文芸部の部室に向かい、すでに揃っていた友達にモヤモヤと愚痴を全部吐き出した。
「リアルNTRとかレベル高いな」
「俺ダメだわ、NTRとか受け入れられん」
「そういうヤツが逆に沼にハマりやすいんだぞ。伊吹は才能があると思う」
ダメだこいつら、誰一人として慰めの言葉とか掛けてくれないのかよ。ちょっと涙目になりつつ睨んでいると、『マッチョ』というあだ名の友達がフンと鼻を鳴らした。
「そもそも俺たち彼女なんかいないしな、相談されても何と言えばいいのかわからん」
「そこは想像力を働かせてくれよ!」
「リアル彼女持ちなんかとっとと別れればいい、俺たちのところに戻ってこいよ」
「カッコつけてるけど、めちゃくちゃ酷いこと言ってるって理解してるか!?」
普段は温厚で仏みたいな性格だから『大仏』というあだ名のヤツが、吐き捨てるように言った。思わず悲鳴のように文句を言ったけど、どうしちまったんだよお前。
「ぶっちゃけ、俺たちが何をどうこう言っても本当のことはわからんしな。彼女に直接聞いてみるしかないんじゃないか? それで別れるならそれまでの話だし、そうなったら俺たちとオールで胃が痛くなるようなドロドロした恋愛アニメを見ながら騒ごうぜ」
「アニメのチョイスおかしくない!?」
普段から仕切り役が多いから『リーダー』と呼んでいる友達が最後をそんな風に締めたので、俺は思いっきりツッコミを入れた。そりゃあ言ってることはごもっともなんだけどさ、もうちょっと励ましとか優しさとかが欲しい。切実に。
その後『話し合うならふたりきりは避けて、ファミレスとかにぎやかなところでしろ』だの『録音はしておけ、お前が悪いように吹聴された時に証拠になるぞ』だの、役に立つのか立たないのかわからないアドバイスをもらった。どこからそんな知識を仕入れてきたのか、多分ネットだろうな。
「しかし相沢なぁ、お前ら知ってる?」
「いや、聞いたことないけど何組のヤツなんだろうな。少なくとも6組から8組にはいないよ」
「うちのクラスにもいないな。他人の彼女を取れるヤツならイケメンだろうし、普通は名前ぐらい知れ渡ってるんじゃないか?」
3人が相沢のことを懐疑的に話していたらしいが、俺は既に部室を出ていたためにその会話は聞こえなかった。聞こえてたらもうちょっと、いろんな可能性を考えられたのにな。
この時の俺は大事な幼なじみで恋人の瑞希を失いそうで、なんとかしないとと必死だったんだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『アドバイスを踏まえて週末にでも瑞希を誘ってファミレス行くか』と計画を立てていたのだけど、誘うところでいきなりつまづいた。飯田さんにお願いして見せてもらった画像を送ってもらったり、念入りに準備もしたんだけどな。密告者が飯田さんだと瑞希にバレたら、ふたりの仲が悪くなるかもしれない。それは避けないと。
翌日、放課後までソワソワしながら過ごして瑞希が教室に迎えに来るのを待った。思えばこれも不思議なんだが普通浮気してたら彼氏なんかどうでもよくなって、教室まで迎えに来るなんて面倒くさいことはしなくなるんじゃないだろうか。まぁ瑞希の場合は幼なじみの面もあるから、惰性というか習慣で来ている可能性も否定はできないのだが。
「
自分の席に座って決戦の時を待っていると、脳天気な瑞希の声が教室に響いた。クラスメイトはほとんどが教室を出て、残り数人か。この後の話の流れによっては俺が振られたとかいう噂が流れる可能性があるから、できれば無人になったらいいんだが。
「瑞希、ちょっと話があるからそこに座ってくれ」
「ん? 話しながら帰るのはダメなの?」
「うん、ちょっと落ち着いて話をしたい」
真剣な表情で俺が言うと不思議そうにしながらも瑞希は前の席の椅子をくるりと反転させて、ちょこんと座った。そんな瑞希に、俺は例の写真を表示したスマホの画面を見せる。
「なぁ、こいつ誰?」
俺が問いかけると瑞希は小首を傾げながらその画像をしばし眺めてから、何かを思い出したかのようにハッとした表情を浮かべた。
「えっと、その……」
瑞希が思い悩んでいる間に、運良く教室の中に残っているのは俺たちだけになった。声を荒げるつもりなんてないけど、こんなセンシティブな話はできればふたりだけでしたい。
「あっ、そうだ! 相沢くんっていう人で、私に告白してきたんだよ。だから一緒に出かけたりデートしてたの」
「…………?」
飯田さんの話と一致しているからおかしくはないのだが、答える前の瑞希の反応が変だった。普段なら視線を俺から逸らさずまっすぐに見つめて答えるのに、あちこち視線を彷徨わせた後で何かを見つけたようにピタッと視線が止まったんだよな。俺の後ろに何かあるのか? そう思って首を後ろに振り向こうとすると、瑞希が『あっ!』と大きな声を上げたので視線を前に戻す。
「えっと、えっと……や、優しい人だよ、相沢くん」
「それはそいつが好きってこと? 俺と別れてそいつと付き合う気か?」
絞り出すように言った瑞希に俺が少し声を低くして尋ねると、そんなことは全然考えていなかったとばかりに強い勢いでブンブンと首を横に振った。
「イヤッ、別れない!」
「だって俺以外の男と休みの日にデートしてたんだろ? 多分この画像の時以外にも出掛けてたんだよな、とある筋から情報は入ってるんだよ」
飯田さんのことは言えない。瑞希の友達なのに厚意で俺に情報を流してくれたのだから、迷惑は掛けられない。だからそこをぼかして言ったのだが、瑞希はどちらかというと別れるという単語にショックを受けたのか、大きな瞳の端に涙がプクリと小さな水玉を作っていた。
なんかその反応を見ていると、浮気とかそういうのではなく誤解なのかなと思ってしまう。普通は他に好きな男ができたら元カレなんかにどう思われてもいいし、もっと雑に扱うものじゃないか? いや、俺は初めての彼女が瑞希だからわからないけど。マンガとか小説を見ている限りでは、そんな感じの描写が多いような気がする。
とりあえず俺は小さく深呼吸をして落ち着いてから、意識して優しい声で瑞希に問いかけた。
「なぁ、瑞希。俺は本当のことを知りたいだけなんだ。瑞希がもし俺より他の男を好きになったのなら、本当に嫌だけどお前の幸せのために離れる覚悟もある。だから今日話を聞きたいと思ったんだけど、なんかワケ有りみたいだし。正直に話してくれないか?」
「……ごめん、ごめんね伊吹」
ポロポロと涙をこぼしながら、つっかえながら瑞希は謝った。それからおもむろに大きな声で『
『いきなりどうしたんだ?』と訝しんでいると、教室の後ろ側からガタッと机か椅子が動く音がした。反射的に音の方に振り向くと、そこには床から立ち上がろうとする飯田さんがいた。
なんでここに飯田さんがいるのか不思議に思っていると、飯田さんがスカートのホコリをパンパンと払ってから近づいてくる。
「もう、瑞希ちゃん。もっと頑張ってよ、そもそも瑞希ちゃんが持ちかけてきた話でしょ」
「だって、大事な彼氏に浮気を疑われるのってすごくつらいよ~」
抱きついてきた瑞希を優しく抱きとめて、背中を撫でながらたしなめる飯田さん。言わずもがな俺に情報をくれたリーク元だが、一体何が起こっているのかとひとり呆然としてしまう俺。
「あの、説明してもらってもいい?」
おずおずとそう俺が尋ねると、飯田さんが困ったような笑みを浮かべながら説明してくれた。まぁ簡単に言えばドッキリだったのだ。
飯田さんに瑞希が相談を持ちかけたのがひと月ほど前。俺との関係が順調で穏やかですごく幸せなのだが、このまま平穏が続くと俺が瑞希に飽きて別の女性に気が移るのではと思ったらしい。それはもう杞憂以外の何物でもないのだが、どうやら飯田さんから見ても瑞希は切実に悩んでいたらしい。
かと言って瑞希が浮気などしたら本末転倒だし、世の恋人たちだって常にトラブルに見舞われているわけではない。悩んだ飯田さんは、瑞希のちょっとした浮気疑惑をでっち上げることを提案したそうだ。
「つまり、相沢なんて同級生は……」
「いないんですよ。名前が嘘の彼氏と被っちゃったらややこしくなりそうだったので、ちゃんと全てのクラスの男子を調べました」
なんという完璧主義、そう言えば中学の頃から飯田さんはそういうところがあったなぁと思い出す。ちなみに例の画像の男は、飯田さんの弟くんだそうだ。ひとつ下の中学3年生らしく瑞希よりも背丈が少し高いだけだったので、画像でも顔が近いし仲良しな様子がうまく写っていた。実際に面識もあるし、飯田さんを通してだけど仲良くしているんだとか。年下とは言え瑞希に親しい男がいるという話には、少しだけモヤッとする。
休日にデートに行けなかったのも、この件の打ち合わせをしていたからだそうで。俺はそれを聞いて一気に脱力してしまって、椅子から床へと滑り落ちてしまった。あー、よかった! 浮気じゃなくてほんっとうに良かった!!
「ごめん、ごめんね伊吹!」
床にそのまま座り込んだ俺に、瑞希は飛びつくように抱きついてきた。柔らかくてあったかい体温に大事な恋人を失わずに済んだ実感が湧いてきて、思わずぎゅうっと彼女の体を抱きしめる。
「ちなみに伊吹くん、なんで私がこんなやり方を提案したかわかりますか?」
俺たちが抱きしめあっていると、膝を折って視線を俺たちと同じぐらいにした飯田さんがいたずらっぽく聞いてきた。
しかし全然思い当たる節がなかった俺が首を横に振ると、なんだか艶を感じる笑顔で口を開く。
「もしこれで瑞希ちゃんと拗れたら、私が伊吹くんの彼女に立候補しようかなと思ったからです」
「ダメ! 伊吹は私のだもん!! 摩耶ちゃんには絶対に渡さないもん!!」
飯田さんの言葉に俺が反応を示す前に、瑞希がますます俺を力いっぱい抱きしめながら耳元で叫んだ。その大きな声にキーンと耳鳴りがしたけど、この抱きしめる力が瑞希の俺への想いだと思うとその痛みすら愛しく思う。
「飯田さん、ごめんね。せっかく冗談で場を和ませてくれようとしたのに、今の瑞希は冗談として受け止められないみたい」
『悪く思わないであげて』という思いを込めて言うと、それが伝わったのか飯田さんはこくりと頷いてくれた。そして軽く手を振って教室を出ていく飯田さんの背中を見送った後、瑞希が落ち着くまでしばらくの間抱き合っていた。ようやく落ち着いた瑞希の頬を濡らした涙を拭って、自然とキスを交わす。そしてまるで幼い頃みたいに無邪気に笑い合って、俺たちは手を繋いで家路を歩く。ずっとふたりでこんな風に仲良く並んで歩いていけたらいいなと、願わずにはいられなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……冗談じゃなかったんですけどね」
そんな俺たちの後ろ姿を校舎の窓から見下ろすように見つめていた飯田さんが、そんなことを呟いていたなんて。その時の俺には知るよしもなかった。
幼なじみ彼女が浮気していると彼女の友達から聞いたのだが 武藤かんぬき @kannuki_mutou2019
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます