撃って、撃たれて。

みらいつりびと

第1話 撃って、撃たれて。

「バーン」

 桜吹雪の舞う通学路で、彼女は音になるかならないかギリギリの小さな声で叫んだ。

 10メートルほど前を談笑しながら歩く学年で一番かわいいと評判の美少女に向かって、心の拳銃を撃った。仮想の弾丸は心臓に命中し、少女は赤い血の花を咲かせて倒れ伏す。

 そんな想像をして、薄く笑う彼女の名前は篠忍しのしのぶ

 割と整った顔立ちをしているのだが、栄養不足で痩せていて、表情は乏しく、目はほの昏い。


 どうして自殺したらいけないのだろう、なんで人を殺したらいけないんだろう、といつも考えている。我ながら神経症的だと思うが、やめられない。


 今朝、夫婦仲が冷え切って会話がほとんどない両親を銃撃する想像をしてから、家を出た。さっき殺した学年ナンバーワンの美少女は本日3人目の犠牲者だ。不機嫌そうな親も、上機嫌なクラスメイトも、どちらも気に入らない。

 教室に入る前に、忍はさらに4人を心で殺害した。しあわせそうに並んで登校しているカップル、校門で仁王立ちしていた体育教師、それから自分自身だ。頭の中で他人を殺しまくる自分に嫌気がさして拳銃自殺。

 打ち上げ花火のように鮮やかに紅の血を散らして、忍の身体は地に倒れ、魂は天に昇った。空想して一瞬だけ気持ちよくなり、次の瞬間に自己嫌悪する。そんなことをくり返して、彼女は時間をやり過ごしている。


 忍は高校2年生。

 昨日は1学期の始業式の最中に、校長を幻のライフルで狙撃した。心をまったく打たない長すぎるあいさつが我慢できなかった。みなさんの輝かしい未来になんたら、勉学と運動にかんたら、友情をはぐくんでごにょごにょ。あー、どうでもいい早く終われ、いますぐ終われ、しゃべりつづけるなら殺す。

「バーン」

 わざと急所をはずして苦しめた。校長は体育館の演壇にくずれ落ち、自分の胸から流れ出るあたたかい血を手のひらで止めようとしているが、そんなことでは止血できない。弾丸は胸板から入って肺を破り、肩甲骨を砕いて、背中から抜けた。教師たちは唖然として、救急車を呼ぶことすらできないでいる。忍はそんな想像をして自己嫌悪に陥るのだが、やめられなかった。


 始業式の後、2年C組の教室で、忍は一番後ろの席を与えられた。そのことを彼女は喜んだ。クラスメイトを観察し、気に入らないやつがいたら、すぐに心の拳銃を撃つことができる。

 担任の教師が「各自1分くらいで自己紹介してくれ」と指示した。ジャージを着て、サンダルを履いている担任を、忍は速攻で殺した。


 自己紹介の時間、彼女の拳銃はときどき火を吹いた。

 野球部かサッカー部かどちらに入ろうか迷っているというモテそうな男子を「バーン」、読書が趣味と言い、好きな作家を3人あげてみせた女子を「バーン」、同じクラスになった学年一の美少女の後ろの席でにやけている男子を「バーン」。

 黒野騎士くろのないとという気の毒なキラキラネームを持ち、前髪で片目が隠れている男子は、あまりにも痛々しくて撃つのをやめた。

 昨日、忍が心の中で殺したのは、合わせて13人だった。


 1学期2日目の今日から、授業が始まった。

 興味を持てる科目なんてひとつもなかった。つまらないと思うと、忍はすぐに教師を幻の拳銃で狙った。英語教師の発音が上手すぎるのが鼻について撃った。数学の先生は数学教師だからという理由で、問答無用で射ち殺した。物理の先生も同様に射殺。理系科目はすべて嫌いだ。国語くらい好きになりたいと思って拳銃をホルスターにしまっていたが、板書の字が雑なのが我慢ならなくて、やっぱり発射してしまった。


 昼休み、忍はひとりでパンをかじった。菓子パンひとつだけ。1年ほど前、両親の不仲に気づいて以来、彼女は慢性的に食欲がない。母親と父親はほとんど言葉を交わさない。たまに母が激しく父を罵る。不仲の原因は父の不倫にあるようだったが、母の金切り声は忍の心を容赦なくかき乱した。


 どうして自殺したらいけないのだろう。

 なんで人を殺したらいけないんだろう。

 早く核戦争がはじまらないかなあ。


 忍は午後の授業でも教師を撃ち、机に突っ伏して寝ている男子を殺し、指名されてはきはきと答える優等生の女子の後頭部に銃弾を命中させた。


 放課後のチャイムが鳴り、彼女は下校しようとして、校舎の2階にある教室から出て、昇降口に向かった。

 学校は面白くない。家にも帰りたくない。

 機関銃でも生成して、撃ちまくってやろうかと思いながら階段を降りていると、ふいに「バーン!」という叫び声が聞こえた。驚いて、転げ落ちそうになった。


 振り向くと、クラスメイトの男子が右手を拳銃の形にして、忍に向けていた。

「これでクラス全員を殺した」

 黒野騎士とかいうキラキラネームの子だ。

 右目が前髪で隠れ、ほの昏い左の瞳が忍の目を見ていた。長身で、折れてしまいそうなほど痩せている。

 この人はわたしの同類だ、と一瞬でわかった。

 その刹那だけ、忍はどうして自殺したらいけないのだろう、という思考を忘れた。


「バーン!」

 忍ははっきりと声に出して叫んだ。

「わたしは死の間際に撃ち返した……」

「おれは楽に死ねたか?」

「わたしの狙いは微妙にはずれた。きみは即死できない。のたうち回って死ぬ」

「だろうと思った」

 彼は薄く笑った。

 微笑みではない。自嘲的な笑みを浮かべるその顔に、不覚にも見惚れてしまった。

 恋がはじまっているのに、忍は気づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

撃って、撃たれて。 みらいつりびと @miraituribito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ