11 で、お前は?

「で、あなたは何をしているの?」

 盲腸で入院した先のお医者さんに、そう言われた。

 わたしは、何もしていない。

 何者にもなれていない。


 休職して、退職して──鬱病になって、数年経った。

 あっという間にアラサーになった。


 鬱病初期は、レンジでチンができなくなった。食べることが面倒臭くて、よく食事を抜いていた。

 それが、ようやく動けるようになった頃、盲腸になった。


 夜中に痛みが酷くなり、救急車を呼んだ。

 父が外科医で、しかも消化器外科だったので、救急隊員の人にも、当直だった内科の先生にも、指示を出していた。

 まるで医者みたいだな、と場違いなことを思った。


 入院翌日、外科の先生から手術の説明を受けた時、「お父さん、お医者さんなんだってね?」と言われた。

「お兄ちゃんは、弁護士なんです」

 思わず、誇らしげに言ってしまったのが不味かった。

 矢印が自分に向いた。


 鬱病になって、わたしは自分を見つめ直した。

 人生がめちゃくちゃになってしまった以上、本当にやりたいことを考えた。


 わたしは──小説家になりたかった。


 この数年間で、小説の専門学校に通って、コンテストに応募して、ようやく最終選考まで残るようになった。

 しかし、最終選考まで選んでくれた担当編集が「わたしの指摘は参考程度にしてください」と言い放つ、あまりにも仕事ができない人だった。

 一生懸命考えても、適当な感想文を送ってくる。その通りに直しても、一度言ったことをひっくり返すのだ。

 ストレスで発狂してしまったので、縁を切った。

 だから、出版できたことも、ましてや受賞できたこともない。

 何もしていない。何も成していない。


 父は医者で、兄は弁護士。

 わたしはまだ、何者にもなれないままだ。

 早く、何者かにならなければ。


 今日も、わたしは焦っている。

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わたしがうつ病になるまで よこすかなみ @45suka73

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